婚約者候補が浮気したらしいので、生まれた国に帰ります!
なんでもあり。
「は……、今なんて言いましたか?」
「だから、お前の婚約者候補だった男が、王女殿下を妊娠させたらしい」
「…この国、大丈夫ですか?」
「全くもって大丈夫じゃない。どうしたものか…」
お父様は書斎の机に突っ伏してしまった、こんな姿ははじめて見たわ…。
えーっと、つまり私が婚約目前だった伯爵家の三男が、この国唯一の王女殿下と恋仲だった挙句、一線を越えた、と。
まあ、王女付きの騎士だったし、会っても口を開けば王女の話しかしなかったものね。
そう振り返ると、意外でもないかも。
こちらとしても、特に痛みも悲しみもない。
なんの魅力も感じなかった男を王女殿下がもらってくれたのなら、むしろお礼を言うべきかしら。
「婚約前でよかったですね」
「本当にな。…さて、それでだ」
お父様は顔をあげて、指を2本立てた。
「選択肢は2つだ。1つは他の婚約者候補と縁談をまとめて、お前はここを受け継ぐ。もう1つは母さんのいる国に帰って、そちらで暮らす。その場合、当主にはなれないが…」
「あ、お母様の国に帰りますよ」
「………だよなああああ」
お父様は、また机におでこをくっつけてしまった。
そりゃあそうだろう、言われる前から決めていた。
お母様はここから遠く離れた小国の、とある家の女当主なのだ。
昔は国を跨いで爵位を持つ貴族もいたそうだが、夫婦揃って当主のいる家は、我が家くらいなものだろう。
母は優秀なあまり、小国にいてくれと猛アプローチを受けて、仕方なく女当主の座についている。
父と駆け落ちしようと思っていたのに、必死で止められた結果、父はこの国で、母は小国で当主となり、遠距離恋愛を続けている。
父は父で、小国へ駆け落ちしようとして止められたんだとか。
異例ではあるが、2人とも恋愛を抜きにしたら、国が放っておけないほど優秀だったのだから仕方ないのかもしれない。
娘からしたら、目も当てられないほど今もラブラブイチャイチャだし。
だが、娘の私にまで影響させないでほしいものだ。
兄が母の家を継ぐから、こっちは私に継いでくれなどと言って連れて来られたはいいが、正直この国終わっていると思う。
大きい国だから誤魔化せているだけで、割と腐りかけている。
未婚の王女殿下と未婚の騎士に、節操がないくらいには。
小国育ちの私からしたら、そもそも未練もあったものじゃないし。
「お父様も適当な親戚にここを明け渡して、一緒にお母様のところに帰りません?この国、救いようがないですよ」
「…俺にとっては祖国なんだがな。まあ、それがいいだろうな。国と心中するには、あまりにも支え甲斐がない」
ということで、優秀なお父様は周りに有無も言わせぬ引き継ぎっぷりで、国での仕事を全部引き上げて、私を連れて小国へと旅立ったのだった。
「お帰りなさい、ナーシャ」
「ただいま帰りました、お母様〜!」
3年ぶりに帰ってきた我が家で、お母様が手を広げて迎えてくれたので、思いっきり抱きついた。
はああ、生きた心地がするぅ。
「私の可愛いナーシャ、会いたかったわ」
「私もです、お母様!」
甘やかすように抱き締め返されたが、今日くらいは子ども扱いでいいと思うわ。
「おや、久しぶりに会えた俺には何もないのかい?愛しい人よ」
「お父様、少しくらい待ってくださいよ。娘の私が先です」
「あらあら、私の可愛い人たちは甘えん坊ねぇ」
お母様は嬉しそうにくすくす笑うと、片手で父の頭を撫でた。
「ほら、ナーシャ。僕にも挨拶してくれよ」
お兄様が仕方なさそうに手を広げているから、私も仕方なく空気を読んであげた。
「ただいま、お兄様」
「ああ、お帰り。やっぱり、ナーシャがいないと張り合いがないよ」
そう言って、兄妹がハグした途端、両親は熱い抱擁をかわした。
それから、キスが始まってしまった。
あーあ、ああなったらしばらくこちらには目も向けないだろう。
だから、私が先だと言ったのに。
空気を読んであげた私に、感謝してほしいものだわ。
「疲れたろう?庭にお茶を用意させているけど、部屋で休むかい?」
兄は兄で慣れたもので、両親のことはもう視界に入れていないらしい。
「ううん、お茶が飲みたい!あっちのお茶、口に合わないんだもの!」
「そう手紙に書いてあったから、ナーシャの好きなお茶を用意してあるよ」
「さすが、お兄様。気が利くわ」
「そりゃあ、お前の元婚約者候補よりは、誰でも気が利くだろう」
あ、その件、お兄様は怒っていたのね。
どうでもよすぎて、忘れてたわ。
「おかげで、こちらに帰って来られたのよ?あの人に感謝しなくちゃ」
そう言って、兄の腕に引っ付くと、私の知っている優しい顔で笑った。
そのまま優雅にエスコートしてくれる。
兄相手に言うのもなんだが、この人よりいい男なんてあの国にいなかったわよ?
本当にどうなっているのかしらね、あの国。
「それもそうだな」
「しかも王女相手だったから、私がひどく傷心して祖国に帰ったってことになっているのよ。もう戻らなくていい、最高の理由じゃない?」
「お前は、1ミリも傷ついていないのにな」
「当たり前じゃない。あんな国をおさらばできる理由を向こうから提示してくるなんて、嬉しい以外ないわ」
「ナーシャが帰ってきた記念に、あの国との貿易は全て切ったんだよね」
「あら、容赦ない」
「ナーシャなら喜んでくれるだろう?」
「お兄様たちに利益があるなら、なんでもいいわ」
「そう言うと思った」
兄は目を細めて、優しく私の前髪を払った。
「ナーシャに、かの国の当主は無理だよ。君は、この国の人間すぎるからね」
お兄様の言葉に、ちゃんとあの国のために働こうと思っていた一応あった気概が、綺麗さっぱり無くなっていくのを感じた。
「ああ、やっぱりこっちのお茶が美味しい!」
「ゆっくりお飲み。これからは毎日飲めるのだから」
「今この瞬間が嬉しいのよ!帰ってきたと思うには、今しかないわ!」
「はははっ、それもそうだね」
兄とゆっくりお茶をしながら、これまでの話をしているうちに、お母様たちもこちらに顔を出した。
イチャイチャはひとまず終わったらしい。
「それにしても、私がこの国の当主になっていてよかったと思う日が来るなんてねぇ」
お母様は感慨深そうに、微笑んでいた。
それもそうだ。
他の令嬢だったら、こんなふうにすぐに住まいを変えたり、国を見限ったりできなかっただろう。
ましてや、婚約もせず呑気に実家に帰るなど、目を丸くするどころではない。
私、家族には恵まれていてよかったわ。
「お母様のおかげで帰る場所もあって助かりました」
「あの時、駆け落ちしなくてよかったわね」
「ああ、娘を守ることにつながるとは思いもしなかった」
母も父も喜んでいるとわかって、嬉しくなる。
「それで、ナーシャは何かしたいことでもあるのかな。しばらくはのんびりする?」
お兄様の言葉に、私はニヤリと笑ってみせた。
「あら、せっかくあの国にいたのよ?使えるものは使わないと!」
「というと?」
「いいところは真似しないとね!とりあえず、国民の識字率をあげたいかなぁ。あと、衛生管理!あれだけは手放しに褒められる部分よ!」
私があれもこれもとやりたいことを挙げていくと、家族3人ともにこにこしていた。
「やっぱり、うちの子ねえ」
「これだから、あの国の当主にさせたかったんだよ」
「それはいい仕事が増えそうだ。ナーシャ、あとで計画を一緒に練ろう?」
「お兄様、一枚噛んでくださるの?」
「事業計画を聞いてからかな」
「任せて!帰ってくるって決まってから、たくさん書き留めたんだから!」
というわけで、残念な国の栄えていた部分は、こちらでも頂戴しようと思う。
せっかく帰ってきたのだ、こちらの国に役に立たなきゃね。
だって、貴族なんだもの。
「さあ、バリバリ働くわよ〜!」
了
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(追記)誤字報告ありがとうございました!修正いたしました!(2026.6.6)




