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再会

 母子を乗せたビームセイリング船は、トカーネ星団に属する星系の一つ、プサ星系に到着した。出発地点にあるビーマから照射されるレーザービームに押されて加速した船は、当着地点にあるビーマのビームに押されて減速し、プサ星系にある停留施設に入港したのだった。

 そして母子はまた、施設の外周部で、彼女達が乗る予定のシャトルの出発を待つことにしていた。シャトルの推進力も、やはりレーザービームに押してもらう事で得られるので、ビームセイリング船と移動原理は同じなのだが、数百人を収容し、何十日の旅に耐えうるだけの水や食料などを備蓄出来る、長距離航宙型の宇宙船から、ほんの数人を1日から数日間だけ乗せる、短距離移動用のシャトルに乗り換えるのだ。

施設の外周部には宿泊施設や飲食店が、あるにはあるが、もうこのあたりの宙域まで来ると、その数は少なくなり、たった2・3件ずつだ。それを利用する旅客の姿もまばらだ。船の停留施設そのものの規模も、ずいぶん小さい。

 だから母は、背後の気配をよりいっそいう強く感じられた。例の老人だ。ずっと彼女達の後を付いて来ているのを、彼女は感知し続けていたのだが、ヨボヨボでちんちくりんの老人と分かってからは、まったく警戒する気にもなれず、そのままにしていた。まさかその老人が、前皇帝アレクセンドロス=イエローゲートだなどとは、夢にも思うはずは無かった。

 しかし、こんな人影もまばらな所に来ても、まだ付いて来ているとなると、放っておくことも出来ず、母親はまた、老人に話しかけた。

「ご老人、ずいぶん私を気に入って下さいまして、ずっと追いておいでのようですが、綺麗と見染て頂いたのは嬉しいですが、こんな遠くにまで追いて来られるなんて・・。どちらか落ち着く先はおありなのですか?ここより先に向かいますと、もう宿泊施設なども無く、貧しい民家ばかりとなります。寝泊まりする場所を探すのにも、難儀することになりますよ。そろそろお引き返しなされるか、そうでなければ、私達の向かう先に、一緒に参りますか?」

 そう問われた老人は、

「お・・おお、お嬢さんの向かう先にわしも行きたいが、一緒では無く、後を追いて行きたいのじゃ。お嬢さんはそのまま、そのまま、旅を続けておくれなさい。」

「そ・・そうですの。そうおっしゃいますのなら・・。」

 少し当惑しつつ、母は子の手を引いて、再び歩き出した。その後を、相変わらずと言った感じで、老人が追いて歩いた。

 老人はただただ、彼女の尻を見続けたいだけだったのだが、女の方はその事には気付かなかった。特殊な訓練を受け、鋭敏な神経をもった女性ではあったが、こんなヨボヨボでちんちくりんの老人から、そんな目で見られていようとは、想像の外の事だったのだ。

 母子は、一軒の飲食店で軽い食事を採ったが、トカーネセントラルのような多様な選択肢の料理は期待できず、全ての飲食店で共通に提供されている、具の少ないピザをかじっただけだった。しかし、子はピザが好物らしく、大喜びで食べたし、子が喜べば母も、無条件に幸せを感じることが出来た。

 そんな幸せそうな母子から、少し離れたところで老人も、ピザを頬張り、母子が出立すると、その後を追って歩き出した。あくまでも、どこまでも、老人は女の尻を見続ける気のようだ。何十日も、何百光年も、ただ女の尻を追いかけたい一念だけで、旅をする老人なのだ。いかにも年寄り然とした、おぼつかない足取りで、コツコツと杖を突きながら。

 シャトルでの出発に先立って、母子は関所に立ち寄る必要があった。イエローゲート一族の善政のおかげで、国民の帝国領内での自由往来は認められており、ここまでの旅程では関所などとは関わらずに済んだが、各星系を管轄する代官達には、領内の人数や人の出入り等は、安定統治の為には把握しておく必要があるのだ。プサ星系の出入りには全て、このビームセイリング船の停留施設を通ることになるので、ここに関所が設けられている。

 どこから来て、どこへ行くのかといった情報は、通行手形も兼ねている宇宙船の乗船券に登録されているので、その電子媒体情報を読み出しながら、関所の役人は、そこを通る者の素性を確認するのだ。

 ここへきて、母の顔には微かな緊張の色が浮かんでいた。よほどの訓練を受けたものでなければ気付かない程度の表情の変化だったが。彼女の通行手形は偽造されたものであり、一部の情報には嘘があるのだ。

「こんにちは、奥様。お名前は?どちらからいらっしゃいました?」

 女性の役人はにこやかな対応で、決められた質問をした。

「エヴァ=カミーノと申します。サルゲーネ星団のセッソリ星系から参りました。」

「どちらまで?」

「第2惑星のウリュチ村まで。」

「本籍はこのプサ星系ですね。セッソリ星系では何をされていましたか?そのお子様は?」

「出稼ぎに。この子は出稼ぎ先で出会った男性との間に生まれた児で、ラウロといいます。」

 ここまでの会話には嘘は無かった。が、この先には、嘘をつかねばならない質問が待ち構えている事を、女は覚悟していた。

「あなたの夫、そのお子様のお父様は何をなされていますか?」

「出稼ぎ先の、貿易商で一緒に働いていたリビーノ=イリーと申す者が、私の夫で、この子の父親です。」

 顔色を変えないように努めつつ、その女性-エヴァは言い、それは、目の前の役人の目をごまかす程度には成功した。だが、その発言は嘘であった。エヴァは貿易商では働いていないし、そこで知り合ったのが夫だとか、彼女の子の父親だとかいうのは、事実無根だった。そして真実は、言う訳にはいかなかった。その子の父親は、彼女の夫などとは言えない存在のその男の素性は、今この場では、口が裂けても言えない。

「おっしゃっていただいた事は、手形に登録された情報とすべて一致しました。お疲れ様でした。お気を付けて旅をお続け下さい。」

 女性役人はにこやかにエヴァ達を送り出してくれた。確かに、手形に登録された情報は彼女の発言と一致していたが、そもそも登録された情報は偽りであったし、その手形は偽造されたものだったのだ。正規の手形を得るには、ラウロの父親の素性を明かさなければならず、それを出来ないエヴァは、手形を偽造しなければ、ここまでの旅をする事は出来なかったのだ。

 偽造も嘘も露見する事は無く、無事に関所を抜けられたことに、エヴァは安心したし、女性役人も、何らの疑念も彼女に持った様子が無かった事に、胸を大きくなでおろしていたのだ。先ほど嘘をついた時に、彼女の表情を伺う事が出来たのは女性役人ともう一人の人物だけで、女性役人に疑問を持たれていなければ、何も心配する必要は生じない、とエヴァは思っていた。

 もう一人の人物というのは、彼女達の後を追けて来ている老人の事だ。ヨボヨボでちんちくりんの老人だから、よもや彼女の表情から嘘を見抜くなど、あり得るはずも無いと断じていたのだ。エヴァは安心してシャトルへの歩を進めた。しかし老人は、リムラーノ帝国前皇帝アレクセンドロス=イエローゲートは、その嘘を見抜いていた。

表情から見抜いたのではない。だいいち老人は、エヴァの顔など見てはいなかった。尻しか見ていなかったのだ。それでも、見抜くことが出来た。“イエローゲートの神力”によって見抜いたのだ。

 そんな老人が、エヴァ達が関所を出た直ぐ後に、彼女達の後を追って出て来た時には、エヴァはぎょっとした。早すぎる。老人とて関所で、役人とのある程度の問答が必要だったはずなのに、関所から出て来るのが早すぎた。ほとんど顔パスと言って良い程の短時間しか、役人の前にいなかった、としか思えない。そんなことがあるのだろうか?こんな怪しげな老人を、関所の役人が、顔パスに近い短時間で通してしまうなどという事が。

 しかし、関所を突破できた安心感からか、エヴァはその事をあまり追及もしなかった。エヴァ達は老人と共に、シャトルに乗り、目的地への航宙を再開した。

 そして丸一日も過ぎた頃、シャトルはプサ星系の第2惑星に到着し、その軌道上の集落へと母子を運び入れた。ウリュチ村だ。十数基の軌道上建造物が寄り添って形成されている集落だった。

この、暗黒褐色のプサ星系第2惑星は、ガスで出来ていて衛星も無いので、地上生活は不可能だ。地が無いのだから。人々は軌道上に居住用建造物を作り、そこで暮らしている。

この惑星だけでなく、プサ星系には、衛星を持たないガス状惑星が4つあるだけで、岩石で出来た天体が無いので、“地”上での生活は誰にもできない。プサ星系の住人は全て、4つのガス状惑星の衛星軌道上の人工建造物に起居している。

建造物というのは、巨大な円筒形の構造物で、回転による遠心力で、内部の人間に足場を与えている。巨大と言っても、タキオントンネルのターミナルに比べれば、十分の一程度の大きさしかないのだが。その大きさの円筒形構造物が、僅か十数基寄り集まって、ウリュチ村は形作られている。片田舎の、貧しくさびれた、小さな集落と言って良いだろう。

 母子は居住用の建造物では無く、農業用と思しき建造物にシャトルを付けてもらい、降りて行った。シャトルはプサ星系の各惑星の各集落を順に巡っている、乗り合いのものなので、彼女達を降ろすとすぐに飛び立って行った。老人はもちろん、エヴァの尻を追いかけてその建造物に降り立っていた。

 回転する建造物への出入りは、ビームセイリング船の停留施設と同じく、動きの少ない回転軸の両端が利用されるので、エヴァ達もまずはそこにいたが、エレベーターを使って外周部分へと移動して行った。エヴァとラウロには“降下”していると感じ取られる。降下を始める前は無重力で、降下して行くにつれて、遠心力で作られた疑似重力が作用して来る。

 エレベーターからは、円筒形建造物の内部空間が一望でき、半分が黄金色に、もう半分が濃緑色にと塗り分けられ、それぞれ半円の弧を描いて外壁の内面に張り付いている景観を、エヴァは見つめていた。彼女にとっては幼少の頃以来の、懐かしい景色なのだった。

 黄金色の方は、小麦畑だ。遠くから見ると一面に黄金色が張り付いているように思えていたが、エヴァの乗ったエレベーターはそこを目がけて“降りて”行っているので、外周面が近づくにつれて、豊かに実った黄金色の小麦の穂の一つ一つが、見分けられるようになって来る。

 そして小麦の穂を風が揺らす、ザワザワという音や、その風に乗って届けられる甘い香り、その全てが、エヴァの記憶の奥底に封じ込められていた思い出を解き放った。今まで一度も思い出した事は無いし、そんな記憶が自分にある事すら知らずにいた。しかし、確かに覚えのある景色、音、香だった。そこが確かに自分の故郷だと確信し、自分に故郷があったのだと教えられ、懐かしさと安心感が、エヴァの心に広がって行った。

 今まで、思い出せる最も古い思い出は、暗殺者として地獄の特訓を受ける日々だった。気が付いた時には、エヴァはそこにいた。男心を惑わす身のこなしと、ベッドに誘い込む手管と、そして寝首を掻いて殺害する業を叩き込まれた。更には、格闘や武器の取り扱い、周囲の気配を感じ取る鋭敏な感覚、そういったものを徹底的に鍛えられた。その事で今日のエヴァには、妖艶な色香と闇が、その身に沁みついているのだ。

 少し成長した頃には、自分が誘拐された末にそこに連れて来られた事に、薄々感づいていたが、誘拐以前の記憶は、自分には無いものだと思っていた。だが、このウリュチ村に来て、この景色を見て、エヴァは知った。いや、思い出した。ここが自分の故郷で、そしてここに、エヴァのとても大切な人がいる、という事を。

 エレベーターが外周部の壁面にたどり着くと、エレベーターから降りたエヴァは、ラウロの手を引いてゆっくり歩きだした。その目にはうっすら涙が滲んでいる。真上に位置する濃緑色の部分は、野菜畑で、様々な種類の野菜が水耕栽培で育てられており、集落の住民達に豊かな味覚と栄養を提供しているのだ。その味覚の記憶も彼女の頭の中にあったことに、エヴァは、円筒形建造物の内壁を歩いて行く一歩ごとに、気付かされていた。

 懐かしい思い出の感激に浸り、涙ぐみながら、円筒形建造物の内部空間を広く眺めまわして歩くエヴァの後ろを追いて来る老人は、それでも彼女の尻ばかりを見つめていた。どんなに美しい景色より、老人には、尻だった。

「ああ、なんて懐かしい。ここが、私の生まれた故郷。」

と、感動の言葉を漏らすエヴァと、その背後で

「ああ、なんて美しい。あれこそ、わしの大好物の尻だ」

との感激を唱える、老人。

 そしてエヴァが歩を進めて行くと、黄金色の小麦の穂に隠されていた小屋が姿を現し、エヴァはまっすぐにそこへ向かって行った。と言うか、エヴァは最初からそこをまっしぐらに目指していたようだ。小屋の存在を記憶しているという自覚は無かったが、彼女はその小屋に、最短コースでたどりついて見せた。自覚は無くとも、記憶はあったのだ。彼女は確かに幼少の頃に、何度もここを訪れた事があるのだ。

 白壁の四角い小屋の中には、道具の手入れをしているらしき老農夫の姿があった。その農夫がエヴァに気付き、誰だろうというような、いぶかし気な表情で小屋から出て来た。その農夫を真正面から見つめた瞬間、エヴァは、

「ダディ!」

と叫んだ。農夫の顔は記憶にないものだった。彼の顔を見たのが、余りにも幼少の頃だったので、顔の形を記憶に残せてはいなかった。だが、何故だかエヴァには分かった。幼少の頃に、彼女を包んでいたぬくもりや安らぎが、農夫の顔を見るだけで、まざまざとその心によみがえって来た。ぬくもりと安らぎの記憶が、彼女に教えてくれたようだった。その農夫が、エヴァの父親なのだと。

「おまえ・・、もしや・・、まさか・・、エヴァか・・?エヴァなのか?」

「ダディっ!ダディー!」

 父も娘も、顔の形に覚えがないにも関わらず、瞬時にその血の繋がりに気付き、互いに駆け寄った。父と娘は、約20年ぶりの再会を果たし、抱き合い、涙を流した。父も娘も号泣していた。止めども無く涙を流し続け、嗚咽の声を漏らしていた。

「エヴァ・・ああ、エヴァ。おまえ、生きていたのか。突然いなくなり、盗賊か何かに連れ去られたと聞かされ、もう、生きてはいないものと・・。ああ、エヴァ、生きていてくれたのだね。よく帰って来てくれた!お帰り、えヴぁ!」

「ダディ!ただいま。会いたかった。顔は覚えていないけど、故郷にいるはずのダディーに、ずっとずっと、会いたいと思って生きて来た。ダディーこそ、よくご存命でいて下さいました。」

 そう言って、互いの存在を確かめ合い、喜び合いながら、父娘は長らく抱き合っていた。そんな感動の親子の再開の場面にあっても、老人はずっと、エヴァの尻だけを見つめ続けていた。

「ダディー。ただいま!」

「エヴァ。お帰り!」

「美しいぞ、尻!」

「エヴァ!」

「ダディ!」

「尻!」

「ただいま!」

「お帰り!」

「しりーっ!」

 感動の再開を助平な目で見ている老人も、碌なものではないが、更にもっと碌でもない連中が、彼らを遠くから監視していた。彼らの真上にある濃緑色の野菜畑に身を隠し、望遠鏡で見ていた。訓練により鍛えられたエヴァの鋭い感覚も、“イエローゲートの神力”を宿す老人も、さすがにこの距離からの監視には気付かなかった。

「やっぱりここに帰って来たぜ。ここで張り込んでいて、正解だったな。」

「女の後を追いかけていた連中は、セッソリ星系にあるタキオントンネルのターミナルで、何やらとんでもない邪魔が入ったらしく、音信不通になっちまったが、女の生まれ故郷で張り込むって方法に気付いたこっちは、首尾よく獲物を捕らえられそうだな。あのガキを連れて行くか殺してしまうかすれば、相当な謝礼がもらえるだろう。俺たちの組織の全員が、一生遊んで暮らせるほどの大金が。」

「ああ、そうだな。あの女には何の価値も無いが、あのガキには、とんでもない値打ちがある。ただ殺すだけでも良い金になるが、生け捕りにして連れて行けば、もうそれは、途方もない額の金が・・、うん・・?・・待てよ・・、なんか変なのが、一緒に居るな。」

 望遠鏡を覗きながら話をしていた、その怪しい連中の1人が、探るようなまなざしで言った。

「変なの、どれ、見せてみろ。」

 仲間のひとりが、代わって望遠鏡を覗き込んだ。

「おう、確かにいるな。何だあのジジイは。うん・・?何か・・どこかで・・見たぞ。見覚えがあるぞ。」

「そうなんだ。あのジジイ、見覚えがある。誰だ?」

「見覚えはあるが・・、誰だっけかな・・?」

「・・はっきり誰とは分からんが、何か大物の予感がするな。あれも取りあえずとっ捕まえておくか。金になるかも知らねえ。ならねえなら、ぶち殺して、どっかに捨てちまえばいいだけだ。」

「そうだな。あんなヨボヨボのジジイは、捕まえるのも殺すのも、訳はねえし、それで金になるなら、こんな楽な話はねぇ。」

 このような物騒な会話が交わされ、自分の身にも危険が及ぼうとしているにも関わらず、老人はただひたすらに、エヴァの尻を見つめ続けているのだった。


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