【43】2人の想い(美悠、美恋)
美悠の家から少し離れた所に小屋がある。誰も使う人がいなくなり、数年間ずっと放置されていた小屋。いまは、そこが『美恋の家』だ。
――雨は嫌いだ。自慢の髪が濡れてしまう。
私の髪は『正しさのシンボル』。穢れてはいけない、大切な物。
「···美恋のバカ」
直接的に美恋が悪いわけじゃない。間接的に、美恋が悪い。美恋が帰ってこないのが悪い。
「···美恋にとって、私は···何なのだろう···」
美悠にとって、美恋は『助けたい人』だ。彼女と初めて出会った日、彼女は私を求めた。――正確には、私の『正しさ』だろうか。
私は、彼女を見て思ったのだ。『彼女を助けよう』と。そう、思えたのだ。
元々、私は無愛想な人間だった。お母様は、私に言う「どうして笑わないのか」と。笑わないのは『お互い様』じゃないか、そう思うのだけれど、言えない。
「···美恋に会えたなら···私は···笑う···ハズ」
昔、美恋が私に言った、「美悠がいないと笑えない」と。美恋が笑ってくれるなら、私は何だってする。だから『私は美恋といたい』。
美恋がおかしくなったのは、私たちが呪詛者に選ばれた頃からだった。私だってそう、正しさでありたかったから、人殺しなんてしたくない。それでもこれは『義務』だから、世界を握った『神の命令』だから、抗うことは許されない。
「···美恋さえいれば、それでいい。私の体なんて、いらない。『美恋がほしい』」
美恋の家の中には、これぞといった物は何一つない。部屋の四隅に置かれた籠の中には、美悠が着れなくなった服が、シワ1つなく、畳まれている。
宰はこのことを知らない。美悠は、宰に美恋のことを話さないようにしている。
「···これ、美恋の日記···かな?」
勝手に読むのは正しくないこと、そう分かっているのだけれど、手と目が動いてしまう。
《2015年5月4日 美悠が旅行から帰ってきた。お土産と言って、私に沢山の物をプレゼントしてくれた。美悠は優しい。》
《2015年10月20日 今日から3日間、美悠と会える時間が減るらしい。》
《2016年2月6日 私の誕生日だ。美悠と一緒にケーキを食べた。美悠が、ケーキを食べさせてくれた。》
日記は、美恋と美悠が初めて会った『2015年1月26日』から、美恋が呪詛者になる『2016年4月16日』まで、1日足りとも絶やさず、『美悠とのこと』が書かれていた。
「···嘘でしょ――」
その時、外から砂利を踏んだ音が聞こえた。誰かが、くる。美悠は隠れようとしたが、ここに、身を隠せるような物は一切ない。扉が開いて――中に入ってきたのは――『美恋』だった。
「み、美恋!?」
雨に打たれ、髪型が潰れた美恋が、ただポツリと立っていた。
「···ただいま」
微かに、髪の間から美恋の口が見える。上唇を噛み、雨だろうか、透明の液体が滴り落ちている。
「···その『日記』、読んだんだね」
「あ、いや···ごめん、読んじゃった···」
やはり、勝手に読むのはまずかった。そう思えるのだけど、素直に、後悔できない。
「だったら話が早いよ。『2015年11月23日』のとこ、見た?」
「いや···適当に捲っただけだから見てない···けど」
美恋の一字一句が怖い。次は何を言うのかと内心震えていると、美恋は「見て」とだけ言って、話さなくなった。
《2015年11月23日 美悠のことが好きだ。》
――書かれてあるのは、たったそれだけだった。
「美恋っ!これって――」
「次は『2016年6月5日』」
また、美恋は黙り込んだ。
《2016年6月5日 美悠が会いにこなかった。美悠と出会ってからの日の中で、今日ほど悲しい日はない。》
美悠が顔をあげたときには、美恋が、美悠の背後に立っていた。たった数秒でこの距離を進んだのか?物音を一切立てずに?
「···ずっと、言えなかった。私ね···ずっと前から···『美悠のことが好き』なの···」
美恋が、美悠の背中に頭をあてた。声から察するに、泣いている。
「···本当···なの?嘘じゃない?」
「···うん。本当だよ。私、美悠のことが大好き···」
美悠の全身が、小刻みに震える。体が冷えたから?そんなわけない。――美恋が、自分の背後にいることが『嬉しすぎる』から。
「···美恋、あのね···私も···ね、『美恋のことが好き』なの···ずっと前から」
ついさっきまで耳障りだった雨音が、聞こえなくなった。雨漏りしているのを見る限り、雨が止んだわけではなさそうだ。時間が止まったのかもしれない。
「···私、美恋に「家族にならない?」って、提案したよね。あれは『撤回』する」
いつからか、美恋の右腕が、美悠をしっかりと挟んでいた。いつの間に挟んだのだろうか?まるで『美恋が人間ではない』みたい···。
「···でもね、でも···『違う』の」
「――え?」
グジャリ。鈍い音が鳴った。どうして?どうして――私、背中に痛みを感じるの?
「『違う』って···何が?」
美恋が、美悠の背後から離れたことで、美悠は立つことができず、倒れ込んだ。地面を見ると、見たことのない、赤黒い血が広がっていた。
「美悠は···『正義』だからぁ···私じゃ、ダメなの!」
背中に当てた手を見ると、血液が付着していた。この血が誰の物なのかは、美悠自身が体感している『痛み』で分かる。
「美恋···これって···」
美恋の左手に握られたナイフ。ナイフの刃と美恋の左手首の血液。何もかもが、絶望を物語っている。
「ごめん···私は、悪い『妹』だね。でもね、美悠。1つだけ、たった1つだけ···『美悠が好きってことに偽りはない』から···」
痛みに耐えるため力をいれ、荒い息をはいていると、美恋の言葉が頭に入ってこない。
「私、決めたの。『家族はいらない』。でも、『美悠がほしい』。だから···『こんな残酷なゲームのない世界を創って、美悠と一緒に過ごす』こと、それが私の望み」
『世界を創る』とか、意味がわからない。それでも、涙を流す美恋は、本気なのだろう。
「ねぇ···美恋。泣かないで、『笑って』よ···」
美悠の、美恋へと伸ばす手が、美悠にはかすんでみえる。
そろそろ、ヤバイかもしれない。
「それが···私の···『最···期の望み』···だよ」
美悠の手が、美恋の足元に触れた時、美悠は――目を閉じた。今までに感じたことのない感覚が全身を伝い、美悠は『動かなくなった』。
「···もう『迷わない』よ。私は『正しくない』って、自分自身が1番理解してる。だから、私は『私の欲望の為』に、『このゲームで勝利する』」
血の海とはこれなのだろう。心まで赤黒くなりそうだ。
美恋――新崎綾香は誓う。自分の望みを。そして、その望みを叶える『神』を、この手で、『殺してやる』ことを。綾香はいま、誓った。
【坂上美悠-死亡】




