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一七章

一七章

 翌日、既に昼頃だが届いていた朝刊を開き、ウリエル・グレイについての記事が報道されていた。内容はカッスルが述べた通り、強盗殺人だった。昨晩、G管区署の顔見知りであるメルボーン巡査部長に詳しく話を伺おうとした結果、まるで誰かに圧を掛けられているのか何故か詳細を話そうとはしなかった。いや、口止めをされている方がきっと正しいのであろう。肝心のカッスルについて、尋ねたところ『カンタベリーにある死体を回収して欲しい』と懇願され、仕方なく回収しに来たとのことだ。この違和感はなんだろうか? 考えても仕方がないことではあるが、何かが引っ掛かる。そう思考を巡らせているうちに、アンからラファエル卿がやってきたとの知らせを受ける。

「レオン、今朝の朝刊の件だが、ウリエルが亡くなったのはまことか?」

「はい、本当です。カッスルから何も聞きませんでしたか?」

「いや、何も聞いておらぬ。詳細を伺おうと拠点に行ったのだが、生憎、留守だったものでな。レオン、今回の件で何か知らぬか?」

「話せば長くなりますので、客室までご案内しますよ」とレオン。

「いや、ここで構わない」とラファエル卿。

 かれは、内に秘めたる憤怒の情を抑えようと、深く、深く息を吸った。そして、眉を顰めながら語り始める。「昨日、あの子と庭で散歩していた時のことです。突然、聞き慣れない銃声が聞こえ、私は音が聞こえた方角へ向かい、確認をしに行った時のことでした――どうやら、カッスルがウリエルにかのじょの居場所を提供したようで、彼がやってきたのです! 想定外の出来事に私は背後から左腕をナイフで刺され、杖で足元を薙ぎ払われました。そして、異変に気が付いたあの子が、私の身に何があったのではないかと確認をしに来たのです。その時でした。ウリエルは、足早で実の娘へと向かい、突然押し倒せば、何かを呟いてから首を締め始めたのです。何も出来ず、見ているだけの私の前に、突然カッスルが現れ、ウリエルの咽喉を掻っ切ったのです。それは、実に惨たらしい光景でした。あの子は……目の前で実の父を血を頭から浴びせながら殺されたのですから!」

 卿は、恐ろしい事実に驚愕して思わず、沈黙した。しばらくしてから口を開いた。「そうか、ウリエルは殺されたのか。敵の多い弟らしい憐れな最後だ。じきに、死因は捏造報道されるのだろう? 全く警察も腐敗しておるな」

 かれは、頷きながら答えた。「カッスルの手によって偽造されるのだと思います。己の手を穢したことを隠蔽したいのかどうか存じますが、元警部補がかつての部下たちに圧力を掛けられるのでしょうか?」

「元警部補とは言えど、その程度では、操るほどの圧力は掛けられん。賄賂か貴族の友人とやらの権力を悪用したのだろう。どんなに問いても奴らは答えなかったであろう?」

「はい! カッスルに遺体を回収して欲しいからここに来たの一点張りでした。しかし、カッスルは本当に何者なのでしょうか?」

「ただのしがない探偵と言っていたが、不思議な男で只者ではないと私は考えている――それより、ウリエルを亡くしたエリスはどうしているのだ?」

「その件ですが、まるで呪縛から解放されたようにとても穏やかな顔をしております。酷い言い方をすれば、どうやら初めからウリエルを父親だなんて思っていなかった様子です。ただ、首を絞められたのが心的外傷になっているのか、時折、思い出して泣き出したりします」

「そうか。これからは、エリスのことは君が支えてやりなさい――それから、ポリーの件についてだが、エリスに話がある。呼んで来てくれないだろうか?」

 レオンは、書斎室まで行き、エリスを呼ぶと、ラファエル卿の元へ駆け寄る。

「ああ、エリスよ、元気にしておるかね?」と卿。

「はい、叔父様。元気にしております。私にお話があるようですが、何でしょうか?」

「実は、ポリーの件だが、行き場のない彼女を孤児院に引き取らせて貰ったよ。余計なことをしたかね?」

「いいえ! ポリーもあの人の元から離れることが出来たのですね! 本当はレオンに一緒に傍にいたいとここに連れてきて欲しいとわがままを言いました。ですが、今まで酷い仕打ちを受けてきた身です――これで、ようやくポリーに平穏な日々が送れると思うと大変喜ばしいことです! 叔父様、本当にありがとうございます! 近々、ポリーにお会いしてもよろしいでしょうか?」

「私は、明日以外なら構わない。だが、それよりも君はウリエルの葬儀に娘として参列するのか?」

エリスは小首を傾げて尋ねた。「叔父様、葬儀とは何でしょうか?」

 ラファエル卿は、レオンの顔を見て何か言いたげな顔をし、額に手を当て深いため息を洩らした。そして、その唇から葬儀について少女に教示した。「家族や親しい人で集い、死者を弔う会だよ。嫌味な弟との最期の別れと言うこともあり、私は明日参列しなければならないが、エリスは()として参列はせぬのか?」

「はい、叔父様。私は、葬儀には参列しません。あの人は私を娘ではなく、所有物の人形として愛していたのですから……」

「そうか――正しい判断だ。仮に、参列することになったら、姉のアンナリーゼとヨランダが黙っていないだろう」

 かれが口を開く。「ラファエル卿、それは何故ですか?」

「あの二人は、エリスを寵愛していると誤解しているからだ。どんなに説明したところで、決して理解はして貰えぬだろう。それに、彼女らは面倒なことに弟に似たのか酷く癇癪持ちだ」

「それは面倒だな。鉢合わせることはないとおもうが、ロンドンに行くのは少し気が引けるな……だが、君の為に孤児院に行ってポリーとやらに会いに行こう」とレオン。

「早くポリーに会いに行きたいけど、レオンの腕が治り次第、行くのは如何かしら?」

「いや、腕のことは心配しなくて良い。せっかくの休診中だ。この機会に行くとしよう――それより、ラファエル卿。かのじょと二人きりになってもよろしいでしょうか?」

「もちろん、構わんさ」

「ありがとうございます。ついでに、イアンもお呼します」

 卿は礼を言い、かれは二階へ登って、まずは書斎室へ向かってから父が訪れていることをイアンに伝えたのち、自室の扉を開けて先に少女を中へ入るように、促してから中へ入った。静寂に包まれている中、レオンは真剣な眼差しをエリスに向けた。少女は身構えて、思わず尋ねる。「レオン、急にどうしたの? 私、何か悪いことしたかしら?」

 かれは、首を横に振り、しばらく少女の菫色の瞳を見つめると、そっとズボンのポケットから小さな箱を取り出すと、跪き、その箱を開けた。中には先祖代々引き継かれ、控えめなサファイアがあしらわれた婚約指輪が入っていた。そして、薄い唇を開き、こう述べた。「()()()、これからもずっと、ずっと俺のそばにいてくれないだろうか?」

 すると、エリスは突然のことに驚きで眼を見張り、しばらく困惑した。レオンの真剣な眼差しと指輪を何度も交互に見る。そして、ようやくすばらしく甘美な現実を理解した少女は、薔薇が花開くように微笑を泛べて、喜びのあまりに涙を流しながらレオンに抱きついた。

「本当にずっとここにいていいの?」

「もちろんだ。今まで君を避けるようなことしたり、どこかへ遠ざけるようなことばかりしてすまなかった。皮肉にもウリエルの件で気付かされた――同じ孤独を抱えていたエリスが必要だ」

「本当に私が必要なの?」と、僅かな不安を小さな胸に秘めたエリスが言うと、レオンは大変穏やかな微笑を泛べて力強く頷き、少女の丸い額に接吻をした。少女は涙を拭い、頬を薔薇色に染め、恥ずかしそうに、かれの厚めな胸板に顔を埋めた。

「こんな時に尋ねるのも何だが、エリスと言う名は気に入っているのかい?」

 エリスはゆっくりと顔を上げ、不満げに首を横に振り、こう言った。「正直に言うと、この名前は嫌いよ! あの人は、私が男性でもないのに男性の名をつけた挙句、男性の装いをした人形として生かしてきたのだもの」

「だが、新聞に掲載されていた人物画はなかなか様になっていたぞ」

「意地悪しないで! あの時は、一人だったから見つからないかと本当に心細かったのよ? 結果的には、カッスルに見つかってしまったけど、とても怖かったのだから!」少女は、子供っぽく頬を膨らませた。

 かれは笑いながら「悪かった、悪かったよ。名前の件だが、結婚を機に改名するか?」と尋ねる。

「そんなこと出来るの?」少女は驚き、答えた。

「貴族や地主でない限り、正式な改名手続きは不要だ。ご希望であれば、皆を集めて新しい名前を決めようと思うのだがどうだろうか? 例えば、エロイーズとか……」

 エリスは、静かに首を横に降り「そんなことする必要はないわ、さっきレオンが私の名前を呼んでくれたじゃない。その瞬間――少しだけ自分の名前が好きになれた気がしたの。それに、この名前で皆に認識されているのだから、今更改名だなんてしたらきっとアン達が大混乱してしまうわ」と言った。

「そうか……確かに君の言う通りだな。名前の件の話は終わりにしよう。さて、少し恥ずかしいが皆に結婚すると伝えるとしよう」

 少女は、一度離れ、レオンはエリスの小さな左手を手に取って、婚約指輪を細い薬指に嵌めた。少女は再び頬を染め、その指輪をじっくりと眺め始める。かれは、そんなエリスを構わず抱き上げ、二人はどこか楽しげな様子で部屋を出た。階段を慎重に降りながら居間でエリスを下し、メイドたち、イアン、ラファエル卿を居間に呼び集めると、気怠げなベティが早速、催促する。一方、他の皆は期待の眼差しを向けて柔かな微笑を泛べていた。かれは耳まで赤く染め、眼を逸らし照れながら、唇を動かした。「実は、エリスと結婚することを決めた。なんて言えば良いのだろうか――皆、改めて、よろしく頼む」

 皆から拍手と祝福の言葉が飛び交う中、「そうですか。様々な勇気の証を与えてくれたウリエルに感謝するべきですね」と、ベティが皮肉を洩らす。

小さく笑いながらアンが「本当は一番喜んでいるくせに素直じゃないのね」と言った。

「私は、旦那さまが一生独身を貫くかと思っていたのでとても意外でした。それは、それとお二人ともおめでとうございます。これでハワード家は安泰ですね。亡くなられたジョージさまとモイラさまも喜んでらっしゃると思います」とベティは顔を背けながら言った。

「いまからエリスさんのことを奥さまとお呼び出来ると思うと、なんだが心がとても弾みますね」とコニー。

「二人は結婚式は挙げるの?」とイアン。

「本当は挙げたいところだが、挙げないことにするよ。エリスの髪と瞳の色を珍しさに、周囲の者たちに見世物として見られたくないからな。特に、酔ったら、お喋りで厄介な御者がいるから尚更だ」

 ラファエル卿は賢明な判断だと言わんばかりに微笑を泛べながら、二度頷いた。

「ところで、ラファエル卿。結婚指輪はどこで購入出来るのでしょうか?」

「ハットン・ガーデン地区だ。ダイヤモンドの取引中心地として栄えている為、最先端で流行品ばかり揃えており、控えめな指輪があるかどうかまでは把握はしきれてない。だが、足を運ぶ価値はあるだろう。店に入る際は、君が成金だと思われぬよう私の名前を使い、紹介と言うことにしなさい。いくら君が上位中流階級とは言えど、あくまでも中流階級だ。貴族ばかり相手にしておる為か、客を選んでおる。それから、切り裂き魔には気をつけなさい。今だに噂が絶えないのでな――最後に孤児院だが、貧困街スピタルフィールズにある。常に子供たちの声が絶えず、庭のある大きな孤児院だからすぐに分かるだろう」と長々と答えた。

「分かりました。ロンドンには数ヶ月振りにお伺いしますが、かつて数年間住んでいたこともあり、地理は把握しているのでどうかご安心して下さい。それと、ご相談ですが、二日後にエリスと共にポリーにお会いしようと思うのですが、どうか彼女には秘密にしてくれないでしょうか?」

「もちろん、構わぬぞ。その方が、ポリーも喜ぶだろうし、大変すばらしい名案だ」と感心しながら言うと、イアンが物寂しげな顔で父の服の袖を引っ張った。「お父さん、僕もネリーとヘンリエッタや皆に会いたい」

「ついて行くかね?」少年は、喜悦に満ちた声で頷きながら答えた。玄関まで行き、ホールスタンドに掛けられた自身の外套を身に纏い、紳士の嗜みであり、様式美でもシルクハットを被り、無邪気に片足で二歩ずつ交互に小さく飛び跳ねながら、父の元まで戻る。再び袖を引っ張りながら言う。「お父さん、早く行こう!」

「イアン、少し待ちなさい。レオン、また何かあったら会おう。それから、イアンを連れて帰る時だが、孤児院にいるから忘れずにな。では、私達はお暇するとしよう! レオンとエリスよ、幸せになりなさい」と言い、軽く会釈をすると、イアンが「それでは、行ってきます! 二人ともおめでとう!」と声高に言い、皆に手を振った。ラファエル卿は扉を開けて、二人は屋敷から出た。

「少しの間、屋敷が静かになりますね」とアンが言う。

「騒がしいのがいなくて丁度良い。歳の割には、まだまだ子供っぽいからな」

「そんなこと仰ってますが、まるで実の弟のように可愛がってらっしゃるじゃないですか。旦那さまもベティのように素直ではないですね」とアンが言うと、二人は同時にその事実を否定した。コニーとエリスは控えめに笑いながら三人を見守った。

「とにかく、俺はベティほど捻くれてはいないからな」アンが小さな子供を宥めるようにふた返事をしながら言った。「旦那さまはベティほど捻くれておりませんのでご安心ください――それより、改めまして、旦那さまと奥さまおめでとうございます。今夜のサパーはいつもより豪華に致しましょう」

「そんなに気を遣わなくて良いわ」と、エリスが遠慮気味に言うと「いいえ! 大変めでたいことですので、祝わせて下さい」とコニー。

「それはそうと、奥様、改めてお伺いしますが、本当にこの方でよろしいのですか?」嫌味を含んだベティの言葉に対し、少女は「もちろん、レオンが良いわ」と言うと、「奥さまも随分と悪趣味になられましたね」とベティが返した。

「ベティ、口を慎め! 解雇するぞ。紹介状には、()()ですばらしい読書家と書いてやろう」

 すると、ベティは不遜な態度で「なら、書いてみて下さい。アンとコニーの分を書いてもらうまでは、私はここにいますからね」

 レオンは頭を掻き乱しながら「全く君は素直に居心地が良いと言えないのかね?」と言った。

「ご安心下さい、旦那さま。昨晩はコニーと一緒に旦那さまの腕のことや奥さまのこと大変心配しておりましたから」

 ベティが「アン、余計なこと言わないで! 私は、先にディナーの支度するわ」と頬をポピーのように真っ赤に染めて、逃げるかのように慌てて台所へ向かった。アンとレオンは眼を合わせて、小さく笑った。一方のコニーは、微笑を泛べながら、ディナーの準備をするとアンたちに伝え、逃げたメイドの後について行く。

「ねえ、レオン。ベティって初めて屋敷から来た時、どんな感じだったの?」とエリスが訊く。

「意外だろうが、初めは皆が知るような従順なメイドだったぞ。時間が経つに連れて、今では皮肉を言われ、皮肉を言い合う仲だ。あんなメイドは世界でたったのひとりしかいないのかもしれないな」

「旦那さまの仰る通りかもしれませんね。宝物のように大切にしてあげて下さいね――私は二人の様子が気になるので台所へ行って参ります。それでは、ディナーが出来上がり次第、お呼びいたします。では、失礼致します」と会釈し、アンは二人を居間に残した。二人きりとなり、静寂が訪れた。先にそれを破ったのは、どこか緊張気味なエリスだった。

「ねえ、ディナーが出来るまでの間だけど、近くの湖まで散歩でもしないかしら?」

「ああ、構わないぞ」

「では、行きましょうか?」と二人が玄関から出ようとすると、診察室から激しいノックが鳴り響く。かれは、凄まじい苛立ちを覚え、診察室へ入り、出入口の扉を開けた。「誰だ! 今日は休診中と言う文字が読めぬのか!」

 すると、「おやおや、これは大変ご無沙汰しておりますね。お元気にしておりましたでしょうか?」と聞き覚えのある声と独特な衣服を身に纏った男がそこには立っていた。

「貴様は、ヘンリー・ニューカッスル! あの時の――エリスの件は一生忘れはしないぞ!」と胸ぐらを掴み、ヘンリーを室内の壁に押し付け、激しい怒りを露わにした。

「お待ちください! アーネストからあなた宛の手紙を預かったのです。それと、エリス嬢の件は、謝りますからどうかお許し下さい!」

 レオンは、やや怯え気味の画家をまじまじと見つめたあと、そっと胸ぐらを離し、手紙を乱暴に受け取って、早速封を開けた。


 親愛なるレオンハルト・ハワードへ

まだ報道されておりませんが、十一月九日十時四十五分、金曜日、スピタルフィールズのドーセット・ストリートの外れにあるミラーズ・コート13番地の一室で、その部屋の住人であるメアリー・ジェーン・ケリーの遺体が発見されました。それも大変惨い殺され方です。もし、近々ロンドンを訪れるのであれば注意して下さい。人々は皆、まるで世界が滅亡するかのように再び絶望し、底知れぬ恐怖と不安に支配されております。何かありましたら、お気軽にコッテージ・デライトまでお越し下さい。

       アーネスト・オールドカッスルより


 

「十一月九日って今日ではないか――だから、ラファエル卿は、注意を促していたのか」

「ラファエル卿とはどなたでしょうか?」画家が咳き込みながら訊く。

「貴様には関係のないことだ! ところで、ウリエルと言う男の遺体の件についてだが、カッスルから何か訊いているか?」

「一体、何の話をしているのですか? 私は、彼からあなたに手紙を渡してきて欲しいとここに来たのですが……」と小首を傾げた。

「そうか、これでは話になるまいな! もう帰って良いぞ」と、ヘンリーを冷たく突き放そうとすると「お待ちください。全くあなたは極寒の海のように冷たい方ですね! アーネストからの伝言もお預けしております。私には、こちらも私には、一体、何のことか分かりませんが、【労働階級者である色のない髪、紅い瞳と青い瞳の双子に用心して下さい】とのことです」

「何!? まだ他に一族がいたのか!?」

「一族? ますます話が見えませんし、更に分かりませんね」と画家は肩を窄めた。

「とにかく話すと長くなれば、関わるとのちのちが面倒なことになる。だからお前は知らなくて良い。俺からもカッスル宛に伝言だ!【明日、昼前までには屋敷までに来い! 白い髪と紅い瞳と青い瞳の双子について教えてくれ!】とな」

「やれやれ。これでは、まるで私が伝書鳩の代わりですね、わかりました。お伝えしておきます」

「では、よろしく頼む」と、不気味さを覚えるほど穏やかな微笑を泛べ、画家の肩を軽く二度叩き、診察室の出入口の扉を素早く閉めた。診察室を出て、急いで愛しい人の元へ戻る。

「レオン。誰だったの?」と、エリスが訊くと「小さな郵便の配達員だよ。休診中だから思わず腹が立ち、大声を上げてしまったが、相手は文字が読めない子供だったよ。どうやら看板を見て、診察室の出入口を玄関だと思ったのか、激しくノックしてしまったらしい」と、咄嗟に大嘘を並べた。

「文字が読めないのに配達員? 不思議ね。それより、入り口が二つあるから間違われて大変そうだわ」

「確かによく間違われるな――だが、労働階級の子供の全員が文字を読めるわけではないから困ったよ」

「わざとではないのだから、許してあげてね。私は散歩の支度をするから待っててくれないかしら? 帽子(ボンネット)を被るだけだけど……」

「もちろんだ。支度はゆっくりで構わないさ、俺は玄関前の椅子に座って待っているよ」

 少女はかれに礼を言うと、階段を登って自室まで向かった。レオンは椅子に座って、シガレットケースとマッチ入れを取り出し、巻煙草に火を付けて、カッスルの警告について深く考え始める。グレイ一族は貴族や中流階級の人間のはずだ。それなのに、一体なぜ、労働階級者の中に「白い髪に紅い瞳と青い瞳」の人物が存在するのだろうか――不吉な予感と胸騒ぎがレオンを一斉に襲い、不安と一刻も早くカッスルから遺体と双子の詳細を伺いたいと苛立ちが募らせる。何故、今日はカッスルではなく、ヘンリーがやってきたのだ! と、ほんの僅かな時間で苛立ちが最大限までに達し、それは怒りへと変貌した。右手では巻煙草を吸い、左手を強く握り、わなわなと震え始める。もうこれ以上、面倒事に巻き込まれるのはごめんだ!と、強く願っていると、エリスに揺さぶられながら名を呼ばれる。

「レオン?」少女か心配そうに青い瞳を見ながら伺う。

「ああ、エリスか。支度は終わったのか?」

「さっき終わったばかりよ? それで、何度もレオンを呼んだのだけど、返事が無くて……何か心配事でもあるの?」

「いや、大丈夫だ。心配掛けて済まなかった。さて、散歩に行くとしよう」

 エリスが、返事をするとかれは巻煙草を消して、立ち上がり、少女の手を取って屋敷を出た。

 

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