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The Common Madness

 

 ジャックという名前のアバターがStand-Alone-Online上に産み落とされてから、リアルでは既に二週間という時が経とうとしていた。

 

 彼の主人を虜にしたStand-Alone-Onlineのリアルかつ妖艶なコンピュータグラフィックスや爽快な操作性は、現実の面倒事を忘れるのにはもってこいだと世間でも噂になっていた。


 その甘い世界に好んで浸かる者は多く、抜け出せなくなる人間は後を絶たなかった。

 そして彼の主人もまた、その一人だった。


「キング様がログインしました」少年の鼓膜を電子音が揺らす。

 チャットウインドウに表示されるそれらの文字を見て、少年は今日が金曜日であることを思い出した。

「マジかwお前レベル上がりすぎだべw」小さなSEと共にすぐさまチャットウインドウが更新される。先程の文字列とは違い、その文字はプレイヤー間でのダイレクトチャットを示す紫色に発光していた。

 上がったんじゃなくて上げたんだ。少年はそんなことを思った。

「ずっとやってたからな」彼は文字列をタイプする。

「風邪って聞いてたけど、サボってSAO漬けか?」

「今更何日か休んだところで問題はないよ」

 キングからの返答には少々時間を要した。

「まぁ、お前は成績優秀だしな。でも程々にしてくれよ。誘った俺が責任を感じるからな」

「感謝してるよ」これほど綺麗な世界は現実には無いから。

 チャットが止まってしまった為、彼は続けて文字を打ち込む。

「一緒に狩らないのか?」

「頼むよ。インベントリを弄ってたんだ」

「どこがいい?」

「そうだな……。丘だな」

 丘……。三日前まで利用していた狩場だ。少年は思った。

「わかった。それじゃあ丘でパーティーを組もう」

 ジャックの周りにはプレイヤーアバターの三倍程の全長を持つモンスター達が犇めいていた。彼の狩場は火山だった。キングのレベルでは制限が掛かり、侵入すら許されないステージである。

 ジャックは燃え盛る道を下り、丘へと向かった。


「ワープストーン使えよ」

 丘でパーティーを組むと、キングは小言を一つ垂れた。

「使い過ぎて量が足りてないんだよ。勘弁だ」

 三日ぶりに訪れた丘のBGMに少年は心を揺さぶられた。時折流れる鳥の鳴き声やそよ風のSE。未だその容姿に可愛げを残すモンスター達。照り付ける日差し。彼はこのステージの穏やかな雰囲気が大好きだった。ソロプレイを続ける分にはもう訪れることは無かっただろうと思うと、キングへの感謝の念に堪えなかった。

「クエストから片付けたい。フレイムドラコ20体だ」

「了解」ジャックはフレイムドラコが出来る限り固まっている方面に右手を向け、呪文の詠唱を開始した。その魔法は本来発動までに15秒という長い時間を要するものであったが、ジャックのパッシブスキルである音速詠唱の効果により、その発動には5秒と掛からなかった。

「アンデュレイトレーザー」電子音が流れると同時にジャックの右手から光線が発射され、ステージに不釣合いな高火力レーザーは射線上のモンスターを一掃する。しかし、レーザーの光が止むことは無い。彼は光の漏れ出す右腕を左手で力強く掴むと、そのままゆっくりと体を回転させ、360°余すことなくモンスターを掻き消した。

 丘でレベル上げをしていた初心者プレイヤー達は突然の目標の消失と見たことの無いエフェクトに驚くが、間も無くしてモンスターはどこからともなく現れ始める。モンスターが涸れることは無い。彼らは新たな目標に接近し、地味な剣技を再び繰り出し始める。

「おっ、クエスト完了だ」キングは言う。

「だろうな」

「レベルも上がった」パーティーメンバーには他のメンバーの手に入れた経験値の100%が振り分けられる。キングのレベルは20台。あれだけ倒せば上がって当然だ。「どう振り分けようか……」キングはレベル上昇の際に取得されるポイントの振り分けを迷っているようだった。

「僕は火と光を中心に振り分けた。アンデュレイトレーザーは火と光の複合技だよ」

「レーザーなぁ……」

「火は強化スキルが主だし、光は回復スキルが主だろ? 僕は接近戦が好きだからそんな感じに振り分けてたんだけど、攻撃魔法が出来ちまったんで焦ったよ。火力は無いけど全方位だから、雑魚の一掃には便利だけどね。でも長くプレイするなら水とか闇に振り分けた方が良いよ」

「長くプレイする気はないからなぁ……」キングは興を冷ますようなことを言う。

「そうなのか?」

「うん。実は近々健二と漫画を描こうと思ってるんだ」

「健二って、あの健二か?」少年はその名前を知っていた。中学の頃同じ美術部に所属していた男である。部にいた周りの人間に比べて並外れて絵が上手かったのだ。少年は彼の絵を見るのが大嫌いだった。だから突然チャットに現れた彼の名前にも嫌悪感を覚えた。

「そうそう。遊んでばかりってわけにもいかないしな。俺がネームを書くんだ。ほら、俺抽象画でなら賞を取ったことがあっただろ? センスには少し自信があるんだ」

「そうか」少年の心がチャットに乗ることは無かった。ただただ正体の解らない感情で胸がいっぱいになるだけだった。

「お前ももっかい絵の世界に戻らないか? 好きだったろ?」

「好きじゃないよ」

「もしかしたら一攫千金の種になるかもしれないだろ?」

「夢の見過ぎだ」

「SAOも夢みたいなもんだけどな」

 チャットが途切れる。

「実はそれだけ報告したかったんだ。お前にコンタクトするにはここしかないし。俺もう落ちるよ。ただこんな夢、ドラッグと変わらないんだからな」

 そう言うとキングは完了したクエストをNPCに報告することなくログアウトした。


 丘のステージのSEがヘッドフォンから止めどなく彼の脳内へと侵入する。あれほど好きだったこの世界の色、音、それらがノイズのように彼の心を蝕んでいった。少年は三桁の数字で表示されるジャックのレベルが急に空虚なもののように感じた。しかし少年はその感情を拒絶する。この感情に気付いてはいけない。この感情を受け入れるには少年は余りにも時間を浪費してしまった。もう戻れない。

 少年の中の何かが壊れる。キングは一攫千金と言っていた。つまりは目に見える貨幣をもって行動を正当化できればいいということなのだ。少年はそう理解した。ならば証明すればいい。少年の傍らで自作パソコンのファンが鳴いた。

 


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