激怒
老人やエヴァや、武闘集団達を乗せたシャトルは、ビームセイリング航法でプサ星系第1惑星に連れて来られた。星系内で恒星プサに最も近いそのガス状惑星は、けばけばしい程に黄色く恒星の陽光を反射し、その軌道上にある建造物を照らしていた。プイロの居城のある軌道上建造物だ。
建造物にドッキングし、城までエレベーターで連れて来られたところで、老人は、ひとつの尖塔の頂にある牢に放り込まれた。ヨボヨボの老人であるが故に、警戒が薄いのだろう。牢に見張り番は一人も無く、老人は放置された。
「おお、見える見える、よーく見える。」
牢に入れられた事にも、一人で放置された事にも、何の感慨も見せる事無く、老人は目を閉じて何かに見入っていた。この城に入った瞬間から、老人は例の能力が再び使えるようになっていたのだ。離れた場所を見る能力だ。
この城の住人に、“神力”を使えるものはいないのだが、太古の文明から受け継いだ城なのであろう、“神力”を持つ者の力が最大限活かされる場-“神域”として、城内は設えられているようだ。老人は目を閉じて、隣り合う棟で起こっている出来事を見ていた。広大な部屋の広大なテーブルの端に面して、派手な装飾をちりばめた貴族然とした若者が座っていて、そこに、憲兵に突き飛ばされる様に、女が連行されて来るのが見えた。
「プイロ様、こちらがエヴァでございます。」
憲兵隊長が言った。縄は解かれたものの、何人もの憲兵に銃口を向けられたエヴァは、抵抗どころか、余計な身動き一つ出来ない状況だった。
「この女が、兄上を暗殺に行ったのに、殺せなかったどころか兄上に絆されて、兄上の子を身ごもるという恥を曝した、淫乱なメスブタか。」
苦々し気な口調で、軽蔑の眼差しで、プイロはエヴァを睨み付けて言った。
「はい、我らの失敗作です。上等の暗殺者に仕上げたはずが、下品な裏切り者にすぎなかった女です。」
と、盗賊団の頭が答えた。
「あんな馬鹿で無様な兄上に篭絡されるからには、男とみれば誰でも欲情する、どうしようもなく尻の軽い女なのであろうのう。」
エヴァは悔しさに唇を噛みしめたが、その気持ちを飲み込むように、落ち着いた、はきはきした口調で言い返した。
「パエラ伯爵は、私がご自身の命を狙っていると知っても、私を恐れも軽蔑もせず、盗賊に誘拐され暗殺者に仕立てあげられた私の身の上を悲しんで下さり、その上、心からの寵愛を下されました。そして授かったのが、ラウロでございます。私の事は、淫乱とでもメスブタとでも、何とでもおっしゃっていただいて結構ですが、伯爵の事を悪く言う事は、伯爵の私への愛情を侮辱する事は、やめていただきたく存じます。」
「クッククク・・、裏切り淫売婦の分際で、ようさえずりよるわ!その、伯爵の大事な一人息子が、我らの手の内にある事を忘れるな。我らに逆らえば、ラウロの命は無いのだぞ。」
「そんな事、出来るはずがありません!ラウロを、伯爵の御子を手に賭ければ、あなた達は破滅ですよ!伯爵の逆鱗に触れ、厳罰に処される事になりますよ!」
プイロと、取り巻きの者共の顔が醜く歪み、下卑た嘲笑が室内を満たした。
「あーっはっはっは・・」
「いーっひっひ」
「おいおい、聞いたか。この淫売婦は、何も分かっておらぬ。あのガキは隠し子だぞ。兄上はあのガキの存在を、公には出来ぬのだぞ。考えてもみろ!自分を暗殺に来た女に溺れて、子まで成したなど、お家の恥曝し以外の何ものでも無いのだ。そんなガキを殺したところで、兄上には何も出来ぬわ!いない事にしなければならぬ子がいなくなったところで、どうにもしようがあるまい。いや、むしろ、兄上の方でも死んで欲しいと願っているのではないか?」
「う・・」
エヴァは黙るしか無かった。伯爵の弟が、伯爵の血を引く子の命を、そんなにも軽く考えているのでは、そして、伯爵の人格をそれほどまでに歪めて見ているのでは、もはや自分にもラウロにも、助かる見込みが無いと思えた。そんなエヴァを勝ち誇ったような、見下したような目で眺め、ラウロは言った。
「少しは立場が分かったか。余に逆らうな!余に服従しろ!それ以外に、おまえたちに生き残る術は無いのだ。服従したところで命が助かる保証も無いが、せねば確実に、死あるのみだ!お前も、おまえのクソガキも!分かったか!」
「うう・・」
悔しさがその心を満たしたエヴァだったが、もはや口答えは出来なかった。ラウロが人質に取られては、逆らえるはずは無かった。自分の事はともかく、ラウロの命を、少しでも長く保ち続け、活路が生まれる事を期待する事しか、今の彼女には出来ないのだ。
そんなエヴァを見るプイロの視線が、急速に卑猥なものへと変化して行った。
「おっほっほ、淫乱なメスブタとはいえ、兄上を虜にしただけあって、なかなかに淫靡な肉付きをしておるではないか。やはり、淫売婦というのは、欲情のはけ口にする以外には使い道の無いものなのよのう。お前の唯一の使い道で、存分に使ってやろうではないか。兄上が、おまえのどこにどう溺れたのか、後で余が自ら、じっくり確かめてやるとしよう。」
エヴァの背筋を、耐えがたいような悪寒が駆け抜けた。殺される事には耐えられそうだが、この男に穢される事には耐えられそいうにも無い。鬼気迫る眼差しとなったエヴァの瞳は、キツ、とプイロを睨み返した。
「おうおう、なんだその目は、余を床に誘い込み、寝首を掻こうとでも企んだのか?それがお前の本職だからのう。」
確かにエヴァは、幼いころに誘拐された後は、妖艶な身のこなしから放たれる色香で男の心を陥れ、ベッドに誘い込んだ上で暗殺する、という事を、執拗なまでの徹底的な訓練で、身に付けさせられたのだ。その頃には、自分の女としての身体など、暗殺の為の一つの道具としか思ってはいなかった。だが、パエラ伯爵の寵愛を受け、その子を産んでからは、我が子とその父親の為に、清らかでありたいと願うようになったのだ。プイロの様な男に穢され、その欲情を満たす為だけに使われて、たまるものか。
エヴァの肢体を舐め回すように見るプイロの卑猥な視線は、彼女に地獄のような嫌悪感をもたらしたが、それでラウロの命が少しでも長らえるのなら、耐えるしかない、との覚悟も、胸中に湧き上がっていた。
「寝首を掻く隙なぞ与えぬぞ。両手足を縛り上げて、そのカラダを隅々までもてあそび、いたぶってやる。暗殺するはずの男の子を成すなどという恥を曝したお前だから、少々の恥辱では何も感じないのだろう?だから余も、趣向を凝らし、手を変え品を変えて、極上の凌辱をお前に味わわせてやるぞ。ひーぃーひっひひひ。」
涎を垂らさんばかりに口元を緩め、顔を歪め、プイロは狂喜していた。
「その前に腹ごしらえをするから、おまえはそこで、卑猥な妄想でも膨らませていろ!いいか、淫売婦!」
そう言って、取り巻きに目配せをしたプイロの前に、贅を尽くした料理の数々が運ばれて来た。この男が領主になれば、領民達はどんなにすさまじい搾取に苛まれるか、それを連想させられるほどの贅沢な食事を、プイロはエヴァの眼前で堪能した。
「何をのんきにメシなど食っておる。早くあの美しい乳房を拝ませんか!」
遠く離れた尖塔の頂きからその様を見つめている老人は、苛立ち気にそうつぶやいた。
「また覗きか、いい加減にしやがれ、このエロジジイ!」
と言いながら、老人の前に姿を現したのは、ミスターコーナー達“王家の守護者”だった。
「拍子抜けする程、何の苦も無くここまでたどり着けたな。」
彼らは、老人の発するテレパシーによる位置情報を頼りに、ここまでやって来たのだが、予測された憲兵による妨害も無く、何の障害も無く、ここまでこれたのだ。
「城のゲートといい、塔の扉といい、全部ロックが解除されていたしな。」
「わしが開けておいたのじゃ。」
相変わらず覗きを続けながら、老人が答えた。
「ここにある武器も機械も、全部“神力”で操れるようじゃ。」
「だったら、早くミズ・エヴァを助けねえか!」
と、ミスターヘルプは怒鳴りつけた。「何で捕まったふりなんかしているんだ!そんな縄も、こんな檻も、どうにでも出来るだろ、“神力”を使えば。」
「もうちょっとしたら助ける。ひと目だけ、ちらっとだけ、見るべきものを見たら。」
「見るだと?何を見ようとしているんだ、このエロジジイめ!」
と、詰め寄るミスターコーナーの横で、ミスターエイトが目をつぶりながら、
「おうおう、ミズ・エヴァがベッドルームに連れて来られたぜ。ベッドに両手足を固定されて、なんだかワイセツな展開になりそうだ。」
この城の中でなら、ミスターエイトは老人と視野を共有できるのだ。老人が覗き見ている離れた場所の光景を、一緒に見る事が可能なのだ。
「おい!こら!ジジイ!ミズ・エヴァが凌辱されるところを拝もうとしてるんじゃねえだろうな!」
「バカもん!馬鹿な事を言うな!あんな男にエヴァ嬢を穢させたりするものか!ひと目だけ、一瞬だけ、もう一度あの美しい乳房を・・」
「な・・何言ってやがるんだ!このエロジジイ!ミズ・エヴァの乳を見たいが為だけに、捕まったふりをしてやがったのか!? 」
「い・・いや、おまえ、そうは言うがのう、素晴らしく、とてつもなく、美しく、たわわな・・・」
「何で知ってるんだ?てめぇ、ジジイ、タキオントンネル船の中で、ミズ・エヴァのそんな姿まで覗き見していやがったのか?」
老人を怒鳴りつけるミスターコーナーの横で、ミスターエイトが、
「ジジイの乗った船と、俺たちの乗った船が別だから、船の中でジジイが見たものは、俺には見えなかったが、船に乗る前も後も、タキオントンネルのターミナルで、ジジイはずっとミズ・エヴァを覗き見し続けていたからな。船の中でも、片時も目を離さなかったのだろう。」
「何十日もタキオントンネル船の中にいたんだから、着替えもすればシャワーも浴びるよな。それも全部、覗き見していやがったのか?エロジジイ!」
「う・・?え・・?いや、まあ、ちょっとくらい・・」
「ちょっとじゃねえだろ!何十日も、たっぷり、じっくり、すっかり見続けたんだろ。で、それでも飽き足らず、ここでも覗き見しようと、凌辱されそうになっているミズ・エヴァを、てめぇは・・」
「ジジイ、どこだ?ミズ・エヴァの位置を教えろ!もう俺達で助ける!今すぐ助けに行く!場所を教えろ。場所はジジイにしか分からないんだ。」
「まあ待て、待ってくれ。もう少しじゃ!ほんの一瞬、ちらっと見たら、ちらりとだけ拝めたら、わしがすぐに助けに行くから。頼むからひと目だけ見せてくれ。年寄りの頼みは聞くものじゃぞ!」
「本当に、どうしようもねぇエロジジイだなぁ!おい、ミスターエイト!お前、場所分からねえか?何とか位置を特定できねえか?場所さえわかれば。」
「ああ、今、位置の手掛かりになりそうなものを探し・・、うぉ・・おおぅ・・こ・・これは・・確かに美しい、なんとたわわな・・。」
「おいおいおい、こら、ミスターエイト、お前まで。」
「大丈夫だ!まだ、下着姿だ。」
「そういう問題か!下着までなら良いとか、意味分からんぞ!」
「一瞬じゃ、一瞬じゃ、一瞬だけでいいのじゃ!ちらっと見るだけじゃ!ほんの一瞬、ちらっと見られれば満足なのじゃ!頼む!この通りじゃ!前皇帝の頼みじゃぞ!」
「それが前皇帝のやる事か、帝国の恥さらし!皇帝の品位が、ガタ落ちだろ!立場をわきまえろ!」
「おおぅ!凄い!立派!下着越しで、この立体感、この迫力!このダイナミックなムーブメント!!」
「そうじゃろ!ミスターエイトよ。凄いじゃろ!迫力満点じゃろ!下着が取れたらもっとすごいぞ!ひと目だけでも拝んでおけ!」
「おいこら!ジジイ!ミスターエイト!下着までじゃねぇのか!そこまで行ったらアウトだろ。」
「一瞬じゃ!一瞬じゃ!ちらっとだけじゃ!真ん中のぽっちぃが、ちらっと見えたら・・」
「仕方ない、一瞬だけだぞ、本当に一瞬だけだからな!」
「ええ!? ミスターヘルプ!何の譲歩だ!」
「ジジイ、あれがああなって、ここがこうなったら飛び込むのか。」
「いや、ミスターエイト、そうではないぞ!あいつが、あれを、あんな顔で、ああいう風にああしたら、これの、ここが、こんな感じで、こうなるから、そしたら、それを、そこから、その角度で、こういう風に拝んで・・・」
「何の相談だ、あほぅ!」
「あっ、やばい!これは!」
「うむっ!むうっ!まずいぞ!まずいな!くそぉっ!」
「何!どうした、ミスターエイト!何があった!」
「そっちか!そっちにいくのか!」
「何をしておるのじゃ、あやつ!そんなところを、そんなふうにしたら!」
「違う!そこじゃない!そうじゃない!それはだめだ!」
「それを、そうする前に、あれを、ああして、これを、こうせねば、ここのところが、こんな風に見えて来んではないか、バカめ!」
「ええっ?えぇえぇ?何が起こってるんだ?何をされてるんだ?」
「くっそぉぅっ!先に下半身を脱がしにかかりやがった!」
「愚か者ぉぉぉぉ!!!!」
事ここに至って、遂に、前皇帝アレクセンドロス=イエローゲートの怒りが爆発した。
「下を先に脱がしてしまったら、乳が拝めんではないかぁ!ばっかもおぉぉぉぉん!!」
“神力”は、筋肉と結合し、それを若返らせ、強化し、生身の人間では絶対にありえないだけのパワーを発揮させることが出来るのだ。
「ううぉおぉぉぉぉ!」
という、裂ぱくの雄叫びと共に、ブチブチブチと縄が引き千切られる。今の今まで、ちんちくりんだった老人の筋肉が、むくむくと膨らみ、筋骨隆々の勇壮な姿を現した。
「えいやぁあああ!」
との叫びと共に繰り出したジジイの蹴りは、尖塔の石壁を軽々と砕き割った。
「とぉおおお!」
と雄叫びを上げてジャンプすると、ジジイは壁の割れ目から飛び出し、十数メートルの距離を飛び越え、向いにあった棟の外壁を突き破り、その中に飛び込んだ。まるで迫撃砲だ。
完璧な着地を決めたジジイは、目の前に憲兵隊長と盗賊団の頭が並んでいるのを発見し、その向こうに一枚の扉があるのを目にした。ジジイは、扉の向こうにエヴァ達がいる事を知っている。
いよいよ、前皇帝の“神力”を全開にした戦闘が始まるのだ。そんなことをしなくても、エバを救出する事は出来るのではあるが。