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襲撃

 エヴァ=カミーノは、懐かしの我が家で、得意料理のお披露目に気分が高まっていた。その尻が老人の視線を釘付けにしている事になど、気付きもせず、鼻歌交じりの笑顔で腕を振るっていた。

 彼らは農場筒から居住筒に移動していた。エヴァとその父が再開を果たしたのが、小麦や野菜を栽培する為の円筒形の軌道上建造物で、農場筒と呼ばれており、そこからシャトルで数十分移動したところにある、外見は同じ形の軌道上建造物が、居住筒と呼ばれている。

 居住筒の、遠心力によって足場とされている外周壁の内面には、白壁の四角い居住施設が、階段状に高く積みあがっていた。小山の崖に密集して作られたような外観を有しており、彼らの遥かなる祖先から受け継がれた原風景が、その景観のモデルになっているようだ。

 円筒の縦方向に水路が3本作られており、その水路の間に、白壁の居住施設が密集した小山が、これも円筒の縦方向位に細長く築かれている。

 水路には人工海水が満たされていた。一目見ると、エメラルドグリーンの海辺の崖に、白壁の四角い住居が階段状に折り重なっているといった趣きが醸し出されており、水面に映り込む白壁が、人工の海の波間に揺らめいている様が、ことのほか美しい。3本の人工海の青いラインと、住居の密集する小山が作る、3本の白いラインを横断すれば、円筒形建造物の内壁を横に一周した事になる。

 円筒内は夏の気温に設定されており、水際には水着姿ではしゃぐ若者たちの姿があった。そんな若者たちの姿が遠望できる、白壁の四角い住居の一つの中で、エヴァは父親や老人に手料理を振る舞うべく、キッチンに向かっていたのだ。

「目の前の人工海で採れた魚を、娘が料理して振る舞ってくれるそうじゃ。」

 始めて食べる愛娘の手料理に、農夫の目は子供のようにキラキラしていた。

「この村では、水産資源を自前で生産しておるのじゃのう。」

と老人は、農夫に話しかけた。

「ほんの少しじゃよ。大半は、別の星系から輸送されて来るもので賄っておる。このプサ星系には大量の水を有する天体は無いからのう。水産資源の量産には不向きじゃ。かつては生け簀筒があって、そこで水産資源を作っておったが、効率が悪かった。他星系との交通網が整備され、外から安価で多様な水産資源がもたらされるようになって、わしらも様々な海の食材を楽しめるようになった。じゃがその一方で、種類も量も限られるが、目の前の海で採れる新鮮な魚を賞味することも出来る。交通網の整備や物資の分配など、帝国政府の成してくださった善政のおかげで、わしらの生活もどんどん豊かになっておる。都会の星系に比べれば、まだまだ貧しくさびれた星系かもしれないが、昔と比べればはるかに暮らしやすくなったのじゃ。特に、トカーネ星団内の交通網整備に尽力下さった、前皇帝アレクセンドロス=イエローゲート様には、感謝してもしきれるものではないのですじゃ。」

 目の前にいるヨボヨボの老人が、よもやその前皇帝などとは思いもよらないまま農夫は、本人に感謝の意を伝える事を果たしていた。

「農作物生産に向いている星系には農業に専念させ、水産資源生産に向いている星系にはそちらに専念させ、その間の交通を整備する事で、生産性を高めて国民を豊かにしていく。言うは安いが、成すのは大変な苦労が伴ったものじゃ。じゃが、こうして国民が豊かに幸せに暮らしているのを見ると、感慨ひとしおじゃのう。」

「おやおや、まるで皇帝陛下のお立場でものを言っておられる。わははは・・、愉快なご老人だ。のう、エヴァよ。」

「うふふふっ、そうなのです。こちらのご老人、とても変わったお方で、セッソリ星系からずっと追いておいでで、とても愉快な方ですのよ、ダディー。」

 再会した父に初めての手料理を振る舞う喜びは、エヴァに太陽のような笑顔をもたらしていた。相変わらずその身のこなしには、男心をくすぐらずにはいない、妖艶な色香が滲み出ていて、それは幼少より叩き込まれ、体に染みついた、暗殺を目的とした人心篭絡の術であり、エヴァに付きまとう闇の源泉でもあったが、父親に手料理を振る舞う喜びは、そして、そこから生まれ来た太陽のような笑顔は、いつかは彼女の闇をかき消すと思えるほどの明るさがあった。

しかしエヴァの闇は、男心を篭絡する妖艶な色香は、今はまだ十分にその存在感を保っており、それは老人の視線をどこまでも吸引し、釘付けにしていた。そんなエヴァは、老人に尻を凝視されているとも知らずに、彼らとの会話に花を咲かせていた。

 エヴァの手によって、塩釜で蒸し焼きにされた新鮮な魚は、シンプルな味付けながらほくほくとした舌触りとさっぱりとした旨みで、農夫と老人の味覚を楽しませた。水入らずとはならなかったが、父娘の会話も盛り上がり、娘がいなくなってからの村の変遷-誰が誰と結婚した、などを聞かされ、エヴァも失われた時間を取り戻して行っているようだった。

 話は、誘拐されてからのエヴァの身の上にも及んだ。老人の眼前でそんな話をする事をためらい、最初はそこを避けていたエヴァだったが、見るからにお人好しで穏やかで、そして何よりヨボヨボでちんちくりんの老人の容姿に、次第にエヴァのためらいはかき消されて、老人の前で全てを、洗いざらい話したのだった。

「そうか、あの日誘拐され、わしの前から姿を消した後、暗殺者としての特訓を受けさせられたのか。何と不憫な。つらかったであろうのう。かわいそうなエヴァよ。」

 農夫は涙ぐんだ。自分が守り抜き、幸せにしてあげなければならないはずの愛娘が、盗賊に拉致され、そんな悲惨な運命をたどったのだ。

「すまないエヴァ、すまない・・・」

「ダディー!ダディーが謝ることなど、ありません。そのようにご自分を責めないで下さい。」

と優しく声を掛け、農夫の背中をやわらかな手付きでさすってやるエヴァだった。

「暗殺に向かった先で、殺すはずだった伯爵と恋に落ち、子を設けた。ロマンスじゃのう。」

 老人は、何やらワイセツな想像を膨らませているかのような笑みを浮かべて、その話を楽しんでいた。

「あらいやだ、お恥ずかしい。でも伯爵は、本当にお優しく、誠実で、私の事を心から愛して下さいました。あの方の子を授かった事を、私は本当に誇らしく、嬉しく思っているのです。」

「しかし、その子の存在を隠さねばならないとは。身を忍ばせて愛する人のもとを立ち去り、こんな貧しいわしのところに帰って来るしかないとは。」

「ダディー!ここに帰って来られた事は、私にとってはこの上も無い幸せですよ。伯爵がそのように取り計らってくれた事は、何よりの愛情表現だと、私は思っております。私のような卑しい身分の者と子を成した事が公になれば、ましてや、伯爵を暗殺する為に送り込まれた私と恋に落ちた事が世間に知れたら、伯爵の名に傷がついてしまいます。領民の信頼が失われてしまいます。こうやって、身を隠してここに戻って来る事が、誰にとっても、最善の事だったのでございます。」

「そうかのう。」

と、老人は口を挟んだ。「身分がどうこうなど、領民がそれほど気にするかのう。どんな素性の者であろうとも、伯爵が本当に愛して子を成したのであれば、領民達は受け入れてくれるのではないかのう。弟による暗殺未遂というのも、非難されるべきは弟の方で、伯爵の威信に傷がつくような事なのかのう。」

「そうだ。ご老人の言う通りだ。」

と、農夫も賛同した。「伯爵様もエヴァも、何も悪くは無い。何も隠す事は無い。暗殺を企てたのは弟のプイロ様と盗賊達で、お前と領主様は、ただ恋に落ちて子を宿しただけ。祝福される事はあっても、咎められることなど、有りはしないだろう。」

「ご老人、ダディー、お2人にそう言って頂けて、私はうれしい。それだけで十分。これからは、ここに身を潜めて、領主様との関わりは忘れて、静かに暮らして行きたと思います。」

「お前がここにいてくれる事は、わしも心からうれしいし。お前がそれで良いと言うのなら、わしには何も言う事は無いのだが。本当にそれで良いのか。領主様を愛しておるのではないのか。関わりを忘れてしまえるのか?」

 エヴァは黙りこくった。伯爵との繋がりは断ち切りたくない。心から慕っている。だが、迷惑はかけられない。その名に傷を付けたくはない。そんなエヴァの葛藤と苦しみが、農夫にも老人にも、痛い程伝わって来た。

 農夫はただ、黙って、涙ぐんで、苦悩する愛娘を見つめる事しか出来なかったが、老人の方はそうでは無かった。

(わしがひとこと口をきいてやれば、伯爵に、全てを領民に公表して、エヴァとその子を、責任をもって、幸せにしなさいと言えば、全て丸く収まるはずじゃ。)

 国民の信頼厚い前皇帝には、それだけの発言力があった。既に皇帝の座からは退役したとはいえ、彼の言葉には十分な説得力があるのだ。

(早く首都のセッソリ星系に戻って、伯爵殿に忠告せねば。明日にも戻るとするか。エヴァ嬢の尻は名残惜しいが、致し方ない。)

 エヴァは、知らず知らずに尻を見られる事によって、この上も無い強力な助っ人を得ていたのであるが、もちろんそんなことに気付く由は無かった。

 沈痛に沈む父娘と決意に漲った老人は、それぞれの想いを噛みしめつつ、新鮮な魚の塩釜焼きに舌鼓を打ち続けたが、そんな彼らに黒い影が忍び寄っていた。

 怪しい気配の接近に、老人が、続いてエヴァが気付いた。住居の外、壁一枚向こうに、十数人の武闘集団が潜み、突入のタイミングを伺っていた。彼らの住居に突入し、エヴァとその子を拉致するか、若しくは殺害しようとしているのだろう。だが、その盗賊達によって訓練を施されたエヴァの反応は鋭敏で素早かった。

 エヴァは、壁に備え付けられた警報ボタンを押した。けたたましいサイレンが鳴り、近所の家々から屈強な、村の若い男達が飛び出して来る。

 小さな村であるだけに、人々の連帯は強く、誰かの家に危険があれば、村中の屈強な男達が、一斉に集まって来るのだ。その事をエヴァは、この住居筒に着いてすぐ老人から教えられていたから、即座に警報を押すという行動に移れたのだ。警報ひとつで、百人近い男達がエヴァのいた住居を取り囲み、突入を図っていた武闘集団達を見つけ出した。

「なんだてめぇら!この村じゃ見かけない顔だな。何者だ。村の誰かに危害を加えようというのなら、ただじゃすまさねぇぞ!」

 集って来た若者の1人が、武闘集団めがけて吠えた。住居からエヴァも出て来た。

「あなた達、私を誘拐し、暗殺者に仕立てた盗賊団の一味ですね。まさかここまで追けて来ていたなんて。」

「いやぁ、追けて来たのではないじゃろう。お嬢さんが故郷に帰る事を予測して、待伏せておったのではないかな。追けて来ていたのなら、わしが気付かぬはずがない。」

 老人はそう言ったが、後半部分は年寄りのたわごととしか、誰にも受け止められなかった。だが、前半は図星だったので、

「おお、勘のいいジジイだな。その通り、農場筒の畑に身を潜めて、おまえの帰りを待っていたんだ。」

と、武闘集団の1人が答えた。

「そう、そこまで動きを読まれていたの。ごめんなさいダディー、わたし、ダディーとこの村を、危険に巻き込んでしまった。」

 沈痛の面持ちでそう言うエヴァに、

「何を言ってるんだ、エヴァ。君もこの村の仲間じゃないか。仲間同士で助け合うのは当然だろう。ここは俺たちに任せておきなって。」

若者の1人が言った。農夫も続いた。

「そうじゃエヴァ、困った時に故郷を頼って悪いはずがあるか。こやつらは、村の若い衆に何とかしてもらおう。」

「そうだ、エヴァに危害を加えようとする奴は許しちゃおけねぇ!やっちまえ!」

 若者たちは躍りかかった。武闘集団に素人の若者では、その腕に数段の差があったが、多勢に無勢、人数の点では若者たちに理があった。そして何より、彼らは勇敢だった。武闘集団達の鍛え抜かれた拳や蹴りを、したたかに叩き込まれ、何人かは弾き飛ばされたが、右から左から上から下から、怯むことなく束になって踊り掛かって行った若者たちは、いつしか武闘集団共を組み伏せつつあった。

 このままではまずいと思ったのか、2人の武闘集団の者が、若者たちの隙を付き、エヴァに突進して襲い掛かった。女1人なら簡単に抑え込める。そして女を人質に、若者たちを黙らせる。そんな策略を秘めた動きだったのだが、エヴァの鋭い回し蹴りが、そんな武闘集団の1人の側頭部を強打し、更に、もう一人の拳も間一髪で躱したエヴァのカウンターパンチが命中し、そちらも簡単に撃退された。やはりエヴァはただ者では無かった。並大抵の男では適わないだけの格闘能力を身に付けていたのだ。

 武闘集団達は、完全に若者達とエヴァに返り討ちにされ、取り押さえられた。村人たちの大勝利かと思われた。しかし、次の瞬間、すさまじい閃光が彼らの目を襲った。少し距離を置いて推移を見守っていた数人の武闘集団の1人が、レーザー銃を取り出して発砲したのだ。

「うっ」

 若者たちは驚愕し、動きを止めた。

「ちくしょう!武器を持っていやがったのか。なぜ憲兵に没収されずに、武器を持ち込めたんだ。あんな飛び道具を使われては・・!」

「タキオントンネルのターミナルならいざ知らず、こんな片田舎の居住筒に武器を持ち込むのは、俺達には訳は無いんだよ。使っちまうと、後で色々面倒があるから、使わずに済ませればと思っていたが、こうなったら構わねえ。全員こいつで、血祭りにあげてやるよ。全員の頭を撃ち抜くだけのエネルギーは、充填してあるんだ。」

「うう・・」

 若者たちは後ずさった。エヴァの顔にも、驚愕と絶望が浮かんでいた。万事休すか。

 だがその時、老人が動いた。

 スタスタスタと、銃を持つ男の方にまっすぐに歩いて行く。全く無防備だ。

「何だジジイ。殺されたいのか。」

「やって見なさい。やれるものならのう。」

「何だと、死ねぇ!」

 躊躇も無く引き金は引かれた、老人の額に向けられた銃の先端から、凶悪な殺人光線が迸・・らなかった。

「うぉお、なんだ!」

 慌てふためきながら、銃を持った男は何度も引き金を引いたが、銃は沈黙を保ち続けた。

「撃てぬよ、もう、それは。」

「な、なぜだ?なぜ急に打てなくなった・・?」

 帝国内の全ての武器を無効化できるというのも、“イエローゲートの神力”の一つなのだ。老人は今、それを発動したのだった。そのことに誰も気付くはずは無かったが。

「うっ、駄目だ、逃げろ!」

 銃を持った男が叫ぶと、武闘集団達は一斉に走り出した。一度は若者に組み伏せられた者達も、若者が銃に後ずさっていたおかげで、何とか逃げ出す事が出来た。

「この野郎!待ちやがれ!」

 若者の1人は勇み立って叫んだが、

「深追いは止めて!危険すぎるわ!」

とエヴァが制止したので、彼らも思いとどまった。

「明日、お役人にこの事を話して、憲兵さんに来てもらいましょう。武器を持ち込んだ者がいたとなれば、大規模に捜索してもらえるはずです。」

 イエローゲート一族による善政下にあるリムラーノ帝国では、庶民の為の警察組織も機能しているので、このような暴力沙汰や武器の所持は、憲兵による取り締まりの対象となるのだ。だが、その憲兵と盗賊団が癒着しているという事実を、エヴァも村人たちも知らなかった。


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