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一四章

十四章

 無事に墓参りを終え、帰宅すると門の前で腕を組み、不機嫌そうに二、三歩と交互に鮮やかなマスタード色のドレスを着たマティルダ歩いていた。馬車を降り、すぐにレオンは何故、姉が苛立っているのかをすぐに確認した。

「マティルダ、何故ここにいるのだ?」とドイツ語で尋ねた。すると、「アンから聞いたわよ、イアンのお父様であり、かつての友人が来ているって! 何故、私を呼ばないのよ?」と怒鳴り気味にドイツ語で言った。

 二人も降りると、面倒事には巻き込まれたくないとバーニーは速やかにその場から立ち去った。ラファエル卿は麗しき淑女として成長したマティルダを見つめた。

「お父さん、二人とも喧嘩を始めちゃったよ」

「そっとしておきなさい」とラファエル卿は父として穏やかな微笑を泛かべる。まるで痴話喧嘩している様子を眺められていることに気がついたマティルダは顔をチューリップのように赤らめ、慌てて名を名乗り、深々とカーテシーをした。

 卿は笑いながら「マティルダ、そんなに畏まらなくて良いよ。久々の再会なのだから――しかし、ジョージとモイラとは君たちについて話がしたかったよ。あの時の私に勇気さえあれば……」

「いいえ、あのようなことがあれば、俺もラファエル卿のようになってしまいますよ。それに、イアンを守る事で精一杯だったのですから尚更ですよ」とレオン。

 イアンが興味深そうに尋ねると、卿が懶げな口調で言った。「そうか、まだ話していなかったか……イアン近々話すから今は思い出に浸からせてくれないだろうか?」

「良いよ、あまり話したくなさそうだから無理には聞かないよ」

「悪い父親ですまないな」とラファエル卿は父親として申し訳なさそうに言うと、イアンは首を横に振り、微笑を泛べた。

「先ほど、イアンを連れてお墓参りに行かれたのですよね?」と姉。

「ああ、二人には知らない子供を紹介したような気分だが、気がづいてくれるだろうか?」

「目元や雰囲気がよく似ておりますので、きっと気づいてくれますわ――ここで、立ち話でも何ですからお茶でも致しませんか? おじ様にも会わせたい子もいるのです」と、マティルダは庭に行き、例の人物を連れてきた。

 卿は自身と同じ、青白い肌に白い髪の毛の少女を見て驚いた。同じ一族であるエリスをじっと見つめてみると、グレイ家ならでは特有の蠱惑的で自信に満ち溢れた雰囲気は一切なく、今にでも雪が溶けそうな程儚く、うっすらと白いレースの手袋から痛々しい無数の鞭の痕の悲痛の顔を見せた。姪にそっと片手を差し出すように言い、レースの手袋を取ると、掌に痛々しい鞭の痕にラファエル卿はおもわず、目を背けてしまった。そして、抱きしめながら言った。

「弟のウリエルを止めることを出来ず、大変すまなかった。今まで辛かったであろう。ここの主人のレオンが許す限り、ずっとここにいなさい」

 エリスは戸惑いながらも、小鳥のような声で言った。「叔父様。ずっといては、私はご迷惑ではないでしょうか?」

 マティルダが言った。「迷惑だなんて誰も思ってないわ。おじ様もそう言ってるのだし、レオン良いでしょう?」

 レオンはどこか不安の表情を押し殺し、弱々しく頷いた。

「さあ、中に入ってゆっくりお茶でもしましょう」屋敷に入ろうとする一勢にかれは、姉に「マティルダ、話がある。書斎室に来てくれないか?」に言った。マティルダは驚きで眼を見張らせ、微笑を泛べ

て「もちろんよ、少し遅くなるかもしれないけどおじ様とエリスに言っておくわ」

 レオンは「ああ、よろしく頼む」と言うと書斎室へ向かった。

 一方のマティルダはメイド三人にエリスとイアンとラファエル卿を紹介していた。まじまじと三人を見つめるメイドにすぐに口を開いたのはコニーだった。「とても素敵ですね! エリスさんとイアンさんは従姉弟になりますけど、ラファエル様がいらっしゃるとまるで本物の親子に見えますね」すると、イアンが無邪気に「本物の親子みたいだって! 僕、本当のエリスがお姉ちゃんだったら嬉しいな」あまり笑みを見せることのない少女が頬を薔薇のように赤らめ、微笑を泛べた。ラファエル卿もどこか照れ臭そうに笑いながら「親子と言われるとはなんだか嬉しいものだ」と言った。

「おじ様が本当のお父様だったら良かったのに……」とエリスが囁いた。「そうですよね……まだお会いしておりませんが、エリスさんのお父様は一体どんな方なのでしょうか」とベティが尋ねると、卿はため息混じりに答えた。

「病的な程、美に執着している哀れな男だよ。兄である私が言うのも何だが、顔は私によく似ている。初老を感じさせないほどの長く美しい白い髪を整えた美男だ。私たちは近親婚により、生を授けたこともあり、奇跡的に外見に障害は無くとも精神面に致命的な欠陥を抱えている。それがよく表れているのがウリエルだ」

「出来れば、遭遇したくないですね」とアン。

「奴の拠点はロンドンだ。よほどのことがない限り、エリスは見つかるまい。主人のレオンもここにいて良いと言っていたのだから安心であろう」

「いっそのこと、二人は結婚してしまえばよいのですよ。丁度、旦那さまも結婚適齢期の終わりに差し掛かっておりますし、エリスさんに愛の言葉は囁いておりませんが、情はあるようです」とベティ。

「そうか、レオンももう結婚適齢期の終わりに差し掛かっているのか、このまま結婚して身を顰めさせた方がエリスも幸せであろう」

「おじ様、私もそう思いますわ! エリスにだって悪い話じゃないはずよ」マティルダがエリスの顔を見る。

「結婚……私なんかとしてくれるかしら?」と自信なさげに囁く。

「大丈夫よ! 今から弟と話をしてくるから胸を張って待ってなさい!」とエリスの頭を撫でると、尋ねた。「エリスは、レオンに特別な情を抱いているの?」

すると、少女は耳まで赤らめながら頷いた。

「あら、素敵じゃない! こんな別嬪さんと結婚しようとする弟は幸せ者ね! おじ様、エリス、これから私は書斎室に行ってくるわね」と階段を掛け、機嫌良く書斎室に入った。

「レオン、話とは何かしら?」

「マティルダ、エリスの件だが……」

「結婚をするのでしょう? エリスをあまり待たせてはいけないわよ。せっかくの綺麗な花が枯れてしまうわ」

 レオンはマティルダを困らせるかのようにあっさりと否定し、こう言った。「いや、俺はエリスとは結婚しない。ラファエル卿に頼んで来年のデビュタントにエリスを出させたい」

「結婚もしないし、デビュタントに出させたい!? 馬鹿なことおっしゃらないでちょうだい! 結婚適齢期であり、あなただってエリスに想いを寄せているのでしょう? 一体、どうして自らあの子から遠ざけようとしているのよ?」姉は理解できず、声高に訊いた。

「俺にはあの子を幸せにしてやれる自信が無いんだ。あの子はとびっきりの美人だ、デビュタントならきっと……」

「そんなことはどうでも良いわ! いくらおじ様のコネクションを使ってデビュタントに出すだなんて危険極まりないし、おじ様にだって大迷惑よ! それに、あの子だってここにいることを望んでいるとその眼で見て、あなたは頷いたじゃない。それは、すべて嘘だと言うの? 嘘だと言うなら承知しないのだから!」

「いや、マティルダ聞いてくれ。確かに俺はあの子に特別な情を抱いていることを認める。だが、本当にこの俺で良いのかと自信が無いんだ。俺なんかよりエリスに相応しい男はいくらでもいるだろう? だから、デビュタントで見つけた方が良いのではと思っただけなんだ」

「最低な男ね! エリスに壁の花になって生き地獄のような最高な恥をかけと言うのかしら! もう良いわ! おじ様に話をしてくる! そこで指でも咥えて待ってなさい!」

「マティルダ、話はまだ終わってない!」

 姉は弟の話には一切耳を貸さず、書斎室を勢いよく出て、階段を降りる。庭にエリスがいることを確認すると、マティルダは客室の扉を勢いよく開けてまるで叫ぶように言った。「おじ様聞いてくださる? レオンったらおじ様に頼んでエリスをデビュタントに出したいとおっしゃってるのよ! あら、初めて見る顔がいらっしゃるわね――初めまして、マティルダと申しますわ。声を荒げてしまい、大変申し訳ございませんでした。ご無礼をお許し下さいませ!」

「アーネスト・オールドカッスルと申します。探偵をしております。先日、伺った際に忘れ物をしてしまったので伺った次第です。私のことは親しみを込めてカッスルとお呼び下さい」

「私はレオンの姉のマティルダよ。弟とはどんな一体関係かしら?」

「ハワードにグレイ家について調査してくれと依頼された者です。付き合いはそれなりに長くなります。しかし、ハワードがエリス嬢をデビュタントに出させたいとは一体どう言う事でしょうか?」眉を顰めながら言った。

「私の目から見れば、二人は恋焦がれているように見えるが違うのかい?」とラファエル卿。

「本当は愛しているくせに、『俺にはエリスを幸せにしてやる自信がない』ですって!」

 マティルダから聞かされた話と現実に卿は驚き、頭を抱えた。何故だ? と今すぐに問い出しに行きたいほどだった。ラファエル卿は混乱した頭で言葉を探しながらデビュタントについて話す。

「いくら私のコネクションを使い、紹介状を入手し、デビュタントに出したとしてもかのじょの性格では、すぐに壁の花になってしまうだろう」

「ラファエル卿のおっしゃる通り、どんなに容姿が美しかろうが、酷い人見知り持ちは相手にされません。仮に、婚約相手を見つけたとしても金のなる木として白い髪を切って売り続けたり、見世物、或いは肉欲の獣に貪られるでしょう」とカッスルが言った。

「残酷ね。あなたカッスルでしたっけ? 探偵の割にはデビュタントの事情に詳しいのね。本当に探偵?」

「ええ、ただのしがない探偵です。親しい()()()()()()()()()()ですよ。よく話を伺っているのです」

「そう言うことか、ただバレた時もマズイ。あの容姿のことだから噂としてウリエルの耳にすぐに入るだろう」と卿。

「間違いありませんね。かのじょをデビュタントに出すには危険故に目立ち過ぎます。大反対です。全くハワードは大馬鹿者ですね」

「私も、カッスルと全くの同意見だ。全くレオンは何を考えているか分かるまい!政略結婚の私から見ればどれほど羨ましく贅沢な話なのだろうか。愛のない結婚がどれほど不幸かレオンは分かっておるまいな。しかし、幸せにする自信が無いを理由に結婚に踏み出せないと言うとはなんともくだらん! まさか、ここで支障が出てくるとは全く困ったものだ」とラファエル卿は愚痴を言いながら紅茶を啜った。

「ウリエルさえいなければ良いのに……」すると、カッスルはまるで何かを閃いたかのようにマティルダの言葉を鸚鵡返しに言った「ウリエルさえいなければ良いのに、か……」

「カッスル、何か言ったかしら?」と姉。

「いいえ、なんでもありません。私は急遽急用も思い出しましたのでここでお暇致します。では、失礼致します。ラファエル卿、また明日お会い致しましょう」探偵は榛色の瞳をガラス玉のように妖しく輝かせ、屋敷を出ると不敵な笑みを浮かべながら再びあの言葉を言った。「そうですよ。ウリエルさえいなければ良いのですよ」

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