封印
スプリングの利いたベッドの上、ぼんやりと目を覚ます。
妙にだるい身体に違和感を抱きつつも、身体を起こした。
「くぅ……」
起き上がった途端、頭の中がグラグラして、思わず目を瞑る。
目を瞑ってもグラグラする感覚は抜けなかったが、手で頭を押さえつつも、薄目を開け、現状を確認する。
見慣れぬ部屋で戸惑ったが、意識を失う前、最後に見た人物の顔を思い出すと、目を閉じてため息を吐いた。
「サリエルってば、いくらなんでもやり過ぎじゃなぁい?」
「アザゼル。貴方を捕まえようと思ったら、やり過ぎって言葉は存在しないと思いますが」
扉が開き、一人の男が部屋に入ってきた。
ベッドの上に座る彼を確認すると「お加減は?」と尋ねる。
その白々しい言葉に、お前が言うのかと呆れた。
「最悪よ。なぁに、この変な感覚」
目を開ければグラつく視界に、まるで陸にいるというのに船に乗っているかのようなユラユラと揺れる身体。
身体は重く、腕を動かすのも億劫になるほどだった。
「あぁ、封印を施させていただきましたからね」
「『封印』?」
聞きなれぬ言葉に目を見開くが、グラつく視界に慌てて目を閉じて、気持ち悪さをやり過ごす。
サリエルはベッドに近付くと、ベッドの傍らに膝をついてアザゼルを見澄ます。
「貴方の腕に施したものです。いうなれば、私からのプレゼントですね。どのような文様にしようか悩みましたよ」
「サリエル、親切の押し売りって言葉知ってるかしら」
腕と聞いて、物憂げな表情で黒く長い髪をかき分け自身の上腕を見てみれば、確かに二匹の蛇が絡まって腕を一周したタトゥーが彫られていた。
「まるで所有の証のようですね。貴方の腕に私の施した文様があるなんて夢のようです」
サリエルは、恭しく腕を取るとシミ一つない白い肌に描かれた蛇の口に唇を寄せた。
それをため息交じりに見下ろしたアザゼルは、どうしようもないと首を振って、揺れる視界に更に気分を悪くした。
「何言っても聞きそうにないわね―――それにしても、気持ちが悪い」
「封印の副作用で、ほんの少し気分が悪くなると思いますが、そのうち慣れます」
「これが『ほんの少し』、ねぇ」
忌々しげに呟けば、なだめるように男がアザゼルの髪を撫でた。
アザゼルは薄く眼を開け男を睨むが、彼に魅入っているサリエルは、その睨む姿にも心奪われ、夢見心地に笑った。
「これで貴方の力の大部分が封印されましたので……」
サリエルはベッドにアザゼルを組み敷くと、彼の耳元でささやく。
「私が何をしようと、貴方は抵抗できませんね」
「……なぁに、まだ諦めてなかったの?」
うんざりしたアザゼルの声に、サリエルは「当然です」と笑った。
「とはいえ、力の無い貴方を相手にしても面白くありませんね」
アザゼルは、封印などを施しておいて、今さら何を言うのかと鼻で笑った。
「なら離して欲しいわ。男に上から見られても面白くないもの」
「私は滅多に見られないので、いつまでも観賞していたいのですが?」
どこか楽しげなサリエルの様子に、疲れたように身体から力を抜いたアザゼル。
相変わらず世界がグニャグニャと歪んでいて、頭痛は酷くなるばかりだった。
言葉の通じない男との会話を早く切り上げたいアザゼルは、眼を閉じて告げた。
「あたしが面白くないの。もぉ、後で覚えてなさいよ」
「忘れっぽい貴方に覚えていてもらえるなら、もうしばらく遊んでみましょうか」
柔らかな笑みを浮かべたサリエルは、くたりとしたアザゼルを楽しげに見つめる。
「あたしは忘れっぽいわけじゃないわ。覚えることが多すぎるだけよ」
どこか不貞腐れたようなアザゼルの台詞を聞いたサリエルはクスリと笑い、彼の美しい黒髪を一房手にとって口づけた。
「しばらく、日本で遊んで来てください」
「どういうことかしらぁ?」
薄っすらと目を開け自分を見る、その疑わしげな眼差しに、サリエルは困ったような顔を作った。
「貴方がどんなことを仕出かしたか知りませんが、関係各所から圧力がかかりましてね」
「いつもみたいに、どうにかならなかったのかしらん?」
「残念ながら、現在のギリシア危機で私の会社も綱渡りしている状態でしてね……関係各所を敵に回したくないもので、貴方には大人しくしていただけると助かります」
にこやかに嘯く男を胡散臭そうに見ながらも、スポンサーの言うことは素直に聞いておくかとアザゼルは欠伸を一つ。
「そう……じゃぁ、大人しくしててあげようかしら」
「聖ユネスコ学園の学生の身分をご用意いたしました。住居も整えてありますので、どうぞごゆるりとお過ごしください」
「そうね。骨休めでもしてくるわ」
アザゼルは掛け布団の中にもぐりこみながら返事を返した。
「後見は私が勤めますので……」
「請求書は貴方につけることにするわぁ。メイドインジャパンって品質が良いから高いのよね」
「お手柔らかにお願いしますね」
アザゼルの応えに苦笑するサリエル。
「とりあえず、東京のガイドブック、よろしくねぇ」
「かしこまりました」
サリエルが応えると、アザゼルは半ば眠りにつきながら、ひらひらと手を振った。
後日、現在の設定に合わせて改変するかもしれません……