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23話


 ゴーレムの拳が振り下ろされた。


 空気が裂ける音。次の瞬間、石床が爆ぜた。

 ――ドォンッ!!


 遺跡の床が大きく砕け、石片が四方へ跳ね飛ぶ。


 オレは思わず耳を伏せて柱の陰に飛び退いた。


(うわっ……!)


 だが、拳が叩きつけられた場所には誰もいない。


「相変わらずゴーレムは豪快だな」


 少し離れた場所で、アレンが落ち着いた声を出す。すでに回避していたらしい。隣ではダリオが肩を回しながら笑っていた。


「ひゅー、いいパンチだ。あれまともに食らったら宿の壁くらいは簡単にぶち抜きそうだな」


 ゴーレムはゆっくりと腕を引き戻す。石でできた身体の内部を、淡い光が筋のように巡っていた。胸のあたりが一番強く輝いている。


 オレは柱の上へ軽く跳び乗り、そこから様子を眺める。高いところは見やすい。猫の特権だ。


 ゴーレムの目にあたる部分が赤く光る。


『侵入者確認。排除行動開始』


 低く響く声。石同士が擦れるような音だ。


「お、喋ったぞ」


 ダリオが楽しそうに言う。


「古代魔術文明の警備型だな」


 アレンはすぐに判断した。


「ここまで滑らかに作動する個体が残っているとはな」

「研究者が聞いたら泣いて喜ぶな」


 ダリオが肩をすくめる。


 ゴーレムが動いた。今度は腕ではない。大きな脚を踏み出す。――ズン、と床が揺れた。


「確保したいんだったよな?」

「ああ。できれば壊さずに」

「注文多いなぁ」


 言いながらも、ダリオの口元は笑っている。楽しそうだ。どうやらこういうのは嫌いじゃないらしい。


 ゴーレムの腕が横薙ぎに振られる。


 ――ゴォッ!!


 空気の塊が吹き飛んできた。遺跡の柱が半分削れる。


 だが、ダリオは軽く跳び上がって避けた。


「おっと」


 そのままゴーレムの肩に着地する。


「お前、体重重すぎ」


 そう言いながら軽く拳を叩き込む。


 ――ドン!


 石の装甲にひびが入る。


「あ、すまん。ちょーっと力加減間違えた」

「古代製だ。それくらいでは傷は入っても、壊れはしないだろう」


 アレンは少し距離を取って観察している。攻撃より分析優先らしい。


 オレは尻尾をゆらゆら揺らしながら、その様子を見つめる。


 ゴーレムの体内の光がよく見える。マナの流れだ。胸から腕、脚、首へと広がっている。


 ……でも。


(ん?)


 少し違和感があった。


 胸の魔石は確かに大きい。だが、そこから出たマナが全部そこに戻っているわけじゃない。


 背中。


 人間で言う肩甲骨の間あたりに、小さな光の塊。


 そこに流れが集まっている。


(あれ……)


 ゴーレムが腕を振り上げる。


 ダリオが飛び退いた。


 拳が落ちる。床がまた砕けた。


「アレン!こいつ力はあるけど動き単純だな!」

「当時のものの中でも古い型なんだろう」

「だろうな!」


 言いながらダリオがゴーレムの脚を蹴る。


 石の身体がぐらりと揺れた。


 だが倒れない。踏ん張る。


 ……やっぱり。


 オレは目を細める。


 マナの流れがまた背中へ集まった。


(あそこだ)


 胸じゃない。


 背中。


 あそこが――


「にゃ!」


 オレは柱から飛び降りた。床に着地して、すぐにアレンの足元へ駆け寄る。


「ん? クロ」


 オレはゴーレムを見て、背中を見て、もう一度見て。


 前足でアレンの脚をちょいちょい叩く。


「どうした」


 背中だ。背中。


 オレはゴーレムの背中をじっと見つめる。


 アレンも視線を向ける。


「……背中?」


 オレは頷くようにもう一度鳴いた。


「にゃ」


 ダリオが笑う。


「おいおい猫ナビかよ」


 だが、アレンは笑わない。


 しばらくゴーレムを観察して――


「……なるほど」


 小さく呟いた。


「ダリオ」

「ん?」

「背中だ」

「背中?」

「制御核」


 一瞬の沈黙。


 そしてダリオの口元がにやりと上がった。


「マジか。胸じゃねーのか」

「あれは主動力だろう」

「ほー」


 ゴーレムがまた拳を振りかぶる。


 ダリオが腕を鳴らす。


「よし。三秒」

「任せる」


 次の瞬間。


 ダリオが地面を蹴った。


 ――ドン!


 床石が割れるほどの踏み込み。人間離れした速度でゴーレムへ突っ込む。


「こっちだ石野郎!」


 拳を振り抜く。


 ゴーレムの腕がそれを迎え撃つ。


 ――バァン!!


 石と拳がぶつかる。


 衝撃が遺跡中に響いた。


「おぉぉ、重てぇな!」


 だがダリオは退かない。踏み込んで腕を押し返す。


 その間に、アレンが動いた。


 音もなく地面を滑るように移動し、ゴーレムの背後へ回り込む。


 右手がゆっくりと持ち上がる。


 指先に、細い光が灯る。


 糸。


 蜘蛛の糸のように細く、しかし密度の高い魔力の線。


 オレは目を細めた。


(あれ……)


 ただの魔法じゃない。


 もっと繊細な、魔術式の線のような魔力。


 ゴーレムが腕を振り上げる。


 ダリオがそれを受け止める。


 ――ドォン!!


「っはは!」


 ……楽しそうだな。


 その瞬間。


 アレンの指先から、光の糸が放たれた。


 ――シュッ


 細い魔力が一直線に走る。


 ゴーレムの背中。


 石装甲のわずかな隙間。


 そこへ滑り込むように入り込んだ。


「……やはりここか」


 アレンが小さく呟く。


 光の糸が内部へ伸びる。


 魔力の流れを辿り、奥へ。さらに奥へ。


 そして――

 背中の奥にある小さな光へ触れた。


 制御核。


 その瞬間。アレンの目がわずかに細くなる。


「少し借りるぞ」


 指先が動いた。


 糸が震える。


 まるで鍵穴に鍵を差し込むみたいに、魔力が核へ噛み合っていく。


 次の瞬間。ゴーレムの全身を巡っていた光が、ぴたりと止まった。


 腕が止まる。

 拳を振り上げたまま、動かない。


「……お?」


 ダリオが眉を上げる。


 ゴーレムの脚も動かない。

 巨体はそのまま、完全に静止した。


 アレンが静かに手を下ろす。


「制御権を一時的に奪った」

「マジで?」


 ダリオがゴーレムの腕を叩く。


 反応なし。


「おぉ……すげぇなこれ」

「完全停止ではない。術式を書き換えただけだ」


 アレンは背中の部分を確認する。


「制御核も無傷だ」


 ダリオが振り返る。


「猫ナビのおかげだな」


 オレの頭をわしゃわしゃ撫でた。


「やるじゃねぇかクロ」

「にゃ」

(当然だ)


 オレは尻尾を揺らしながら、動かなくなったゴーレムを見上げる。


 古代の守護者。


 長い時間、ここを守っていたのかもしれない。


「これ、王都の研究所持ってくか?」


 ダリオが言う。


「ああ」


 アレンが頷く。


 オレはゴーレムの周りをぐるりと歩き、鼻先を近づけて匂いを嗅いだ。石の匂い、古い埃、ほんのり残る魔力の気配。


 さっきまで全身を巡っていた光はもう弱く、内部の核だけが静かに光っている。


(ほんとに止まってるな)


 オレは前足で石の足をちょい、と叩く。動かない。


 ダリオが周囲を見回す。崩れた柱、割れた石床、古い壁画。


「いやーしかし運がいいな。遺跡見学のつもりで来て、まだ動くゴーレムに出会うとは」

「そうだな。軽く、では終わらなかったな」


 アレンが苦笑しつつ答える。


 ダリオが吹き出した。


「はははは!!だから言ったろ?」


(ダリオの予想が当たったな!)


 外から差し込む光は弱く、入口の方は遠い。


 そのときだった。――かすかに、声がした。


 オレの耳がぴくりと動く。


 アレンも顔を上げた。


 遺跡の入口の方。遠く、石の通路をいくつも挟んだ先から、誰かの声が反響している。


「……レンさー……!!」


 ダリオが眉を上げる。


「ん?」


 また声がする。

 風に流され、石壁に跳ね返り、途切れ途切れに届く。


「……いらっ……ますかー!!」


 オレは耳を立てる。


 人間の声だ。

 さらに少しだけはっきり聞こえた。


「……急……頼があり……!」


 アレンが小さく息を吐く。


「ギルドの人間か」


 ダリオが肩を竦めた。


「お前、来たばっかりなのにもう仕事かよ」


 遠くでまた声が響いた。


「アレンさーん!!いらっしゃいますかー!!緊急依頼があります!!至急ギルドにお越しください!!」


 遺跡の奥までその声が反響する。


 オレはアレンを見上げた。

 アレンは少しだけ空を仰ぎ、肩を回す。


「……どうやら休みは終わりらしいな」


 ダリオが笑った。


「Sランクは忙しいな」


 オレは尻尾をゆらりと揺らした。

 

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