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有終

「お・・お、ああ、こんにちは、ミズ・エヴァ。いけねぇ、一瞬見惚れちまった。やっぱりミズ・エヴァは魅力的だぜ。エロジジイの気持ちも、少しは分かるってもんだ。」

「まあ、ミスターコーナーったら、面白いお方。さぁ、家の中にお上がりになって、お茶を差し上げますわ。」

「お、ああ、ミズ・エヴァ、申し訳ねぇんだが、お茶は3人分用意してもらえるかな。ちょっと連れがいるもんでな。」

「あら、そうですの。にぎやかなのは大歓迎ですわ。では3人分用意してお待ちしております。」

「ああ、もうすぐ連れも着くと思うんで、一緒に玄関に向かうよ。」

 部屋に紅茶の香りが立ち込めた頃、玄関の扉がノックされ、エヴァは扉を開けた。もうすっかり見慣れたミスターコーナーの背後に、この集落では見慣れない顔があった。が、それは、エヴァの良く知る顔だった。

「伯爵!」

 驚きの直後に、熱いものがこみ上げてきたエヴァは、震える声で尋ねた。

「は・・伯爵、パエラ伯爵、何故ここに・・?このような所へ、何をしにいらしたので?」

「もちろん、おまえを迎えに来たのだよ。」

 伯爵の右隣では、ミスターコーナーがニヤニヤした顔で立っていたが、左隣からは、恐縮し切ったような顔が出て来た。伯爵の側近の1人だった。

「ミズ・エヴァ、私達の方から追い出すような事を言っておいて、大変申し訳ないのですが、ぜひ、伯爵の下に戻って来て頂きたく、ここまで参上致しました。ラウロ様共々戻って頂いて、あなた達が伯爵の妻子である事を、堂々と領民に公表する事にしたいと思っております。」

「え?ええ?」

 動揺を隠せないエヴァ。

「あなた方の事が“王家の守護者”様達の知るところとなってしまい、更にこの方々から、あなた方の事を公表したとて、領民の信頼を失う事など無いと説得されました。そうなれば、我々としても、考えを変えざるを得ませんでした。ミズ・エヴァ、ぜひ戻って来てください。」

 側近は低姿勢に、申し訳無さ気にそう言った。

「そうだ、エヴァ。お前たちの事を隠そうなどというのは、やはり間違っていた。素性がどうあれ、この私が愛したのだ。堂々と公表すればよかったのだ。」

 伯爵も力強くそう言った。

「その上、大変心強い援護射撃も得られる事になった。驚くな、なんとあの、前皇帝アレクセンドロス=イエローゲート様が、領民達にお前たちの事を受け入れるように、説得して下さるとおっしゃっているのだ。国民の信頼厚い前皇帝様にお口添えして頂ければ、もう何も恐れるものは無い。私とおまえの幸せを阻むものは、もはや何もないのだ!」

「それでは、それでは、私はまた、伯爵のお傍で、伯爵と一緒に・・」

「そうだ、一緒に暮らそう。傍にいてくれ、エヴァ。」

「あ・・ああ、伯爵様ぁ!」

 エヴァは感激に、涙を堪えられなかった。エヴァを優しく抱きしめた伯爵の腕の中で、止めども無く涙を流し続けるのだった。

 数分の後、ようやくエヴァの淹れた、香り立つ紅茶の出番がやって来た。その味と香りを楽しみつつ、彼等の談笑は盛り上がりを見せた。

「そうか、前皇帝様の、神力を発動した闘いをその目で見る事が出来たのか!何と羨ましい。私もその場にいたかったぞ。」

「ええ、もう、それはそれは勇猛で豪快で、力強い闘い振りでした。」

 そうやって、伯爵やエヴァが前皇帝を賞賛すればする程、ミスターコーナーの顔は赤らんで来るのだった。その前皇帝が、ただエヴァの尻を追いかけてここまで来たことや、タキオントンネル船の中でエヴァのとんでもない姿さえ覗き見た事や、エヴァの乳が見たい一心で、エヴァが凌辱されつつある場面を密かに傍観していた事などを、彼女達に教えるべきか否か、1人沈黙して悩み続けているのだった。

「あら、ミスターコーナー、口数が少ないですが、どこか具合でも悪いのですか?」

 そんなエヴァの細やかな気遣いですら、ミスターコーナーの羞恥の念を刺激するのだった。

 そこへ、エヴァの両親が畑仕事を終えて帰宅した。エヴァが伯爵のもとに戻るという話に、ひとしきり喜びを示し、

「良かったわねエヴァ、優しい旦那様と、また一緒に暮らせるのね。」

「伯爵さま、エヴァを、どうかよろしくお願い致します。出来の悪い親を持ったために、沢山不幸を重ねた娘ですのじゃ、幸せにしてやって下さい。」

 などという言葉を発していたが、それが過ぎると、

「そうか、エヴァはまた、行ってしまうのか。20年ぶりに、ようやく会えたのだがのう。」

「この数か月、エヴァと一緒に過ごせて、余りに楽しすぎましたね。また、いなくなると思うと・・・。」

と、エヴァとの別れを惜しむ発言が出るようになって来た。

「あの、その事ですが、お父上、お母上・・」

と、伯爵が切り出した。

「出来ればご両親にも、共に私の居城に移り住んで頂きたく思っています。」

「ミズ・エヴァが正式に奥方となれば、お二人も堂々の伯爵家の一員でございます。それにふさわしい暮らしを提供させて頂きますぞ。」

と、側近も言った。

「では、伯爵様だけでなく、ダディやマンマとも一緒に暮らして行けるのですね。」

 暗殺者としての特訓の日々に、青春時代を浪費させられたエヴァは、その穴を全て埋めてもあまりある程の幸せを享受する事が出来そうだった。優しい両親、愛する夫、可愛い我が子に囲まれての、豊かで何不自由のない生活が始まるのだ。彼女の闇が消失するのも、そう遠い事では無いかもしれない。


 そして彼らが、セッソリ星系に戻る日がやって来た。伯爵は自前の宇宙船でやって来ており、帰りもそれを使うのだが、前皇帝や“王家の守護者”達も、それに便乗させてもらうことになった。ビームセイリング航法においてもタキオントンネル航法においても、その宇宙船が使われるので、帰りの旅路では乗り換えの必要は生じない。宇宙船そのものが乗り換えるのだ。

 乗り換えの必要は無いが、トカーネセントラルにあるタキオントンネルのターミナルでは、しばらくの待ち時間が生じ、伯爵一家や前皇帝や“王家の守護者”達は、このトカーネ星団の物産が集積しているトカーネセントラルで、食事やお土産の購入などをしようと、施設内にある宿場町に繰り出したのだった。ビームセイリング船の停留施設にも、タキオントンネルのターミナルにも、宿場町は築かれているのだ。

 宿場町は、やはり賑わっていた。帝国の平和の恩恵が、全ての人々にもたらされている事が、ここにいると実感されるのだった。どの顔にも笑顔が浮かんでいた。各店々で働く人たちも、商いで各地を転々としているのであろうビジネスマン風の男連れも、新婚旅行にでも行くと思われるカップルも、みな、幸せをその表情に、目いっぱいに露わにしていた。

「イエローゲート王家の善政の素晴らしさが、ここには溢れかえっておるなぁ。」

と伯爵は、感慨ひとしおといった溜息と共に言った。

「そうですわね、伯爵。素晴らしいお方を皇帝に持つことが出来て、我が帝国は本当に豊かで平和で、幸せに満ちていますわね。」

とエヴァも、愛おし気に伯爵に寄り添いながら言った。

「エヴァから聞いた話で、“イエローゲートの神力”の凄さも知る事が出来たしな。我が愚弟プイロの悪巧みを挫いた御業など、まさに神懸かり的だな。そのおかげで、我々はこのような幸せな今日を迎える事が出来るのだ。何と有り難い事だ。」

「ええ、“イエローゲートの神力”とは、本当にどこまでも力強く、高貴で、神聖な能力なのでございますねぇ。」

「そのような素晴らしき力をお持ちの方の収める帝国に生きている事を、私は心から誇りに思うし、嬉しく思うぞ。」

「はい、私もです。」

 そう言って見つめる夫妻の前を、人々は活き活きと、のびのびと、朗らかな表情で行きかっている。人工のものではあるが、とても明るい照明が、善政のおかげで豊かに供給されるエネルギーによって、施設内を照らしており、食料品店の店先に並ぶ肉や野菜や魚も、素晴らしい光沢で客の目を引いている。

売り子たちの威勢のいいかけ声は、どこまでもどこまでも陽気に響いて行き、飲食店から聞こえて来る肉を焼く音なども、旅客の耳を楽しませ、宿場町の景観は、この世の桃源郷とでも呼び得るほどに、幸せな活況に満ち満ちていた。

 そこを通り抜ける若い娘は、溢れ出る幸せからか、くるりと軽やかなステップを踏んで回転し、一節のダンスを踊った。その体の反動で、彼女の身に付けている七色のスカートは、軽やかに膨らみ、舞い上がって、上がって、上がって・・・上がって・・・まだ上がって・・

「ジジイ、“神力”でスカートめくってんじゃねぇ!」

「今の伯爵夫妻の言葉、聞いてたか?高貴とか神聖とか言ってもらってる力で、てめぇは、てめえぇは・・・、」

 そんな彼らの前を、ラウロはテケテケと、相変わらずテケテケと、右に左に駆け巡っている。世話をするのがマンマだけの時は、多少遠慮でもあったのだろうか、今日のラウロの脚力は、いつもに倍増しているようだ。

「坊ちゃま!坊ちゃま!お待ちください!走ると、危のうございます。坊ちゃま!」

 懸命に追いかけて来る伯爵の側近が面白いのか、ラウロは縦横無尽に変幻自在に自由奔放に、テケテケテケテケ、テケテケテケテケと、走って、走って、走り回っている。人々の目は自然と、そこに集中する。その愛らしさに目を奪われる。子は鎹だ、国の宝だ。誰もがそんなことを思いながら、ラウロの力強い疾走を、頼もし気に見ている。その元気さに、国の明るい未来を予感している。誰もが視線を釘付けにされてしまっている。約一名を除いて。

 その約一名は、目を閉じながら何かに見惚れており、そしてしばらく見続けた後、ため息交じりにつぶやいた。

「おやおやおや、かわゆいお尻が三つも並んで、ええのぉ、ええのぉ・・」

 まだまだ元気いっぱいのラウロが、その後もしばらくテケテケと走り回り、ようやくマンマの腕の中に納まった頃、ミスターヘルプが突如叫び声をあげた。

「おい!あのクソジジイ、どこに行った?」

「え!? あ!しまった!しばらくラウロに目を奪われて、ジジイから目を離しちまった!」

 嫌な予感が彼らを襲う。

「おい!きっかりエイト、あのジジイ、神力で何か覗き見してないか?」

 その声を受けてきっかりエイトは目を閉じた。

「あ・・見える。覗き見してやがる。どっかの3姉妹の尻を、ひたすらに凝視していやがるぜ!」

「どこへ向かってる、その3姉妹。その娘達の後を追けてるかもしれんぜ、あのエロジジイ。」

「やばい、シャトルに乗り込んだ!その3人。シャトルにジジイも乗り込んだりしたら・・・。嗚呼ぁ、乗り込んじまった!」

「追いかけよう!シャトルが出る前に、とっ捕まえるんだ!タキオントンネルのターミナルから出ちまったら、“神力”をたどって追いかけられ無くなっちまうから、シャトルをどこで降りたかも分からなくなる。」

「いや、無理だ。間に合わん。あと1分でシャトルは出発だ!」

「次の便は?」

「3時間後だ」

 それは、また、相当に探し回らなくては、前皇帝を見つけられ無くなったことを意味していた。何十、何百光年の彼方にまで追いかけて行かなければ、捕まえられない可能性も出て来たのだ。

「ちっくしょう!あのクソジジイめ!また逃げられちまった!」

「おい、伯爵!ミズ・エヴァ!悪いが、俺たちはここでサヨナラだ!俺たちは、ジジイを追いかけなくちゃならねぇ!」

「しかし、シャトルの次の便は3時間後だろ。慌てても始まらんぜ。」

「おおそうか、よし、じゃぁ、最後に、ミズ・エヴァを囲んで飯を食おう!緊急のお別れ会だ!」

 そう言って、伯爵一家を伴って飲食店に入って行った“王家の守護者”達だったが、その表情は極めて明るいものがあった。前皇帝を追いかけて帝国領内を駆け巡る事を、実は楽しんでいるのではないだろうか?

老人を逃がしたのも、もしかしたら、わざと・・かも・・? ? ?


(ほうぅ、ほうぅ、ほうぅ、かわゆい尻が3つも並ぶと、ええのー、ええのー、たまらんのー。のう、セブンスアローよ。)

(御意にございます。前皇帝のおかげで、また良いものを拝ませて頂けて、感謝、感謝。これからも、どこまでも、いつまでも、お傍を離れませんぞ。)


 かくして、退役皇帝アレクセンドロス=イエローゲートとその一行の、領内徘徊の珍道中は続くのであった。


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