救助
その少し前、昨夜の内に、と言うのは村人たちが武闘集団達を追い返した夜の事だが、このウリュチ村に到着していたミスターコーナー達は、居住筒の中で母子や老人の姿を求めて、あちらこちらをさまよっていた。3人で探すには、この居住筒でもかなり大きすぎた。
朝になり、村の若者が憲兵を連れて歩いて行くのを見つけた。
彼らは、トカーネセントラルで締め上げた盗賊団の仲間から、彼等と憲兵たちが癒着している事も聞き出していたから、憲兵が村に踏み込んでいる事の危険をすぐに察知し、その後を追った。
しばらく村のあちこちを捜索している様子だった憲兵たちは、人工の海の畔に屯す集団に近付いて行った。そこにはエヴァの子が、村の若者に守られるようにして、人工の海と戯れていたが、憲兵たちは突如、若者にレーザー銃を突きつけた。エヴァの子を発見するや否や、邪魔者を殺害し、その子を拉致して行くつもりだったのだろう。
銃を突き付けられ、動けない若者たち。連れ去られる子供。1人の憲兵が、子供を小脇に抱えて去って行き、残った憲兵はある程度の距離を若者たちから置いたところで、「あばよ、死ね!」と叫んだ。その場にいた村人の皆殺しが、始められようとした。
だが、憲兵たちがレーサー中の引き金を引くより、“王家の守護者”達が電撃銃の引き金を引く方が早かった。物陰から推移を見守っていた彼らは、若者たちが殺害される寸前に、電撃銃で憲兵達を打ち倒したのだ。これほどまでの正確無比で素早い射撃は、“王の守護者”以外には、なかなか出来るものではないだろう。
ミスターコーナーは、すかさず子供を連れて行った憲兵を追った。見つけた時、憲兵は村人の殺害と子供の拉致の成功を、彼等の隊長に報告していた。報告を終えたのと、彼が電撃銃で昏倒させられるのとが、ほぼ同時だった。
「村人が殺されて、子供が誘拐されたっていう情報が、ミス・エヴァに届けられちまったかも知れねぇな。ちょっとタイミングが悪かったぜ。彼女に余計な心労を掛けちまうかもな、こりゃ。」
と、ミスターコーナーは頭を掻いた。
「まぁ、とにかく、村人は救助したし、子供は取り返したんだ。村人の話では、ミス・エヴァはジジイを追っかけて、エレベーターの方に行ったらしいし、憲兵の隊長もその後を追ったらしい。信頼している憲兵の隊長に裏切られたとなったら、ミス・エヴァも成す術が無いだろう。クソジジイが何とかしてくれてればいいが、エロジジイの事だから当てにはならん。俺達も、急いでエレベーターの方に向かうか。」
そして“王家の守護者”の3人は、先ほど老人とエヴァが拉致されたエレベーター前にやって来た。
「おやおや、ようやくおいでですか。前皇帝は手を縄で縛られて、拉致されてしまいましたよ、ミズ・エヴァと共に。“王家の守護者”の皆様におかれましては、もっとしっかりと、お役目を果たして頂かねば困りますねぇ。」
その場で出くわしたセブンスアローに、にこやかにそう言われたミスターコーナーが、
「そう言うあんたも、ジジイが拉致されるのを黙って見てたんだろう。助けようと思えば助けられたのに。」
と、怒鳴るように言い返したが、その表情も余裕の笑顔だ。切迫感も緊張感も、微塵も無い。老人の身の上を案じている気配は、そこにいる者の、どの顔にも浮かんではいない。
「ジジイの事は良いとして、ミス・エヴァだ。とんでもない心労に曝されちまってるんじゃねぇかな。」
「ええ、自分が帰ってきたせいで、村人は殺され、父親の命も瀬戸際に追い込まれ、我が子が拉致され、老人も縛り上げられてしまったと思っているんですから。もう、絶望的で悲劇的な局面を迎えた心境でしょう。」
「そう思うなら、あんたが助けてやれば良かったじゃねぇいか。ずっと、四六時中、ジジイから目を離さねぇのが、セブンスアローのはずだろ。だったら、いくらでも助けてやるチャンスはあったはずだ、そうしてりゃ、いたいけなミス・エヴァに余計な苦しみを与えないでも済んだのに。」
と、ミスターヘルプも抗議口調で言ったが、その顔も笑顔だ。
「ええ、そうですねぇ。確かにそうなのですが、今回の件の黒幕である、プイロのもとに案内して頂いた方が、問題を根本から解決することになりますからねぇ。ミズ・エヴァには気苦労を掛けてしまいますが、いま少し辛抱して頂きましょう。」
「案内してもらうって、あんた、ここにいたんじゃ、案内してもらえねぇだろう。」
「大丈夫、前皇帝が、黒幕の所に案内されておいででしょうから。」
「あははは・・、おいおい、人にしっかりジジイを守れみたいな事言っておいて、ジジイが拉致されるのを黙認した上に、事件の解決まで押し付けて、ほったらかしにしてるって事じゃないか。セブンスアローさんよ。」
前皇帝の身の上など、どこまでも心配する気の無い発言が続く。
「私の仕事は皇帝陛下の為の諜報活動ですよ。前皇帝の警護は“王家の守護者”である、あなた方のお勤めでしょう。人様の仕事を横取りするような失礼なことは、私にはできません。」
「けっ、言ってくれるぜ、全く。分かったよ。これからちょっと行って、ジジイを守って来るか。」
そう言ったミスターヘルプに、ミスターコーナーが訂正を加えた。
「ジジイを守りにじゃない、ジジイがやりすぎないように見守りに行くんだ。」
「ああ、そうだった。ジジイがやりすぎちまったら、盗賊団も伯爵の馬鹿な弟も皆、ぶっ殺されちまうからな。」
と言ったミスターコーナーだが、まだまだ不満は尽きない様子で言った。
「しかしセブンスアローも“神力”が使えるんだから、せめてテレパシーでジジイの居場所だけでも教えてくれりゃ、俺達も楽になるんだがなぁ。」
「へいへい、それは愚問だぜミスターコーナー。セブンスアローは皇帝の為だけに働く者だからな、“王家の守護者”とは協調しないのが流儀だ。そんな事は前々から分かってるはずだろ。」
「そう言う事です、ミスターコーナー。私は皇帝の命令のみに従う者なのです。そういうお役目ですから、悪く思わないで下さい。」
と、セブンスアローも言った。にこやかな笑顔は片時も崩す事は無い。
「皇帝の命令のみに?本当にそうか?じゃあ、これはどういう事なんだ?これはあんたがやったんだろ?そしてその為に、ジジイから目を離してしまってるじゃないか!」
と言って、傍らに転がっている、睡眠薬で眠らされている武闘集団どもの体を指さした。
「これは皇帝の命令かい?そうとは思えねぇな。ジジイに頼まれてやったんじゃないのか?」
「おや、見つかってしまいましたね。皇帝陛下にはご内密に願います。そちらの男性を助ける為にやった事ですよ。」
と言って、セブンスアローは傍の岩に腰掛けて、茫然としている男を指さした。
「彼はミズ・エヴァのお父上でしてね。前皇帝に助けるように頼まれて、断る事が出来ませんでした。と言うか、頼まれなくても、助けるつもりでしたけどもね。」
「ほら、これだ。皇帝の命令のみに従うセブンスアロー様が、見ず知らずの女の父親を助けてやるってのは、どう言う風の吹き回しなんだ?」
「お尻のお礼です。」
「しりー!? 」
「前皇帝と視野を共有して、ミズ・エヴァのお尻を、たっぷり拝見させて頂き、楽しませて頂きましたので、これくらいのお礼はしないと。」
“イエローゲートの神力”を使いこなせる者同士なら、誰か一人が視界に捕えている光景を、別の者も見る事が出来るのだ。
「てめぇ、エロジジイに負けず劣らずのエロおやじだな!そんなことが皇帝にバレたら、大変な事になるんじゃねえのか?」
「いえいえ、そんな事は。お尻に見惚れた事は、内密にして頂く必要はございませんよ。皇帝陛下も美人のお尻は大好きですから、きっとご理解頂けます。」
「・・イエローゲート一族って、何なんだ。」
「お尻の件は報告頂いても構いませんが、前皇帝から目を離した件は、ご内密に、バレると少し、手間が増えますから。」
「手間が増えるだけかよ!緊張感ねぇな、皇帝の諜報員っていうのも。」
ミスターコーナーが呆れ果てたその時、きっかりエイトが何かに刺激を受けたように、はっとして、そして、言った。
「ジジイが、テレパシーで位置情報を送って来やがった。」
「そうですねぇ。私もたった今、感じとりました。」
“イエローゲートの神力”を、少しだけ使えるミスターエイトと、完璧に使いこなせるセブンスアローは、老人がその気になれば、テレパシーでのやり取りすらも出来るのだ。
「ちぇっ、今頃かよ!もっと早くに位置を知らせてくれりゃ、こんな苦労は無かったじゃねえか。あんのクッソジジイめぇ!」
「あなたがたに早くに来られてしまっては、見れなくなってしまいますからねぇ。それは余りに無念だったでしょう。それほどに美しいのですよ。ミズ・エヴァの尻は。」
「尻を見る為か!あのエロジジイ、尻を見る為だけに・・。その気になれば、もっと早くに助けられたものを。ミズ・エヴァを不安にさせやがって。あんたもあんただ、セブンスアロー!プイロのもとに案内させる為とか言いながら、ミズ・エヴァへの覗き見を続けるつもりなんだろ。そして、その事へのせめてもの罪滅ぼしでやったのが、彼女の親父さんを助ける事なのだろう。イエローゲートの血を引く奴は、なんでこうも覗きが好きなんだ。」
「おほほほ、覗きとは無粋な言い方を。」
「覗き見する事こそが、無粋だって言ってるんだ!」
そう言い捨てて、“王家の守護者”達がエレベーターに乗るのを見送ると、セブンスアローはエヴァの父親に寄り添うように、隣に腰掛け、そして言った。穏やかで優しい声色だ。
「何も心配はいりませんよ。娘さんは必ず無事に帰って来ますから。そして、娘さんをさらった連中は、もうおしまいでしょう。」
「彼らが・・、今の3人の人達が、奴らをやっつけてくれるのか?あんたは・・、あんたは行ってはくれんのか?あんなに強かったのに。」
「私も、もちろん行きますよ。あの老人から目を離さないのが、私のお役目ですから。しかし、私に出番は無いでしょう。ただただ、“目を離さない”という事だけが、私の存在理由です。」
「では、あの3人の人達が・・。」
「いえ、彼等にも出番はないでしょう。」
「え?じゃあ、誰が、誰が娘を・・・」
「老人です。さっき縛られて、連行された。」
「???????」