旦那が寝ている間に嫁がすね毛を剃る話
夜。仕事に疲れた男が眠り、明日への活力を貯める時間――
静山克典29才もまた、愛する嫁のために明日への活力を貯めていた。
「良し。そろそろ時間か」
そして彼の嫁、静山恵子は寝室前の廊下で時計を確認した。時間に沿ったパジャマではなく、常日頃の着ている者と同じ、私服の上に機械油がこびり付いた白衣を羽織っている。
彼女は白衣のポケットから無線を出し、スイッチを入れて「来い」とだけ言った。スイッチを切り少し待つと、玄関から黒服にサングラスの男達がぞろぞろと新居に入り込んできた。
「来たか」
男達は恵子の前に整列する。総勢5人で、電気ストーブを抱えている者が二人いた。またある者はビニールシートを抱え、またある者はトートバックを抱えていた。一人手ぶらである。
「かっちゃんは現在、熟睡中だ。速やかに作業に入る」
恵子が宣言すると、男達は「ハッ」と声を合わせて返事する。
「では作戦行動に入る」
寝室の襖が開く。段取りは事前に打ち合わせされている。彼はその通りに行動し始める。
まず電気ストーブを設置、コンセントにプラグを差し込みスイッチを入れる。暖房は入っているが季節は既に冬。布団をめくりパジャマをめくれば寒くて起きてしまう。それは避けたい。そのための処置だ。
電気ストーブが赤熱するまで待つあいだ、その間トートバッグからホッカイロを8個ほど取り出し、封を開け揉み込む。手早く熱を持たせるためだ。次第に酸化反応により熱を持ちだす。
室内が暖まってきたら本番だ。恵子は深呼吸して行動に備える。夫が寝ている間に事を進めなければ、ミッションは失敗になってしまう。
覚悟を決めた恵子は部下の男に命令し、寝ている夫を覆う掛け布団を下の方から剥がさせる。太股の辺りまで露出させると、今度はパジャマに切れ込みを入れる。めくり上げてしわしわに重なったパジャマで違和感を感じさせないためだ。裁ちばさみでジョキジョキと大胆に、しかし刃の冷たさで夫が目覚めないように最新の注意を忘れない。
両足のパジャマを膝上5センチまで切り終えると、次はビニールシートを足の下に引かなくてはならない。でなければ後で掃除が大変だからだ。
ホッカイロで手のひらと指先を温めておいた男二人が協力し、右足を持ち上げ、その下にビニールシートをひろげ入れる。
「うん……」
二人の男の動きがピタリと止まる。夫が少し身をよじったのだ。幸い、寝返りはしなかった。その事実に安堵の息を一同ついた。作業を続行する。片方が終わればもう片方だ。ゆっくりと夫に悟られぬようにビニールシートの上に足を置いた。
右足を持っていた男が別の男と交代した。無論この男もホッカイロで手を温めて待機していたのだ。そして左足を持ち上げ、ビニールシートが引かれるのを待ち、足をゆっくりと置いた。これで男4人の仕事は恵子が夫の臑毛を剃るり終えるまで待つ事となった。残り一人は懐中電灯で夫の臑を照らしている。これから終わるまでずっと照らすのがこの男の仕事だ。
恵子は夫が臑を露出され、ビニールシーとの上に両足を置かれる間、石鹸の粉をお湯で溶き、泡立てていた。シェービングクリームやジェルでは水で洗い流す必要があり、例えお湯を使ったとしてもばれる可能性が高い。そこで恵子は床屋の顔剃りと同じ方法を使うことにしたのだ。これなら蒸しタオルで蒸らし、ぬぐう事で後始末が可能だ。
足の準備が終わった。
恵子の前には愛する夫の両足がある。一般の男と同じくボッサボサのむさい臑だ。恵子はこのむさい臑を嫌ってはいない。むしろ剃るのは軟弱だと思っている。だが恵子は、夫の臑毛を剃らねばならなかった。まずは左臑だ。
左臑の前に膝を突き、刷毛にたっぷりと泡を付けて臑に泡立てた石鹸をべったりと塗る。この刷毛、ボタン刷毛という床屋さんの道具だ。恵子が今回のために買った物である。
そして泡立て器に刷毛を入れ、一旦黒服に渡す。そして代わりにカミソリを受け取った。日本刀と同じ技術で作られた折り畳み式の和剃刀。これも夫の臑毛を剃るために購入した物である。刀身は暖めてある。冷たい刃で起きないための心遣いだ。
刃を臑に直角に当て、手前に引く。その手に迷いはない。このために部下たちの臑で練習したのだ。この場にいる黒服の臑は全てツルッツルである。いや、剃ってから2,3日経っている者もいる。その者の臑は黒いぼつぼつが無数に臑から突き出ている。
毛の流れに沿って、剃る。ゴム製の丸い器で刮ぐ。これで刃についたすね毛は一掃された。これで切れ味は落ちず、手早くそして迅速にすね毛剃りが可能だ。T字の安全剃刀でこうはいかない。刃に毛が絡まり、剃るごとに剃りにくくなる。自らのすね毛で試した結果だ。女の細く柔らかいすね毛ですらそうなのだ。男の剛毛ならどうなるのだろう。だが恵子に試す気はない。今は、この和剃刀でのミッションを優先するのだ。
剃る。刮ぐ。剃る。刮ぐ。何回も繰り返した。
そり跡は水に濡れた岩のよう。剃る前を草原とするなら、砂漠か荒野だろう。夫の臑に切り傷は一つもできない。20人を越える男で練習した結果、恵子のすね毛剃りスキルはプロ級となった。その技能を遺憾なく発揮し、愛する夫の臑毛を剃る。
左足のすね毛は剃り尽くした。ついでに膝の毛も剃っておいた。念のためにもう一度泡を塗り、そしてすねに刃を立て、引いた。毛の剃れる感触はない。剃った臑の処理は部下に任せ、恵子は右足の臑に狙いを付ける。だが――
「ん、んぅ……?」
恵子が臑に泡を塗る前に、夫は寝返りを打ってしまった。一同に戦慄が走る。右足を軸に右の方にごろり。目覚める様子はない。
即座に黒服の一人が布団の上から夫の身体を掴み、半回転させる。ニュートラルポーズになった夫。
恵子は部下に指示し、臑に泡を塗る。そして刃を立て、引く。刃に泡と毛の混じったものが付く。懐中電灯の明かりの下、キレイなそり跡が見える。だが剃っていないところはまだある。
剃る。刮ぐ。剃る。刮ぐ。何回も繰り返し、ついに両足の臑を剃り終えた。
「ふぅ……」
恵子は達成感に包まれた。
部下の一人が蒸しタオルで夫の右臑を拭き、後処理を行った。
「これで」
恵子は声を潜めながら部下達に宣言する。
「準備は完了だ。運び出せ」
襖から新しく男が入ってきた。その男は担架を抱えていた。
布団の隣に担架を置き、人を運ぶ準備をする。
夫が被っていた布団をゆっくりと剥ぎとる。男3人が協力し、夫を持ち上げる。一人が両足を、一人が右腕、もう一人が左腕を抱えてだ。
夫を担架の上に載せると、一同は寝室から出て行く。夫を運搬して。
「これでうまく接続できるぞ」
恵子の呟きは風に消えた。
狭い空間。マッサージチェアのような大仰なシートがあり、それにはベルトが何本も付いており座る者を固定できるようになっている。そしてレバーやスロットル、スイッチが所狭しと並んでいる。
恵子は寝ている夫を着替えさせ、シートに座らせる。シートベルトを締め、外れないよう入念にチェックする。そして臑と二の腕がパイットスーツから露出していることを確認する。
「よし」
恵子は接続パッドにジェルを塗り、ぺたんと夫の左臑に貼り付ける。パッドはすっかり夫の臑を覆ってしまった。
「うひゃあ!」
その冷たさに思わず夫目覚める。
「え、あ。うん!?」
恵子は意にも介さず右臑にもぺたりと貼る。
「わひゃあ! 冷たっ」
「我慢してよかっちゃん。これから戦いに出るんだから」
「戦い?」
夫は何が何だか分からないという様子である。それもそうだ。起きたら狭いSFチックな空間にいるのだ。そして自分は拘束されており、臑には何か冷たいものが張り付いている。
恵子は夫の問い返しを無視して二の腕にジェルを塗ったパッドをぺたり。
「恵子さん」
「何、かっちゃん?」
もう片方の二の腕にもぺたり。
「何をなさってるの?」
「えっとね、ガンゲリオンの搭乗準備」
「ガンゲリオン?」
「ロボット」
「なんで?」
「エンジェルといわれる敵を倒すためよ!」
「明日仕事あるんだけど」
「休むって電話入れといた」
用意周到である。
「準備完了。かっちゃんがんばってね」
「ちょ、待って!?」
恵子はコックピットのハッチから出て、締める。克典は閉じ込められた。
「どういうことなの?」
答える者はいない。彼の疑問に返答があったのは彼が巨大な化け物、エンジェルを倒した後でのことだった。そしてすねのつるつる感だけはどうしても納得出来なかった。
一発ネタでした。
月代奏さんとはまさんと同じネタでプロットを作ってみようというのが事の発端です。
タイトルやネタについての突っ込みは私にはしないでください。




