24話
「依頼だとよ」
遺跡の入口から聞こえてきた声を背に、ダリオが肩をすくめて言った。
アレンは振り返り、崩れかけた石柱と苔むした壁をもう一度見渡す。
せっかくやって来た小遺跡だが、今日はここまでらしい。
オレはというと、床に落ちている石の欠片を前足でころころ転がして遊んでいた。カツ、カツ、と軽い音が遺跡の静かな空間に響く。
「ほらクロ、帰るぞ」
「にゃ」
名残惜しくて石を一度だけ転がしてから、ぴょんとアレンの肩へ飛び乗る。
「また来よう」
「遺跡は逃げねぇからな」
ダリオが笑って答えた。
二人と一匹が外へ出ると、入口の前でギルド制服を着た職員が自分の膝に手を置いて、息を切らしていた。
「アレンさん!ダリオさん!」
「そんなに走ってきたのか?」
ダリオが少し心配そうにギルド員を見やる。
「は、はい……緊急依頼です」
「内容は?」
アレンが静かに尋ねると、ギルド員は周囲を見て声を潜めた。
「王城からです」
「……王城?」
「珍しいな」
「守護竜が……暴れ出したそうなんです」
二人が同時に黙る。
「守護竜って、あの王都の?」
「はい。名前はアウルディオン。王城で代々守られてきた竜です」
……アウルディオンなんか凄そうだな。
「何が起きた」
「わかりません。突然暴れ出して、騎士団でも近づけないそうで……『殺さず鎮められる者』を探していると」
ダリオはゆっくりアレンを見る。
「……それでアレンに依頼が来たわけだ」
「そうなるな」
オレはなんとなく大きなことが起きている気配を感じて、アレンの肩の上で耳をぴくぴく動かした。
「早く王城へ向かいましょう!」
「あー、急ぎなら俺たちは飛んで行こうと思うが、あんたはどうすんだ」
ダリオがギルド員に尋ねる。
ギルド員は一瞬ぽかんとした顔をしたあと、慌てて首を振った。
「え、えっ、飛ぶんですか!?」
「急ぎなんだろ?」
ダリオが当たり前のように言う。
「そ、そうですけど……」
「じゃあ問題ないな。ギルドに依頼を受けたと報告を頼む」
アレンはそれだけ言うと、周囲を軽く見回してから空を見上げた。王都の空は澄んでいて、遠くには例の巨大な結界が淡く光っている。クロの目には、半球状のマナの流れがきらきらと揺れて見えた。
その下で、アレンが軽く肩を回す。
「クロ、落ちるなよ」
「にゃ」
オレはアレンの肩にしっかり爪を引っ掛けた。
次の瞬間。
――ドンッ
足元の地面が弾けるような音を立てたかと思うと、景色が一気に下へ流れた。
うわ速っ!
オレは思わずアレンの首元にしがみつく。
下からギルド員の「わぁ」という、感心したような声が聞こえた気がした。
横を見るとダリオも並んで飛んでいる。二人とも背中から巨大な翼を広げていた。人間の姿だった二人の背から、竜の翼が生えたように見える。
「王城まで一直線だ」
「おう」
風がびゅうびゅうと顔を叩く。地面がどんどん遠くなっていく。王都の屋根が小さく並び、その向こうに大きな城が見えてきた。
白い石で作られた巨大な城。高い塔。広い中庭。
そして――
遠くからでもわかるほどの騒ぎ。
煙が少し上がっている。
城壁の上には兵士が並び、弓を構えている者もいる。
「結構派手にやってんな」
「だな」
二人はそのまま城の中庭へと降りた。
ブワァ!
石畳に着地すると、周囲に風が巻き上がり、近くにいた騎士たちが一斉に振り向いた。
「な、何者だ!」
「冒険者アレンだ」
アレンが短く答える。
騎士の顔が一瞬で変わった。
「Sランクの……!」
「依頼を受けて来た」
「は、はい!こちらです!」
騎士が慌てて中庭の奥を指す。
その瞬間。
――グルルルル……
低い、地鳴りのような唸り声が響いた。
オレの耳がぴくっと動く。
空気が震えている。
「……あれか」
ダリオが目を細める。
中庭の奥。
そこにいた。
巨大な竜。
銀色の鱗が陽光を反射して、まるで鏡のように光っている。体は小屋ほどの大きさ。長い尾が石畳を叩くたびに、ひび割れが走る。
「守護竜アウルディオンです!」
騎士が叫ぶ。
竜がゆっくり頭を持ち上げた。
黄金の瞳。
そして――
「グルルル……」
翼が広がる。
ドォォン!!
突風が吹き荒れ、近くの騎士たちが思わず後退する。
「うおっ!」
「近づこうとすると暴れるんです!」
騎士が叫ぶ。
竜は前足を振り上げた。
ズガァン!!
石畳が砕ける。
破片が飛び散る。
オレはアレンの肩の上で目を丸くした。
でっか……
「派手だな」
「騎士団でも止められなかったのは納得だな」
ダリオが腕を組む。
竜は再び唸った。
「グルルル……」
その声は怒りというより、何かに耐えているようにも聞こえた。
アレンがじっと竜を観察する。
「……妙だな」
「何が」
「怒っているように見えない」
ダリオが眉をひそめる。
「暴れてんのにか?」
「むしろ」
アレンは目を細めた。
「苦しんでいる」
「にゃ?」
オレももう一度竜を見る。
確かに。
竜は唸りながら、何度も体を揺らしている。まるで何かを振り払おうとしているみたいだ。
その時。
「ガアアアアア!!」
竜が咆哮した。
空気が震える。
騎士たちが一斉に武器を構えた。
「来るぞ!」
竜が前足を振り上げる。
ダリオが剣を抜いた。
「どうする?」
「近くで見る」
「今それ言うか?」
アレンはもう歩き出していた。
一歩。
二歩。
竜との距離が縮まる。
「グルルル……」
黄金の瞳がアレンを睨む。
ダリオがため息をついた。
「ったく」
剣を肩に担ぐ。
「付き合ってやるよ」
オレはアレンの肩でしっぽを揺らした。
竜はさらに唸る。
「グルルル……」
アレンは止まらない。
そして――
守護竜アウルディオンのすぐ目の前まで歩み寄った。
竜は低く唸りながら、苦しそうに体を震わせていた。




