Episode3 "対価と退化"
「あ、きんちゃん!待って!」
私の名前は秋山紅葉。我が家の愛犬、欽を散歩に連れ出していたら突然何かを見つけた様に走り去ってしまった。私は欽を追い走っていると人様の庭に入って行ったのだ。
「もう!此処って人の家だよねぇ......迷惑をかけない様に早く欽を連れ出さなきゃ。」
秋山は庭へと入って行く。
「あの〜、すいませっ」
言葉を失った。辺り一面はひまわりに囲まれそこにはとても可憐で何処か儚い表情を魅せた美少年がいたからだ。身体は震え、膝を地面へとつける。
「「ワン」」
「は!?」
欽が足元までやって来て吠えてくれたお陰で現実に戻される事になる。
「ゆ、夢じゃあ.......ない?」
秋山は立ち上がり瀬名の元へと歩いていく。
(しまった..........しかもこの女、いきなり倒れて放心状態になった挙句、ゾンビの様に近づいて来たぞ。)
瀬名はなるべく相手を興奮させない様に言葉を選ぶ事にする。
「はは、迷子になっちゃいましたか?今度は手綱をしっかりと握ってあげないと行けませんよ。」
「はぅぅ、はいぃ、」
顔を赤面させ下を向く秋山。
(どうしよう.....襲いたい、抱きしめたい、持ち帰りたい、でも、そんな事をすれば私は豚箱に送られるのは必然。でも、あの可愛さ、うぅ。)
表情とは裏腹にゲスい事を考える秋山。だがそんな考えは恐怖により上書きされ杞憂と化す事になる。
「ジョーン?ご飯っ.........」
一は一度、家へと戻り先程まで魚を捌いていた包丁を手に戻って来た。
(おいおいおい、何考えてんだ、母さん!)
殺人を犯しそうな本気な目を秋山へと向ける。秋山はその尋常ならざる殺気を感じとり後ずさりながら事の弁解をする。
「す、すいません!わ、私の犬が迷いこんじゃって、」
あたふたしながら話す秋山へと近づく一。そして肩へと触れ耳元へと口を近づける。
「おい、ジョンに何かしたか?「い、いいえ!」神に誓っていいえと言えるか!「は、はいぃ!」
瞳には涙が溜まり腰が崩れ倒れ込む秋山。しかし一は止まらない。胸ぐらを掴み上げ立たせる。
「質問は終わっていないぞ、雌豚。此処は私有地だ、子犬が迷いこんだからと言って土足で入って言い訳じゃあない。先ずは玄関の鐘を鳴らすのが常識ではないのか?私は貴様を訴え牢にぶち込む事だって可能なのだぞ!」
至近距離で怒鳴る一の迫力に秋山はなすすべもなく泣きじゃくる。瀬名は流石に可哀想だと思い仲裁へと入った。
「母さん、その子は本当に子犬さんを探してだだけだから離してあげて、流石に可哀想だよ。」
「ジョンきゅん!」
一は秋山を離し瀬名へと抱きつく。
「あぁ、ジョンきゅん、ジョンきゅん、ジョンきゅん!やしゃしぃ〜よぉ〜、エヘヘ。」
頬ずりをして来たが直ぐに止める様に言うと止めてくれた。
「ねぇ、君のお名前は何て言うの?」
取り敢えず名前を聞く事にする。
「わ、私ですかぁ!?」
赤面しながら目をぐるぐるさせる秋山。その姿を見て一が身を乗り出そうとするが瀬名が前へと塞がり静止させる。
「そう、知りたいな?」
(この家の、オレの情報がバレた時、それはお前が確信犯だと言う事になる。)
「はぅ、わ、私の名前は秋山紅葉です、」
下を俯きながら自己紹介を終える秋山に瀬名は笑顔を向け握手を求めた。
「綺麗なお名前だね。僕の名前はジョン、よろしくね?」
差し出された手と瀬名の顔を交互に見ながら私なんかが触れてもよろしいのでしょうかと考えていると瀬名の後ろで鬼の形相をする一に目で早く握れと合図してきた。
「ふ、ふ、ふ、不束者ですがよ、よ、よ、よろしくお願いします!」
頭を何度も上下に振りながら挨拶する秋山に思わず笑いが出てしまう瀬名。その姿に心臓をときめかせ立ちくらみが一瞬起きるが気合でその場を乗り越える。瀬名の横に立つ母、一へと視線を向けると恋する乙女の表情で笑う瀬名に見惚れていた。
(.........でも、こんな近所なのに何で誰も噂をしないんだろう?こんな漫画や小説に出て来る様な美少年がいれば誰だって噂をっ)
そんな事を考えていると鋭い視線が秋山を襲った。
「秋山さんだったわね。貴方、歳は?」
一が秋山へと質問する。
「こ、今年で14です。」
「そう、ジョンと同い年なのね.......それで学校は何処かしら?」
「○○公立中学校です。」
その解答を聞き一の表情へと闇が掛かっていく。そして再び彼女の肩へと手を置き目を真っ直ぐと捉えた。
「貴方、本当に狙って来た訳じゃあないでしょうねぇ?」
秋山のほっぺにペチペチと包丁を叩く一だが瀬名は包丁を取り上げ母を秋山から離した。
「へぇ、それじゃあ同じ中学校なんだ。何組なの秋山さんは?」
「に、二組.....です「二組!?僕も一緒なんだ〜!」
瀬名はワザとらしく嬉しそうな表情で言うと秋山は顔が綻んだ。一はムスッとした表情をとる。
「で、でもジョン君の事、クラスで見た事ないよ?」
「あーそれはだって......」
母に視線を向けると頷いたので説明をする事にする。
「学校や外では伊達メガネやマスクをしてるから余り目立たないんだ、僕。」
その特徴を聞き何かを思い出した様に秋山は声をあげた。
「え!?瀬名ジョン君なの!?」
「あーうん。」
秋山は眼を丸くし瀬名の顔を凝視するが余りの美しさに眼を自分から逸らした。
(嘘、学校の三大謎の一つが瀬名君の正体なのに........中身が美少年って、何処のラノベ!あれ、待てよ、じゃあ私が主人公って事?え、フラグとか建てちゃうの?てか現在進行形!?)
秋山がダラシない顔で妄想にふけっていると一が秋山を壁へと追いやり静かに宣言する。
「秘密にしろ。バレたら殺す、いいな?」
一の瞳に光はなく虚無だけが映っていた。
「返事は?」
「は、はいぃ!」
秋山は涙目になりながらも返事を返した。そして一は気が済んだのか瀬名の手を取り家の中へと戻っていく。
「秋山さん、また学校でね!」
「は、はい!」
玄関の扉は閉じ鍵もかけられる音がした。秋山は心臓の音を高鳴らせ先程の台詞が頭を何度も繰り返していた。
_秋山さん、また学校でね!
_秋山さん、また学校でね!
_秋山さん、また学校でね!
_秋山さん、また学校でね!
_秋山さん、また学校でね!
「えへ、えへへ。男の子と、それも上級の上様とお話が出来たよぉ、えへ。」
帰りの帰路に着いた秋山は愛犬欽に話を掛けながら先程まで話していたであろう瀬名の事を考え歩いていた。一についてはカット&ペーストの要領で記憶から除去をし運命的な出逢いと言う記憶だけが深く刻まれていた。
「あぁ、明日は楽しみだなぁ。私だけの、私達だけの秘密、ぐふふ。」
その頃、瀬名家では夕食を取り始めていた。
「もし、秘密がバレて雌ガキ共がジョンに話を掛け始めたら私に言いなさいよ。......直ぐにあの女狐を狩りに行くから。」
味噌汁を啜りながら怖い怖いと内面でツッコミを入れる瀬名は一応、秋山との会話の中で予防線を張って置いた事を考えていた。
(バレた場合は弱みを見せるのではなく毒を吐くのでもなく悪魔で相手が満足させる答えを提示すれば良いんだ。そう、優しくして私は特別なんだと思わせれば良い。媚びるのではなく適度に餌をやる事である程度はコントロールが出来る。)
実質、秋山は自分だけが特別なんだと思い込んでいた。
「ジョン〜ご飯どう、美味しい?」
「うん、すっごい美味しいよ!」
一はクネクネと身体を曲げ両手で両頰を触れ照れた様に瀬名の食べっぷりを見つめた。
「そう、良かった❤︎」
至福の時を感じ一は思わず瀬名を抱きしめてしまう。
「食事中だよ、母さん。」
もきゅもきゅと魚の身とご飯を口に含みながら一に訴えるが一向に離さない。
(この世界の母さんも変わらないなぁ。)
瀬名は気づいていなかった。この世界の瀬名一は更に息子狂いの危険な人物である事を。
「あぁ、絶対に離さない.......離さないんだから.......」
ぶつぶつと瀬名の聞こえない声で呟く一の瞳は何処か虚ろで病んだ眼をしていた。そして瀬名との抱擁を止め自分の席へと戻り食事を済ませて行く。
「ご馳走様でした!」
「お粗末様でした。私が全部やっとくからジョンは先にお風呂に入ってきなさい。」
一は食器をキッチンへと運んで行く。瀬名も使った食器をキッチンの洗面台へと置き浴室へと向かった。
「うわ、広いな。」
瀬名は浴室内へと入ると部屋二個分のスペースがあり大きな湯槽が奥に設けられていた。服を脱ぎシャワーを浴びながら自分の身体を見ると貧弱である事に溜息をつく。
(はぁ、これからが大変だ。一応、昔見たいに筋トレとかも始めないと襲われたら時抵抗も出来ない。この世界だと女子の方が平均的に筋力が男よりもあるっぽいし、本当に災厄の処に来てしまった。 )
瀬名は頭のシャンプーを流しボディソープで身体を洗って行く。
(今の俺は逆行しているので知識面では無双が出来る。だが協力して行う行事では余りにもリスクを掛けてしまう。協力者が必要なのは必然............)
浴槽に浸かり瀬名は小さく呟く。
「鍵は.....秋山紅葉だな。」