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大きな雲が空を覆い、唸り声にも似た雷の音が空気を震わせるそんな日。
初夏の暖かさを保った風が静かに雨の匂いを運んだ。
まだ幼い少年は傘も持たずに少し古びた神社へと走って行く。どうやら雨宿りをさせてもらおうと思っているようだ。
水が滴る髪などお構いなしに屋根のある場所へ辿り着いた少年は勢い良くしゃがみ込み、いつからか抱えていた薄汚れた体操着袋をそっと地面へと置いた。本来ならば、自分自身の身を気にするのが普通というものだろう。体の至る所に付着した泥を拭いたり、時間を異様に気にしてみたり。
しかし、この少年はそんなことを考えるでもなく、ただただ体操着袋を小さな手で優しく撫でるだけだった。
「大丈夫だよ」
あと数日もしない内に少年は引っ越すことになっている。まだこの土地に住んで間もないということもあってか、寂しさは微塵も感じられなかった。桜が咲く春から、ほんの数ヶ月の滞在。
少年の家庭環境は最悪な状態だった。数年前に会社をリストラされたことが原因で酒に溺れた父親は母親を殺害し、その殺人犯である父親は服役中に病死した。その後は、母親の妹に引き取られ、子供らしい生活を送っている。そのため、少年の引取り人である叔母が長期に渡る転勤をすることとなり、こうしてまたも転校することとなったのだ。忙しない日々を送るものの、過去による心の傷が癒えるでもなく、事件以来少年は滅多に笑わなくなってしまったことは変わらない。
「大丈夫だから」
まるで自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ少年は、傍から見れば可哀想な子供なのだろう。長い睫毛が動くたびに涙が零れそうな瞳が淡く揺れた。雨の音に掻き消されてしまいそうなほど弱々しい声が神社に響く。
「強くならなきゃ駄目だよ。いっぱい泣いても、強くならなきゃ」
少年の言葉には、どこか大人びた雰囲気が滲んだ。どこか懐かしむように緩んだ表情はすぐにまた無表情に戻ってしまったが、優しい手の動きは変わらなかった。一体どれだけ辛い思いをしてきたのだろう。
辛い過去があったからこそ、少年は優しくなれたのだろうか。
未だに止まない雨に視線を向けると、少年は神社を出て走って行ってしまった。
規則正しい音が辺りを包み、夏の匂いが通り過ぎる。鬱蒼と生い茂る木々は自然の恵みを受け、枝を大きく広げていた。真っ青な葉が生き生きとし、その陰で鳥たちが羽を休める。
雨の中を走り抜ける少年は、その場だけで生きる鳥でもなければ世界を飛び回る渡り鳥でもない。住む場所はあるにも関わらず、少年はそこが居場所だとは思ってなどいない。いや、思ってはいけないと感じているのだろう。
過去の鎖はこれから先も少年を縛り、解放されることはない。
だからこそ、何度も何度も諦めてはまた何度も何度も探すのだ。自分を必要とする場所を。
そして、少年は見つけることになる。
自身の力と居場所を。
それはその日から決められていたことなのかも知れない。




