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厄災の前兆③ なんとか合流できたぜ!!

エリーゼ、カッケェ。やるやん

「この森で何が起きてんだ!?」


「さっきの爆発で森が吹き飛んじまったじゃねぇかよ!」


「ゴブゴブ!」


森の一角。轟音の余韻が空を裂いた直後、冒険者とゴブリンたちが、剣と爪を交えながら赤い狼の方向へ顔を向けた。


揺れる視界の先、焼け焦げた地面を踏みしめて、エリーゼが赤き獣と対峙している。


その巨体が、小刻みに震えていた。重厚な筋肉の奥、鼓動が明らかに乱れている。呼吸は浅く、熱気がまばらに吐き出されていた。


魔力の輪郭がにじみ、霧のように崩れている。再生が追いついていない。肉体も、精神も、そして魔力も。


「……ガルゥゥ」


うなるような、呻くような、混濁した声が漏れる。赤い浪が首を振り、苦悶を押し殺すように牙を噛みしめた。


足元から魔術式が浮かび上がる。淡い光の紋様が地面を這い、空間に広がるように展開されていく。輪郭が揺らぎ、魔力の波動が脈打つたびに、式の構造が複雑に絡み合っていく。


牙をもっと強く噛み締め、口元から血が滴り落ちた。赤い雫が魔術式へと零れ、紋様の輝きが変質する。


血が魔術式を侵食するように広がり、輪郭が赤黒く染まっていく。


「それはさせませんよ!」


エリーゼが踏み込む。その身が影のように滑り出し、首元へ肉薄する。それに応じるように、さっきよりも早い速度で火球が吐き出された。


「しまった……!」


「お前ら、離れろーー!!」


爆圧が地を裂き、木々を吹き飛ばす。地面が波のようにうねり、冒険者たちとゴブリンのほとんどが叩きつけられるようにして吹き飛ばされた。


火花と煙が立ちこめ、空気が焼けるような臭いに満ちる。


その中を、エリーゼが走り抜ける。乱れた髪をかき上げ、息を乱しながら倒れた者たちのもとへ駆け寄る。


バッグからポーションを取り出し、次々と差し出していく。


「すまねぇ……」


「大丈夫ですよ。皆さんには十分手伝ってもらったので。皆さんはもっと離れていてください。」


燃えかけた布をちぎり、手早く包帯代わりにする。その手は震えていたが、止まることはなかった。


だが、その間にも異変は進行していた。


「ガルゥゥゥ!!!」


空が軋むような絶叫が森を震わせた。周囲の狼たちが呼応し、次々とその元へ集結するかに見えた次の瞬間。


赤い浪は、牙を向けた。集まった仲間たちを喰らった。


悲鳴も、逃げる動きすら許さなかった。巨体が薙ぎ払い、血飛沫を撒き散らしながら、肉と骨を咀嚼する音だけが戦場に響いた。


「どうすれば……」


エリーゼの手は震えていた。目の前には負傷者。その向こうには、まだ動く赤い狼。


今すぐにでも倒さなければならない。



だが、負傷者を見捨てることはできない。このまま狼を放置すれば、次の犠牲者が出る。それでも、目の前の命を救わずに戦うことはできなかった。


手当を受けている冒険者が、かすれた声で呟く。その手がエリーゼの腕を離し、狼の方を指差した。


「俺らのことはほっといてくれ……」


「そういう訳にはいかないんですよ。」


こんなに無力だなんて。勘違いも甚だしい。


唇を噛み締める。手のひらに滲む血の温もりが、決断を急かしていた。


「ここは私一人に任せてください。」


ゼリアが膝をつき、エリーゼの手をそっとどかす。そのまま負傷した冒険者の傷口を押さえ、素早く処置を始めた。


「この人数を一人ではさすがに……」


「できる、できないでなく、やるしかありません。でないと、あの狼がまた動き出します。そうなったら、今度こそ、私たち冒険者は終わりです。」


エリーゼは息を詰めた。どうしてこの子は迷わずに前へ進めるのだろうか。私は選ぶことができず、悔やんでいただけなのに。


「……そうですね。ここはお願いします!」


私もこの子みたいに、強くならなきゃ。


再びエリーゼが顔を上げると、赤い狼はすでに食い終えていた。


「遅かったですか。早く手当が済んだ人はもっと離れていてください!」


目の前の巨体が、さらに膨張を始めていた。筋肉がひび割れ、魔力が血と混ざり合うように歪んでいく。皮膚の下を、何か異形のものが蠢いているようだった。


血濡れた肉体と魔力の融合体。赤黒い異形が、そこに立っていた。


「さっきよりも異形な魔物になってしまいましたか……」


エリーゼが剣を構え、一歩踏み出して瞬間だった。


赤い狼の足元に、複数の魔術式が一斉に浮かび上がる。無数の紋様が重なり、瞬きするたびにその数は増えていく。まるで空間そのものに刻まれるような異常な密度だった。


「……っ!」


コントロールできずに一部の魔術式から魔法が漏れ出ていた。火、水、風――三種の魔法が同時に放出される。熱風が唸りを上げ、水の刃が宙を裂き、炎の奔流が空間を焦がす。


通常であれば絶対に混ざらない魔法たちが、異なる密度のまま、強引にひとつに束ねられようとしていた。


それは常識ではあり得ない暴挙だった。魔法の調和には高度な術式操作が必要不可欠。それを複数同時に、かつ瞬間的に成立させることなど、一流の魔法遣いでなければ到底不可能。


だがそれを、赤い浪はそれを無理矢理やってのけていた。


限界を超えた魔力の放出。その爪の先からは、赤黒く変色した血がぼたぼたと滴り落ちている。魔力の奔流が皮膚を焼き、筋肉がひび割れ、肉体が内側から崩れていく。


すでに限界を超えている。それでも止まらない。なおも赤い浪は、新たな魔術式を組み上げる。さらに魔法を上乗せし、異なる系統の術を無理矢理一つにまとめようとし続けていた。


術式の輪郭に、ピキリと音が走る。魔術式自体が、悲鳴を上げていた。光の線が歪み、亀裂が走る。いつ崩壊してもおかしくない。


エリーゼは、その中心を真っすぐに見据えていた。


「……そんなに、暴れたいんですか」


足が沈む。地を踏みしめ、体勢を低く構え直す。全身に魔力が巡る気配。彼女の瞳に迷いはなかった。


「だったらこれで、終わりです」


静かに、そして確実に、その刃が動いた。


「三式・滅輪」


三式からは術者の体内で練った魔力を、武器へと流し込む高等術が必要となる。


だがそれは、並の術者には扱えない。


物質に魔力を通すには、対象の限界を見極めたうえで、壊れぬように繊細に操作しなければならない。それだけではない。流した魔力を循環させ、自身の体内の流れと同調させ続ける高度な制御が必要だった。


常人であれば、一度の失敗で剣も自分の手も砕ける。だがエリーゼは、それを最年少で成し遂げた天才だった。


踏み出しから斬撃までの動きに、無駄は一切ない。


風のように滑らかに、そして雷のように鋭く、魔力を宿した刃が、横一文字に薙ぎ払われた。


その一閃は、魔術式の中心を正確に断ち切り、首を吹き飛ばした。


直後、赤い浪の身体がぐらりと揺れる。


頭部のあった空間には、焦げた肉の断面が浮かぶ。剣の軌跡が空に残り、刹那の静止の後、破裂するように焼け焦げた肉片が爆ぜ散った。


後方の木々も、斜めに薙ぎ払われたかのように真っ二つになった。

大気がひと息吸うように沈み込み、そして静寂が、降りた。


「……ふう。なんとか、終わりましたね」


エリーゼが剣を下ろし、ゆっくりと肩を落とした。


ほんの数秒遅れて、誰かが拳を握りしめる。


「終わったぞ!」


「ゴブ!!」


戦場のあちこちで歓声が上がる。周囲には、仲間の無事を喜ぶ声が広がっている。立ち上がる者、倒れ込んで天を仰ぐ者、傷の痛みに顔をしかめながらも笑う者。


戦いの終わりを迎えたその場に、平和の気配が戻ってきていた。


「なんとかなりましたね。」


ぽつりと漏らした声は、風に消えるように静かだった。


全員の手当が終わり、荷をまとめて王国へ戻る準備を始めたそのとき。エリーゼの足が止まり、ふと何かを思い出したように、辺りを見渡す。


「そういえば、カイルさんはどこにいるんですか?」


見渡す先に、もはや森の面影はなかった。木々はなぎ倒され、あたり一帯には焼け焦げた土と、黒く染まった岩肌が広がるばかり。


エリーゼは一瞬だけ眉を寄せた。


「さっきのはゼルフィアさんがやったに違いありませんね。」


そのとき、視界の奥に人影が見えた。一人、こちらに向かって走ってくる。風に髪を乱し、手を振っているのは――


「カイルさんだ!!」


思わず声をあげ、エリーゼも駆け出す。その姿に、周囲の冒険者たちが目を丸くした。


カイルは顔をくしゃくしゃに歪め、今にも泣き出しそうな表情で叫んでいた。


「エリーゼちゃん! 俺、まじで怖かったよ!」


肩で息をしながら飛び込むように駆け寄ってきたカイルに、エリーゼは困ったように目を細める。


「どこで何をしていたんですか?」


「さっきさ、やばい赤髪の女が来てさ、俺をやばい奴らがいるところに投げつけやがったんだよ!! しかも、俺にハニートラップ仕掛けてきやがってさ!! 許せないよ!!」


声を荒げながら手振りを交えて話すカイル。その勢いに、エリーゼはひとつ息を呑む。


「か、カイルさん……後ろ……」


「え? ええええ!!」


振り向いた先にいたのは、ゼルフィアだった。無言で立ち、腕を組み、目を細めている。


「お前、私が言ったことをもう忘れたのか?」


カイルの顔が真っ青になる。言葉を失ったまま、勢いよく地面に手をついた。


「すいませんでした!! エリーゼがいると、つい甘えたくなってしまうんですよ!!」


必死に叫ぶカイルに、ゼルフィアの視線は冷たい。


「ふざけてるのか?」


「ふざけてません! 後で、ニャンパフのポスターとサイン色紙あげるので、許してください!!」


すがるように言った後、そっとエリーゼが前に出た。


「私の方からも、お願いします。」


深々と頭を下げる。その真剣な姿に、カイルは一瞬ぽかんとした後、目を潤ませる。


エリーゼちゃんは本当良い子だな。こいつとはあまり、関わらない方が良いよ。


「まぁいいだろう。」


ゼルフィアがようやく視線を逸らし、赤い狼の死体へと目を向ける。


「……あれはエリーゼがやったのか。」


「はい。死者も出ずに討伐できて、よかったです。」


小さくうなずくエリーゼに、ゼルフィアの口元がわずかに緩んだ。


「強くなったな。」


「それほどでもありませんよ。」


謙遜するようなその言葉に、ゼルフィアはゆっくりと顔を向ける。


「いや、明らかに私よりも才能ある。早く、騎士団なんかやめて、うちに来い。」


「それは……考えておきます……」


視線を逸らしながら、小さく答えるエリーゼ。その口調には、どこか気まずさがにじんでいた。


「その返事はもう聞き飽きてるんだが。」


「いや……その……」


言葉を詰まらせる彼女の隣で、カイルが唐突に手を挙げた。


「俺が代わりに入りましょうか?」


「は?」


ゼルフィアの目が鋭くなる。


「大丈夫ですよ。俺、強いから。」


キメ顔を作り、ウィンクしながらエリーゼに視線を送るカイル。


決まった。この子は、こいつみたいに騙すようなことはしないからな。


ヒロインは君だけだよ。


「やっぱり、お前は反省が足りないようだな。」


「そういうことじゃないんですよ! 反省してますよ!!」


必死の抗弁に、ゼルフィアの眉がぴくりと動く。


「あはは……」


気まずそうに笑うエリーゼのもとへ、静かにもう一人の足音が近づいてくる。


「私も、もっと強くなります。一人でも多く守るために。」


その声の主はゼリアだった。汗と土にまみれた顔で、それでも凛と前を向いている。


エリーゼは、彼女に向かってまっすぐ頷いた。


「お互い頑張りましょう。」


傷ついた者たちの間を、微かな笑い声と安堵の気配が流れていく。


戦いは終わった。








「はぁ……はあ……」


荒れた呼吸を押し殺すように、フードをかぶった男が暗い森の中を駆け抜けていた。足元はぬかるみ、背後では森の木々がまだ揺れている。空には炎の名残が赤く漂っていた。


男は片手でローブを握りしめ、もう片方で小さな魔石を胸元に押し当てている。淡く光るそれは、空間を跳躍する転移魔法を秘めた、特別な石だった。


「……実験が成功したことを早く報告せねば。」


その呟きには、安堵と焦りが混じっていた。生き延びたのは奇跡に近い。


だが、目的は果たせた。ならば、この命に価値はある。


岩場を越え、暗い木々のトンネルを抜けたその先で、 人影が見えた。


  「……?」



道の先、朽ちた大木の影から現れたのは赤いマフラーを巻いたゴブリン。そして、隣には黒髪を結ったメイド姿の女。



「ゴブウ~」


棒を肩に乗せたまま、ゴブリンが数歩前に出る。気だるげな声と裏腹に、足取りには迷いがない。


男の眉がわずかに跳ね上がる。


「なんだお前らは。邪魔をするつもりか。」


ローブの下から魔力が湧き上がる。指先には既に術式の形が浮かびかけていた。


「いえ、私たちにそんな敵意はありません。このことは口外しないので、ご安心を。」


メイドが深く頭を下げた。ゴブリンも、棒を捨ててぺこりと礼をした。


「ゴブウ~」


男は鼻を鳴らした。


「……まあいい。今はお前らなんかにかまってる場合ではないからな。」


吐き捨てるように言い、二人の横を通り抜けようとした。



その刹那ーー


「は?」


視界がぐらりと傾いた。顔を上げていないのに、空が見えた。頭が……落ちていく感覚。


男の身体が、首から崩れ落ちるように膝を折り、沈む。


ゴブリンは、手刀を突き出したまま、無言で立っていた。寸分の狂いもなく、喉元へ叩き込まれたその一撃は、骨を断ち、命を絶っていた。


「よろしかったのですか、まだ決まった訳ではないんですよ。」


「ゴブ、ゴブ」


メイドが少し視線を伏せ、頷いた。


「分かりました。口を挟むようなことは控えます。」


「ゴブウ~」


返事を残して、ゴブリンとメイドは森の奥へ消えていった。音もなく溶けるように。


その場には、首のない男と、冷えた空気だけが残っていた。



読んでいただきありがとうございます!!いいねと感想待ってます!!

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