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拉致

 翌朝早くに、シャトルに乗って役人のもとに向かった若者数人が、十数人の武装した憲兵と共に帰って来たので、エヴァ達は一安心した。村に入りこんだ武闘集団は逮捕されるであろうし、盗賊団も、もはやこの村には手出しできなくなるだろう、そう思っていた。しかし盗賊団は、伯爵の弟であるプイロを介して憲兵と癒着しているのだ。エヴァ達には、未だ安全は与えられてはいない。

 そんな状況にもかかわらず、老人は村から出て行こうとしていた。セッソリ星系に戻り、そこに住まっているパエラ伯爵に、エヴァ達の件を公表し、彼女達の身柄を引き受けるように忠告しに行こうというのだ。

 エヴァ達が未だ危険な状況にある事を、この老人は分かっていないのだろうか?“イエローゲートの神力”は、盗賊団と憲兵の癒着までは、教えてはくれないのだろうか?

 ちんちくりんの老人は、上半身の動きに下半身が追い付かないというような、ぎくしゃくした足取りで、しかも、驚くほどに小さな一歩一歩の歩幅で、エヴァ達の住居を後にして、シャトルのドッキングベイへと向かって行った。そんな動きを見る分には、どう考えてもヨボヨボの老人に過ぎない。

それを見送っていたエヴァは、老人の後を隠れるようにして追いて行く、怪しげな人影を見つけた。標的になっているのは自分達だけだと思っていたエヴァは、老人が狙われている事に驚きつつ、

「憲兵さんを呼んで下さい!」

と、近くにいた村の若者に告げた後、老人の後を追いかけた。

 シャトルのドッキングベイに向かっているエレベーターの手前で、老人は怪しげな男達に取り囲まれた。

「おいジジイ、おまえ何ものだ?なぜ昨日、俺たちの銃を使用不能に出来た?」

と、取り囲んだ一人が尋ねるのに、

「さあのう、何の事かな?」

と、とぼけてみせた。

「このクソジジイめ!武器を無効に出来るからって、調子に乗るな。お前ひとりなら、武器なぞなくても簡単にひねる事が出来るんだぞ!そして、おまえをひねってしまえば武器を使えるようになるから、あの村人共も皆殺しに出来る。お前達はもうお終いだ!」

 そう武闘集団の1人が叫んでいる所へ、エヴァが追い付いて来た。その後ろからは、父親である農夫も付いて来ている。

「ご老人、大丈夫ですか?」

そう叫びながら、武闘集団達と老人の間に割って入ったエヴァは、彼らに向かって、

「なぜこんなご老人を?私達が狙いでしょう!本当にどこまでも卑劣な人達なのね。でも、もうじき憲兵さん達が来てくれるから、お終いなのはあなたたちの方よ!」

 そう叫んだエヴァに対して、武闘集団達はニヤニヤとした不敵な笑いを浮かべていた。

「な、何が可笑しいの?」

 エヴァの心に不安がよぎる。そして、その不安が的中する事態が起こる。

 エヴァの背後から、憲兵の隊長が現れた。

「あ、憲兵さん。この人たちです!村に武器を持ち込み、村人に暴力を振るい、村の治安を乱しているのは!」

 そう訴えるエヴァを無視するように、憲兵隊長はエヴァの傍らを通り過ぎ、武闘集団の横に並んだ。そして言った。

「このジジイか?武器を無効化できるっていうのは。」

 武闘集団の1人が答えた。

「そうなのです。どういう理屈か、分からねえんですが、武器を無効化出来るようなんです。昨夜はそれで、酷い目にあわされました。」

「どれどれ」

と憲兵隊長は言うと、懐から取り出したレーザー銃を、ためらいも無く老人に向け、引き金を引いた。

「ちょと!何を!」

 エヴァは驚愕と狼狽を露わに叫んだ。頼みの綱の憲兵が、武闘集団の側に付き、老人を銃殺しようとしたのだから無理も無い。

 レーザー銃は沈黙していた。

「本当だ。ついさっき試射した時には、ちゃんと使えたのに。どう見てもこのジジイの仕業だな。おいジジイ!何をした。」

 問われた老人は、それには答えず、

「憲兵が盗賊と癒着しておるとは、嘆かわしい。そのような国では、国民は幸せに暮らせんではないか。この、帝国の面汚しどもめ!」

「国だぁ!? 国民だぁ!? ヨボヨボのジジイの分際で、何をでかい事語ってやがるんだ。そんな事より、状況が分かっているのか?余計な口答えして無いで、質問に答えろ!」

 その時、憲兵隊長の無線機が鳴った。腕に装着している輪っかが、無線機のようだ。それでしばらくやり取りをした後、

「俺の部下達が、村の連中を始末し、伯爵の隠し子を拉致したそうだ。」

と言った。エヴァは悲壮な叫び声をあげた。

「そ、そんな!憲兵が村人を・・。あなた達は村を守るのが仕事でしょう!その憲兵が、村人を殺したの?ラウロを誘拐したの?そんな、あんまりよ、酷すぎる!」

 エヴァは震えていた、涙も零れて来た。自分がこの村に帰ってきたせいで、村人を死なせる結果になってしまった。そしてラウロの命も、もはや風前の灯火。

 勝ち誇った笑みで、そんなエヴァを見据えていた武闘集団の1人は、

「ジジイも女も、子供の命を助けたかったら、俺たちに従え。子供はなるべく生け捕りにしろと言われているが、難しければ殺しても構わないと言われているんだ。つまり、生かすも殺すも俺たちの胸三寸だ。」

と言った。それと同時に、武闘集団達はエヴァと老人に縄を打とうと近寄って来た。

 それに身構えたエヴァだったが、老人は、

「ここは彼等に従いましょう。大丈夫。全て良いようになりますよ。大丈夫。大丈夫。」

と、優しく余裕を称えた笑みで言った。

 エヴァは何故だかわからないが、このヨボヨボでちんちくりんの老人の言葉に、絶大な説得力を感じた。何者かは分からないが、この老人には、何かあるのだ。この状況を打破できる、何らかの力を秘めているのだ。武器を無効化できる能力一つとっても、どう考えてもただ者では無い。この老人に賭けようと思った。

 そして、老人とエヴァはその両手を縄で縛られ、武闘集団達に連行されて行った。

「エヴァ!エヴァ!ちくしょう!」

 エヴァの父である老農夫が叫んでいたが、もはや彼に出来る事は何も無かった。武器を携えた武闘集団十数人に囲まれているのだ。またしても、拉致されてゆく愛娘を、ただ見送る事しか出来ない。悔しさに拳を握りしめ、肩を震わせて見守るだけだった。

 数人の仲間を残し、武闘集団と憲兵隊長は、エヴァと老人を連れてエレベーターに乗り、シャトルへと向かって行った。上昇して行くエレベーターから、武闘集団の1人が、外周壁面に残った仲間に、大声を張り上げて告げた。

「その農夫も始末しておけ!余計な事をされると厄介だ。殺しておくに越した事は無い!」

 それを聞いてエヴァは狂乱した。

「そんな!何を!何故!ダディーは関係ない!ダディーには手を出さないで。お願い!ダデイー!ダディー!」

 エヴァの表情の、悲壮の色が深まれば深まる程、武闘集団や憲兵隊長の蔑んだ笑みは大きくなって行った。エヴァは両手で顔を覆うようにして、泣き崩れた。

「私のせいで、私がここに来た為に・・、村人は殺され、ダディーまで・・」

 そんなエヴァの背中に手を置いて、優しく摩りながら、老人はつぶやいた。

「大丈夫。誰も死んでいません。これからも、誰も死にません。あなたの大切な人は誰一人。大丈夫。大丈夫。」

 どさくさに紛れて尻まで触ったが、悲しみに暮れるエヴァは、そんな事には気付かなかった。

「死んでいないと、分かるのですか?なぜ?」

エヴァは驚きの表情で、老人を見つめ返した。老人がそう言うと、疑う気にもなれず、自然と信じる事が出来、心が落ち着いて来るのだ。不思議な力だった。不可思議な説得力だった。

それも、“神力”の一つだろうか。それは分からないが、次に老人のした事は、明らかに“神力”を用いたものだ。表面的な現象だけで言えば、テレパシーでの交信だ。

(セブンスアローや、居るのであろう?頼みましたよ、あの農夫の事。ミズ・エヴァの大切なお父上です。こんな美しく柔らかい尻をしたお嬢さんを、不幸にするわけにはいきませんからね。)

(はい、心得ております。私も前皇帝と視野を共有し、たっぷりと拝見させて頂きました。本当に美しい尻でございました。心から堪能させて頂いたお礼もありますから、あの農夫は責任を持ちまして、私がお助け致します。)

 娘を連れ去られ、地に額を付けて悲嘆に暮れる農夫の後頭部に向けて、狂気のナイフが振り下ろされようとしていた。銃が使えなくなったので、ナイフで刺殺しようというのだ。ギラリと鈍い反射光の残像を引いて、刃は老農夫の後頭部めがけて突進した。が、

「うわぁ!いてぇ!」

 ナイフを握っていた者が、突如悲鳴を上げた。ナイフを握っている彼の腕に、長さ20cm程の矢が突き立っていた。

「なんだこの矢は?どこから飛んできた?」

「見ろ!端に光発電パネルみたいなのが付いているぞ。方向転換の為の羽根も付いていて、パネルに連結されてる。電力で羽根を動かして、軌道修正できる矢なんだ。」

「空中で方向転換できる矢となれば、どこから打ったかわからねぇぞ。」

 そう言いながら、辺りをきょろきょろ見回した武闘集団達だったが、その一人が思い出したように言った。

「そう言えば聞いた事がある。皇帝直属の諜報組織の連中が、こんな光発電パネル付きの矢を使いこなすという事を。」

「それは、あれか?ファーストアローとかセカンドアローなんていう名前を付けられた諜報組織で、皇帝直属であるだけでなく、王族の一員でもあり、“イエローゲートの神力”を使える連中の事か?」

「あ・・ああ、そうだ、もしかしたら、この矢も、“神力”で羽根をコントロールして、思い通りに飛ばす事が出来るのかもしれん。」

「はっはっはっは、ご名答!」

 木陰から現れた男が、笑って言った。上品な笑みを浮かべた顔と、筋骨隆々の体が実にアンバランスな男だった。

「誰だ!」

「ただいまご紹介に預かった、皇帝直属の諜報組織の者で、セブンスアローと申します。」

「セブンスアロー!? 確かセブンスアローって言ったら、諜報員の中でも前皇帝の監視を専門に請け負う者のはず。そんな奴が、何故ここに・・・?前皇帝に、密かに、ずっと、ぴったりと付き添っているはずじゃないのか?」

「私がなぜここにいるかなどを、あなた達に説明する義理はありません。が、皇帝の諜報員というのも、究極的には帝国の平和維持が目的です。そして、あなた達が今やろうとしているのは、帝国の平和を乱す行為です。ですから、成敗します。」

 セブンスアローと名乗った男は、実ににこやかにそんなことを言ってのけた。

「何だと!ふざけやがって、ぶっ飛ばしてやる!」

 4人程残っていた武闘集団達は、腕を撃ち抜かれた一人を残して、3人がかりでセブンスアローに向かって行った。セブンスアローは、左手に3本の矢を乗せて、それを武闘集団達の方に差し出した。ただ手の上に乗せているだけである。恐れるには足りないと、武闘集団達は即断した。

 武闘集団達は構わずに突進した。が、突如、その手の上の矢が、彼らめがけて飛び出した。セブンスアローは一切のモーションを見せていないのに、矢がひとりでに飛翔したのだ。

「うわっ」

と身構えた彼らの前で、矢は、ぐいんと旋回し、一旦大きな円弧を描くと、上や横から彼らの肩や尻に突き刺さって行った。

「ぎゃあ!」

「いてぇ!」

「くそぅ!」

「・・うっ・・く・・、いてぇが、こんな小さな矢くらい、刺さったところで・・・」

「いやいや、それには睡眠薬が塗りつけてありますので。」

 そう言ってセブンスアローは、最初に矢を受けた者を指さした。いつの間にかその者は、気を失って地面に倒れていた。残りの者達も、徐々に意識が遠のいて行く。

「く・・くそう。こんな伏兵がいたなんて・・・」

「だが、なんでお前、村人は見殺しにしたんだ。それだけの腕があれば、村人も、エヴァの子も、救えたはず。」

「ははは、見殺しとは言葉が悪い。村人も、ミズ・エヴァのお子様も、別の者がちゃんと救って差し上げていますよ。“王家の守護者“達がね。」


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