Episode2 "平等な世界で生きたい"
「どうする........この世界の俺は一体どうやって生き延びて来たんだ........」
これから送るであろう逆転世界に瀬名は冷や汗を流しながらパソコンのスクリーンをただ眺める事しか出来なかった。
(モテない野郎どもにとって桃源郷と言ってもいいこの世界は俺には地獄でしかない。確実に外を歩けばノクターン工房一直線。引きこもれば済む話なのだろうがそれでは将来の、何よりも母に多大な迷惑を掛けてしまう。それだけは出来ない。)
瀬名はパソコンを閉じカーテンの先に見える外の世界を眺める。
「これがもしファンタジー世界だったのなら.......はぁ、無い物ねだりをしても悲しくなるだけだ、前向きに考えよう。」
自身の顔を両手で叩き気合を入れベッドから身を起こす。
(トイレ行きたい.....夕方までまだ時間はありそうだし大丈夫だよな。)
瀬名は個室を出る為、ドアノブへと手を掛けると先に外側からドアが開いた。
「ジョーーーン!!!!」
「うっ!?」
柔らかい弾力のある何かが自分の顔を包み息が出来なくなる。
「うぐっ、む、むぐっ!」
瀬名は必死に顔を包む物を離そうと足掻くとその抵抗に気づいたのか瀬名は解放された。
「はぁ.....はぁ.......母さん、俺を殺す気か!」
瀬名一は首を傾げる。
「殺すぅ?ジョンをぉ?そんな事をするくらいなら私が私を殺すわよ。」
言ってる事が矛盾している気はするがこの世界に置いても通常運転である母に安心感を覚える瀬名。
「さて、帰りましょうか、我が家の愛の巣へ❤︎」
瀬名の手を取り一はとても嬉しそうな表情を取りながら一階にある受付けへと目指すのだった。
「はい、これ今直ぐつけて!周りのゴミどもが視姦して来るのを防ぐ痴漢対策!」
エレベーターで一階に向かっている最中、瀬名は一にサングラス、帽子、マスクを渡され全てを装備する。病室からエレベーターまでの距離は短く人ともすれ違わなかったから何事もなく進む事が出来たが一階からは違う。
(この世界の男女比が1:50である以上、人目は確実に此方に注がれるのは必然。そしてこの対策を怠れば確実に女性達は俺を放っておかないだろう。)
自意識過剰なのではなく事実を元に瀬名は純粋にそう考えていた。
「大丈夫、ジョンは私が何があっても守るから。安心して私の側に居なさい。」
エレベータの扉が開き母が先に出るがその時見た母の背が何処か頼もしく見えた。
「ねぇ、あれって男の子だよねぇ?」
「顔が隠れて見えないけどとても可愛らしい身体をしているわね。」
ロビーに座り自分の番を待つ患者達は自分を品定めするようにいやらしい目つきで見て来た。
(一応、慣れてはいるとは言え、こう露骨に見られると.......怖いなぁ。)
瀬名はゴクリと唾を飲み込み深呼吸をする。
(落ち着け、落ち着け、平常心、平常心。そもそも大学に入ったらHしまくるなんて妄想してたじゃないか!何を恐れる必要がある、俺は男だぞ!いつも通りクール、そう、クールに行こうじゃあないか。)
母の横に立ち母が記入事項を書き終わるとなるべく引っ付く様に歩く。母の顔は何処かダラシない表情になっていたが今は気にしない。
(隙を見せたら飢えた野獣どもが俺と言う餌に群がる。)
「母さん、今日の夜ご飯は何?」
「今日はそうねぇ、秋刀魚の塩焼きかしら?栄養が良いもの食べた方がええよう?なんちゃって、えへへ。」
母が親父ギャグを挟んで来た事に思わず笑ってしまう。その反応に母は如何やら気分を良くした様で駐車場のど真ん中で熱い抱擁をして来た。
「あぁ、もう可愛いすぎゅるぅ!ジョンきゅん!ジョンきゅん!ジョンきゅーん!!」
マスク越しだが頰をグリグリと擦る母の頭をヨシヨシして家に帰りたい事を伝える。
(スキンシップをやるなとは言わないがせめて場所を考えてくれ!しかも此処は病院の駐車場!視線が痛いんだよ!)
夕方と言う事もありかなりの人が自分達を羨ましそうに見ていた。母は満足したのか車まで手を繋ぎ帰路へと無事つく事が出来た。
「ふぅ、もうマスクは「ダメ、ジョン!......外したらダメよ、車の中だって外からくらい簡単に見えちゃうの。男の子はね、隙を見せないことが大切なの。」さ、さいですか.....」
マスクに手を掛けた瞬間、一は叫び瀬名の行動を止める。瀬名はあまりの迫力に頷く事しか出来なかった。
「それと何度も言うけど常に外出時にはそのフル装備でいる事が学校にも行かせる条件なんだから、破ったら監禁する約束、忘れないでよ?」
何気に怖い事を言う一にドン引きする瀬名だが美味しい情報を代わりに得た。
(そうか、それが学校に行かせる交換条件か。なる、だからあの過保護の母さんが行かせてくれる訳だ。)
「よーし、到着!我が家へ戻って来たぞー!」
一は楽しそうな声でガラージを開け車を停めた。瀬名は驚く、以前に住んでいた良質のマンションではなく三階建ての家でとてもお洒落なデザインをした一軒家が我が家となっていたのだ。
「ふぅ、やっとこの装備達を外せる。俺ってもうどれくらいコレ、続けてるの?」
「幼稚園の高学年に上がった頃くらいかなぁ?本当にあの時は、幼稚園の先生とクラスメートの親達を社会的に一掃しようと考えてたくらいに頭にきてたから......」
瞳から光が消えブツブツと呟き出す一に瀬名は怯えながらリビングを後にする。
(怖い........でも逆に、この世界で母さんが母さんで良かった。)
階段を上がりながらそう考える瀬名。
「さて、俺の部屋は何処だろう?」
部屋を一室ごとに開けて行き二階ではない事を確認すると三階へと上がって行く。エレベーターもこの家には設備されているのだが歩いた方が早いだろうと言う事で瀬名は足を使い階段を使っている。
「この部屋は違う、次で最後っ........ジョンの部屋......嫌な予感しかしない。」
奥の部屋にジョンの部屋と書かれたボードが掛けてあり若干、異様な雰囲気を放っていた。
「............」
扉を開ければそこら中に可愛らしいぬいぐるみや乙女趣味丸出しの家具、天蓋付きのベッドが置かれていた。一国の若き姫様が与えられ様な部屋に瀬名は絶句した。
(この世界の俺って..........待て、この世界の俺は一体どんな人物だったんだ?)
瀬名は直ぐさま机の中を模索しヒントを見つけようとすると直ぐに日記らしき物を見つけた。
(日記.......えっと、四月後半から始まってる。何々、僕はお母さんと買い物に出掛けました。いつも優しい母さんの事が大好きです、か。)
「まぁ、この世界の常識だとお父さんが大好きって言ってる様なものか。ちょっと飛ばして読んでみるか。」
_12月2日、最近、クラスメートが事故に見せかけてマスクを外そうとしてくる事が増えました。お顔をそんなに見たいのでしょうか?僕は皆さんとは仲良くもなりたいなって思っていますが何時も一人で寂しいです。皆んなが平等に仲良くし合える世の中が来たらいいなぁ。
瀬名の眉間に更にシワが入って行く。
_3月30日、電車に乗るとお尻をよく触られるのですが何故でしょう?
_4月10日、バスに乗るとお胸を触られましたが何故でしょうか?
_5月10日、新入生が挨拶をしてくれました。嬉しいです!ですが、挨拶を返すと足って何処かへ行ってしまって何処か悲しい気持ちになりました。P.s近所の子供達が僕のお尻をいたずらに触って来たのですが何故でしょうか?
(お前、お尻触られるすぎぃ!!しかもかなりの天然入ってるよね、こいつ!セクハラされてんのに気付け!)
瀬名は日記を投げ捨て自分がこの世界でどの様な人間だったのかを理解する事が出来た。
「はぁ、でも此奴はそれで良かったのかも知れないな。知らない事が幸せである事も確かだし。」
天然無知な箱入り娘、この世界では箱入り息子だった自分の素顔に気づき何処か拍子抜けする瀬名だった。
「そう言えば今日はいつだ?」
天蓋付きのベッドに腰掛け机に置いてあった携帯を開くと七月二日の日曜日と表示されていた。
「......明日、学校に行かなきゃならんのか。」
瀬名はベッドから起き上がり一階へと下りリビングへと行くと母がキッチンで夕食の準備に取り掛かっていた。
「ジョンきゅん!」
嬉しそうな表情を取りナイフを置くと瀬名へと飛びついて来た。
「はわぁ、かわゆいよぉ、すーはぁ、すーはぁ。」
抱き締め自分のつむじの匂いを嗅ぐ母の身体にタップをして離す様に言う。
「ねぇ、母さん、中学校って何年何組何番だったけ?「二年二組出席番号十七番!」
即座に答える母に若干引くが情報は得る事が出来た。
「明日、学校だけど、どっち使おうかなぁ「何時も通り私が送ってくから大丈夫よ!」
ワザとらしく聞いてみると母は親指でグーを作りウィンクをするとキッチンへと戻って行った。自分はリビングのテレビ電源をつけこの世界の情報を収集する事にする。
_おぉーと、この音楽は、まさか!?
_うぉーーーーーーーーー!!!うぉーーーーーーーーー!!
黒タイツを着た上半身裸の女性が観客に向け突進したり突っ込んだりと無茶苦茶をしているのだ。
(○ガちゃんだよなぁ、しかもこの世界じゃ以外に可愛いし......)
テレビのチャンネルをニュース番組に変える事にした。
_え〜、本日未明、群○県○橋市のホテルにて未成年に性的な行為をしたと言う疑いで逮捕された女優の鷹橋裕子容疑者は合意の上での行為だったと供述しており、後日、事務所の方からの記者会見が行われる模様です。
テレビの電源を消し、庭へと出る事にする。外には他の家よりも大きな壁が建てられている事により外からは中が見え辛くなっていた。母が何も言ってこないと言う事は庭に素顔で出る事は許可を出しているのだろう。
「ガーデンが広がってるなぁ。ひまわりも綺麗だし。」
薄着のまま自分の家のひまわりガーデンを歩いていると可愛らしい首輪を付けた犬が迷いこんで来た。瀬名は犬を優しく撫でていると女性の声が聞こえて来る。
「あの〜すいませっ」
(しまった........)
女性の声は途中で止まる。その女性の反応を見て瀬名は片目を閉じしくじったと心の中で毒を吐くのだった。