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最後まで気付かれなかった話

 いつの時代も好きな人はいるもので、デジタルが主流になった今でも古いものや、古い手法を愛する人はいなくならない。

 電話があるのに、無線を使う。

 テレビがあるのに、ラジオを聞く。

 エコカーがあるのに、リッター5kmのアメ車に乗る。

 それぞれに長所と短所があり、さらに人の感情まで入ればもう混沌と呼ぶに相応しいほどの選択肢が得られる。

 デジタル一眼がある現在でもフィルムのカメラにこだわるのも、そんな選択肢の1つである。


「酢酸くせぇ……」


 暗室。現像を邪魔しないために、本来ならば赤の光が薄く灯るはずのそこは、現在暗闇であった。


「そりゃ現像しているからな」


 暗闇の中に立ち込めるツンとして匂いから、返事が返ってきた。

 どうやらまっくらな中でなんとか作業をしているらしい。もの好きな奴もいるもんだ。

 とはいえ部員数8人の写真部に入った俺ももの好きな人間の一人だとは思うが。


「んで、どーしてまた真っ暗なところで作業を?」

「電球切れたっぽいよ」


 そうかー。まぁ毎日使ってりゃそれも仕方ないよな。


「んじゃ、明日にすればよかったんじゃね?」

「いやいや、ちょっと伝えたいことがあってさ」


 伝えたいこと、という言葉に俺も手探りで椅子を探して座る。ちなみに扉は閉めた。さすがに現像してる奴がいるのに開けっぱとかないよね。

 外が酢酸臭いと顧問にも文句言われるし。


「伝えたいこと?」

「佐藤、部活やめるってよ」

「なんだろう……映画で聞いたことがあるような」

「いやいやいや、問題はそこじゃねぇだろ」


 まぁ確かに数少ない部員が辞めてしまうってのも問題だ。

 いや、待て。そもそもこの部活って佐藤っていたっけ?


「……もしかして、佐藤って誰だか分かってない?」

「そそそそそんな訳無いだろ!? ほら、あれだろ?」

「どれだよ」

「手が4つあってさ、」

「それはゴー○キーだな」

「笑顔が素敵な、」

「具体性がないな」

「ちょっと待ってくれ。ヒントくれ」

「お前、本当に分かんないのか?」

「いやいやいや、分かってるんだけど念のため? そう念のため!」


 やっべぇ。流石に部長やっててたった8人の部員把握してねぇとか言えねぇ。

 いや、別に現像室以外は個人の活動だし、ほとんどこない奴もいるから俺のせいじゃないんだけどね?


「佐藤って、何年の佐藤?」

「うちの部、佐藤は2年しかいなくね?」

「あ、ああ! そうだったな!」


 やっべぇ! ヒントというかデッドボールだった今!


「そんで、どの佐藤だ?」

「うちの部、佐藤の姓は一人しかいなくね?」

「お、おう! そうだよな!」


 うわ……マジで分かんない。どうしよう。

 何か良い案ないかな……。

 んん、と暗闇の中で頭をひねっていると、ガチャリとドアが開かれた。


「あれ、先輩」

「おう、どした?」

「真っ暗なところで何してるんです?」

「いや、佐藤が部活やめるらしくてさ」

「佐藤? だれです?」

「俺も分かんねぇ」

「っていうか伝聞系でしたけど、誰から聞いたんですか?」

「……俺も分かんねぇ」


 部屋の中には、だれもいなかった。

 そういや、だれだったんだろうか。

 部屋の隅、暗闇の中で何かが笑った気がした。

ご愛読ありがとうございました!

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