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黒幕

「はい、間違いなく、この女性とこのお子さまの2人連れが、昨日ここを通りました。」

 関所の女性役人は、この日もにこやかに応対していた。ミスターヘルプの質問に答えたのだ。

「そうか、やっぱりここに来たのか、あの人達。で、その後を追って、このジジイがここを通ったんだな。それは確認できているんだ。」

「はい、そうです。驚きました。“神力”をお持ちの王族の方が通るなど、初めての経験でしたので。もちろん何も質問などせず、即座にお通ししました。恐れ多くも王族の方でございますから。」

 女性役人は、その時の驚きの表情を再現してくれているように、返答を返して来た。

「ははは・・、そりゃこんな辺境に、なかなか王族が姿を現すもんじゃねぇからな。探知機が“神力”を検出した時は驚いたろう。でも、そのおかげで俺達も、ここをジジイが通ったって情報を得る事が出来たんだ。」

 “イエローゲートの神力”は、その力の持ち主が何もしなくても、探知器で検出でき、それで身分証明が出来てしまうので、王族は全ての関所をフリーパス出来てしまうし、“神力”が検出された関所に関する情報は、“王家の守護者”達にはすぐに、自動的に伝達されるので、ミスターヘルプたちも、前皇帝がここを通った直後に、その事実を知る事が出来たのだ。

 彼らの目的である母子は、直接的に見つけ出す手段が無かったが、前皇帝がエヴァの尻を追いかけているおかげで、“神力”を追跡する事が、イコール母子を追いかける事にもなったのだ。

「それじゃぁ、先を急ぐとしようぜ、ミスターヘルプよ。ミズ・エヴァとその子に危険が迫っているかもしれねぇ。美女に迫る危険は、命に代えても防がねぇとな。」

「ああそうだ、ミズ・エヴァは、何としても幸せになってもらわねえとな。」

「母子に迫る危険を払いのけるのは、“王家の守護者”である俺たちの、重要な使命だ。」

 “王家の守護者”達は、口々に言ったが、肝心の、本職のはずの、王族の守護、つまり、アレクセンドロス=イエローゲートの警護に言及する者はいなかった。実際には、彼にも危険は迫っているのだが、そして3人は、その事も予見してはいるのだろうが、全く心配はしていなかった。心配などする必要は無かったのだ。その理由は一つ。“イエローゲートの神力”だ。

 だったら、そもそも守護者など必要無いように思えるし、実際には“王族の守護者”の本当の存在意義は、王族を外敵から守護するというものではないのだった。彼らの本当の存在意義は、シャトルに乗り込んだ直後のミスターコーナー達の発言に示されていた。

「ミズ・エヴァ達を救っている間、あのクソジジイが“神力”で、世間様に迷惑をかけていねぇことを祈るぜ。そうじゃなきゃ、俺たちの本当の役目が果たせてねえ事になってしまうからな。」

「ああ、そうだな。“神力”で世間に迷惑を掛けさせないように、王族を“守護(?)”する役目っていうのは、つくづく厄介だぜ。」

 前皇帝は既に、覗きという迷惑行為をやらかしてしまっているのだ。“王族の守護者”達の憂慮は尽きない。

「それより、今は首都のセッソリ星系に滞在している、ここラツェオリア伯領の領主、パエラ伯爵には連絡が付いたのか?」

 ミスターヘルプがきっかりエイトに尋ねた。

「ああ、さっき連絡が来て、隠し子と、弟プイロによる暗殺未遂の事実を認めたよ。俺達“王族の守護者”に事が露見してしまっては、事実を公表する決意を固めざるを得なかったようだな。それに、エヴァの事は心から愛しているから、その子共々、自分が責任をもって預かるという事だ。自らこっちに出向いて来て、エヴァとその子の身柄を引き取る決意を固めたそうだ。」

「隠し子に、身内による暗殺未遂か。これは大変なお家騒動だ。伯爵もただでは済まない事になるだろうが、エヴァとその子の幸せの為には、伯爵に動いてもらう必要があるからな。」

 ミスターヘルプとミスターエイトのやり取りに、ミスターコーナーも参加した。

「弟が暗殺者として差し向けた女を見染て、隠し子を設けてしまうなんてな。男と女ってのは、分からないものだな。隠し子も暗殺未遂も、世間に知れりゃ、お家の信頼がガタ落ちだから、こっそりエヴァを、子供と共に故郷に返す事で秘密裏の幕引きを図ったんだろうが、暗殺を企てた弟がそれを知るに至っては、穏やかに済むはずもねぇ。」

「ああ、弟ってのはつくづく、碌でもねえ奴だぜ。兄を暗殺して伯爵の称号を簒奪しようってのも灰汁どい話だし、暗殺に送り込んだエヴァとの間に子が出来ちまったら、跡取りを潰す為にその子を殺すとか、若しくはその子を拉致して人質にして、兄に、伯爵の地位を譲るように迫る事を企てるとか。人格が腐っていやがるぜ。」

「それで、弟のプイロが雇った盗賊達が、ミズ・エヴァとその子を付け狙っているんだものな。こうしている間にも、あの母子の命が危険に曝されているんだ。気が気じゃねえぜ。」

「あわよくば生け捕りにして、人質にしたいが、難しそうなら殺してしまっても構わねえ、あの盗賊達はそうプイロに言われて、動いているんだ。彼女達の向かったウリュチ村の治安を守るべき憲兵たちにも、プイロの息がかかってるって話だったし、急がねえとやばいぜこれは。」

「盗賊どもも、始末の悪い連中だ。幼いころにミズ・エヴァを連れ去って来て、暗殺者として地獄の特訓を強要し、そして大人になった彼女を、伯爵の暗殺者として送り込んだんだ。ミズ・エヴァはその暗殺を実行できず、更には伯爵と恋に落ちて子を設けちまったが、それは彼女の優しさや愛情の深さを示しているのであって、ミズ・エヴァは何も悪くは無い。彼女は、幸せになる権利を有する女性だ。」

「ああ、そして、その為には、子を産ませたパエラ伯爵にも一肌脱いでもらわねえとな。領民にとっては、優しくて気の利く領主様のようだが、自分が孕ませた女とその子供には、きちんと責任を持ってもらわないとな。たとえ、もと暗殺者で、自分の命を奪う為に送り込まれたと言っても、それはプイロや盗賊どもが悪いんであって、ミズ・エヴァが優しく愛情深い女性である事は変わらない。伯爵には彼女とその子を、何としても幸せにしてもらわなくちゃな。」

「そういう事だな、あの母子を救ってパエラ伯爵に引き渡すまでは、エロジジイどころじゃないぜ。その間、せいぜいおとなしくして、“神力”で世間に迷惑を掛けねえでいて欲しいぜ。」

 そんな心配を“王家の守護者”達がしている時、当の前皇帝は相変わらず、エヴァの尻を眺め続けていた。それは“世間に迷惑を掛け”ている事になるのか、ならないのか。エヴァは何も気付かず、何かを不快に感じる様子も無く、前皇帝たちに振る舞う料理の準備に、余念が無かった。


 “王家の守護者”が向かっている、そしてエヴァや前皇帝のいるウリュチ村のあるのが、プサ星系第2惑星だ。そこから百数十万キロ離れた所にある、プサ星系第1惑星の衛星軌道上建造物内に、威風堂々たる城があった。石造りの尖塔を林立させ、その中央に、同じく石造りでとんがり屋根の棟がそびえ立っている。その棟の中で、遠くの星系から取り寄せた、庶民には手の届かぬ高級ワインをグラス内に遊ばせて、派手な装飾に身を包んだ貴族然とした男が、下卑た笑みと共に語った。

「ようやく見つけたか、あのメスブタを。兄上を暗殺させる為に送り込んだのに、その兄に欲情し、愛欲に溺れ、子までこしらえた、尻軽の淫売婦、エヴァ=カミーノ。あの裏切り淫売婦のおかげで、余の計画は丸潰れだ。淫売婦が上手く兄上を仕留めていれば、今頃、このラツェオリア伯領は余の自由になり、今より何倍も豊かな暮らしが出来ていたはずなのに。このままでは、たとえ兄の暗殺が、今後成功する事があったとしても、世継ぎはあの淫売婦との子どもという事にもなりかねん。わしの天下が訪れん事になってしまうではないか。けしからん事だ。」

「ええ、そうでございますなぁ、プイロ様。あの淫売婦の尻の軽さは、想像外でございました。暗殺すべき男に欲情するなど、恥知らずにも程がありますなぁ。」

と、受け答えしたのは、プサ星系の憲兵隊長だった。プサ星系の治安を維持し、住民の平和な暮らしを守るべき憲兵の隊長は、このプイロに付き従う事で、私腹を肥やす道を選んだ男だった。

「申し訳ありません。我らの飼育したメスブタが、これほどまでに躾が行き届いておらぬとは、とんだ手落ちでございました。幼少の頃に誘拐して以来、年がら年中、朝から晩まで、色香で男を虜にし、寝床に誘いこんで暗殺するという業だけを叩き込んで来たはずでしたが、あのエヴァ=カミーノに色恋の情などが残っていようとは、我らの大失態でございました。」

と、平謝りの体なのは、プイロが雇った盗賊の頭だった。

「ですが、我らの配下がエヴァ=カミーノを、その生まれ故郷で発見しました。間もなく、その子共々、生け捕りにして来るでありましょう。そうすれば、その子を人質にして兄上に伯爵号の譲渡を迫る事も出来ますし、子供はさっさと殺して伯爵の跡取りを消し去った上で、新たな刺客を伯爵のもとに送り込むという策略も、実行可能になります。すこし時期は遅れましたが、プイロ様の野望は必ずや、達成されるでありましょう。」

「よもや、仕損じる事はあるまいな。」

「ご安心ください。我ら憲兵隊が協力すれば、このプサ星系内ではどんなことでも実行可能であります。」

 憲兵隊長は胸を張った。盗賊の頭は憲兵隊長にも低姿勢だった。

「隊長様のご助力を得られれば、鬼に金棒でございます。まことにありがたく存じます。我らの配下だけでは、正直少し、心許無いところでありました。」

「うむ、しょせん盗賊など、ガラクタの寄せ集めだからな。我ら鍛え抜かれた、栄光ある憲兵隊と比べるべくもない。」

 猛烈な侮辱の言葉に、内心むっとしながらも、彼等には尻尾を振っておいた方が得だと算段している盗賊の頭は、

「はい、それはもう!われら盗賊風情と、由緒正しき憲兵様方とでは、月とスッポンで、はい。」

と、どこまでも尻尾を振り続けた。

「ところで、この淫売婦だが。」

「はい、エヴァ=カミーノですね。」

「どうしようも無い、汚らわしい、卑しい、尻軽の淫売婦ではあるのだが、兄上を篭絡しただけあって、なかなかに美味しそうな肉付きをしているではないか。あまり痛まぬように捕獲してくれれば、色々と楽しめそうじゃのう。」

「おやおや、プイロ様も、お好きですなぁ。」

 盗賊の頭の目の色も、卑猥な色を帯びて来た。

「何を言う。おぬしこそ、わしの威を借りて、本来手の届かぬはずの高貴の娘を、もてあそんだり売り捌いたりして、色欲も金欲も、満足させているのではなかったかな?」

「これは、これは、プイロ様には、一本取られましたな!おっしゃる通り、プイロ様のおかげで、甘い汁を吸わせて頂いております。そのお礼として、お望みとあらば、このエヴァ=カミーノの、男を惑わす身のこなしの染み込んだ極上の肢体を、プイロ様には骨の髄までしゃぶって頂けますよう、手配致しまする。」

「憲兵隊長も、罪も無い生娘にあらぬ罪をかぶせて連行し、やりたい放題の醜態を演じているそうじゃないか。」

「えへへへ、お聞き及びで。それもこれも、プイロ様の威光あってのもので、心より感謝申し上げております。足を向けては寝られません。」

「我らは持ちつ持たれつ、蜜月な関係を保っていれば、どんな欲望も思いのままに適うというものです。更にパエラ伯爵に成り代わり、プイロ様がラツェオリア伯領の領主の座を獲得すれば、まさに水を得た魚、毎日が酒池肉林の桃源郷となるでありましょう!」

「お頭よぉ!おぬしもなかなかの、悪よのう!」

「いえいえ、滅相も無い、プイロ様や隊長様には、足元にも及びませぬ。」

「こいつ、言ってくれよるわ!あーっはっはっは・・・」

「全くだ、フッハッハッハッハ・・・」

「これは、これは、恐れ入ります。いひひひひひ・・・」

 絵に描いたような悪党の笑い声が、威風堂々の城の石壁を、それが秘める伝統と歴史には似つかわしくない、耳障りな音色で響き渡っていた。


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