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忌まわしきダンジョン③ 修行するぜ!!

前回のあらすじ


カイルは獲物を横取りできなかった。

二階層


広大なホールのような空間に足を踏み入れると、熱気が肌にまとわりついた。


あちこちで剣の金属音が鳴っている。鍛錬する者、荷を広げて素材を仕分ける者、地面に円陣を組んで戦術を話し合っている一団。笑い声と怒号、武器と防具がぶつかる音が重なり合い、ざわめきが天井を跳ね返るように響いていた。


ぼろぼろの布装備に身を包んだ者もいれば、やたら派手な魔導服を纏った貴族風の連中もいる。


そこはダンジョンというよりかは、小さい市場のようだった。


「エリーゼちゃん、なんでこんなにいんの?なりたての冒険者って意外と多いの?」


「いえ、なりたては珍しいですよ。ここでは”属性石”っていうアイテムが手に入るんです」


「属性石?」


「武器につけると属性効果を付与できるんです。たとえば、炎の石を剣に付けると、振るだけで炎を纏うようになるんですよ。」


「なにそれ、めっちゃカッコいいじゃん!!」


「ですが、威力はあくまでおまけ程度です。威力を高めるには、石を素材にして武器を作れば良いんですけど、高いですし、正直魔法を覚えた方が早いんですよね。」


「じゃあなんでこんなに人いんの?」


「貴族たちの間で属性石コレクション”が流行ってるんです。種類ごとに石の色や紋様が違っていて、見た目重視で通ってる人もいるとか」


「やっぱ貴族は物好きな人が多いのね。ってことでーー」


カイルの目がきらっと光る。


「ちょっと探そうぜ!!」


意気込んで周囲を見渡すが、何もない。見える範囲のモンスターは、すでに他の冒険者たちに倒されており、残っているのは踏み荒らされた地面と素材のカケラのみ。


小さな屋台で、属性石を売っている店があったが、そこには人だかりが出来ていた。


「何もすることないですやん」


「そうですね。早いですが、ここで休憩しましょうか」


人の少ない岩陰を見つけ、一行は腰を下ろした。カイルはドサッと大の字に横になり、天井の岩肌をぼーっと見つめる。


「ラシアちゃん、マッサージいいかな」


「え?ここでですか?」


「うん。ちょっとくらいええやん。モンスターもおらんし」


「そうですか......」


ラシアは微かに笑い、静かに背後へ回ると、膝立ちになって指先を滑らせた。カイルの顔が、ふにゃりと溶けた。


「私はゼリアさんに剣術を教えるので、しばらくゆっくりしていてくださいね」


やわらかく言うエリーゼの視線がカイルへ向く。すでに彼は、ラシアの膝を枕にして、あどけない寝顔を晒していた。まるで何もかも満たされたような表情で、深い寝息が聞こえてくる。


「まったく、もう少し厳しくした方が良いのでは?」


ゼリアが腕を組んだまま目を細め、呆れ混じりの視線でカイルを見つめていた。


「まあ、昨日いろいろあって、いきなりここに連れてこられてるんですから、厳しくは出来ないんですよ」


エリーゼが微笑をたたえたままそう返す。だが、ゼリアのまなざしは鋭いままだった。


「でも、あのままじゃ、必ず痛い目に遭いますよ」


「そのときは、私が助けますから」


即答するその声音に、ゼリアの眉がぴくりと動く。


「エリーゼさんは甘すぎますよ」


「その分、ゼリアさんに厳しくするので、安心してください」


「え?」


エリーゼがくるりと正面を向くと、微笑の奥に光るものがあった。空気が一瞬、ひやりと冷たくなる。


「ゼリアさんには剣の才能があるので、ビシバシいきますよ!」


「よ、よろしくお願いします」


ごくり、と唾を飲んで、ゼリアが姿勢を正す。


「それじやあ、剣を構えてください」


「分かりました」


足を引き、ゼリアが構えの型に入ったると、エリーゼの空気が変わった。


「全力で来てください。じゃないと、大けがすると思いますので」


その言葉が口を出ると同時に、緊張が一気に肌を這い上がる。彼女の眼差しは真っ直ぐに、迷いなく、冷たくも温かい”本気”の目をしている。


ゼリアの背筋に、ぞわりと鳥肌が立った。


「いきます!」


彼女が床を蹴ると、硬い石の反響が背中まで突き上げてくる。踏み込みと同時に剣がうなりを上げ、一直線にエリーゼへ斬り込まれた。


だが、その一撃が届くより先に、目の前から気配が霧のように消えた。


剣先が空を切る。視界の端、エリーゼの影が滑るように姿勢を沈め、軸をずらすのが見えたと思った次の瞬間。


腰の脇に、骨を鳴らすような重い衝撃が走る。


「ぐはっ」


柄の一撃が腹に食い込む。肺から無様に息が漏れ、剣を支える膝が思わず石床を叩いた。


「早く立て直さないと、本気で斬りますよ」


背後からかすかに届く声は柔らかい。だが、肌の奥を針のように突く冷たい圧が潜んでいた。


彼女の足が無意識に一歩後ろへ引かれる。視線が絡むと、わずかに震える自分の腕が目に映った。


このままじゃ、飲まれてしまう。


エリーゼの足音が一歩ずつ迫るたび、剣先が地を擦り、重い空気がまとわりついてくる。


引いても、無意味だ。なら、攻めるしかない!!


喉の奥で呼吸を一度だけ殺し、ゼリアは顔を上げる。正面に立つエリーゼの瞳と視線が重なる。


「さっきのと、同じですか」


「それはどうですかね!」


吐息と同時に地面を蹴る。床を滑るように踏み込み、腰を捻り、剣を振るう角度を思い出す。


昨日、エリーゼが見せたあの一瞬――あれを、体に刻み込む。


踏み出す足の向き、重心の乗せ方、刃の軌跡。


「一式、立風!」


風を切り裂く音が小さく空気を震わせ、全身の筋肉がしなる斬撃が鋼を捕らえた。だが、


キィンッ!


彼女の剣がわずかな動きで軌道を弾き、火花のような金属音が散った。


「流石ですね。素晴らしい才能ですよ」


笑みを浮かべて立つエリーゼに、ゼリアの視線が細く尖る。


「あなたに言われても、何も感じないんですが」


噛みつくように吐き捨て、何度も刃を振り上げる。だが一撃も届かない。エリーゼは片手だけで、鋭い軌道を正確に弾き返していた。。


刃と刃が鳴り、軌跡が空を裂くたび、石壁に音がこだまする。


「ゼリアさんは昨日教えたことを覚えていますか?」


「……今の私は確かに、それが出来ていませんでしたね。」


言葉とともに、ゼリアの動きが微かに変わった。直線だけだった剣筋が波のように重なり、揺らぐ。


一瞬の隙にエリーゼの目が細められる。


「うまく出来てますよ。」


相手の目を見ない。視線に剣を預けない。ただ剣が斬るべき道を描き出す。


先ほどまでの単調さが跡形もなく溶け、ゼリアの剣筋は、生き物のように流れていった。



「私も、そろそろ攻撃に転じましょうか」


言い終えたと同時に、地面を踏み込む鋭い音が鳴った。エリーゼの動きはまるで残像のようで、ゼリアは視線すら追いつかない。


光の線を引くような剣筋が襲いかかり、対応する余裕はどこにもなかった。


頬、肩、腕。肌のあちこちが浅く裂かれ、じわりと血が滲む。


「防御だけじゃ意味が無いですよ」


すでに次の斬撃が迫っていた。ゼリアは後退しつつ、彼女の先ほどの動きを頭の中で再現する。


体の軸をずらし、腰を沈め、上半身を折り畳むようにして剣線をいなす。


だが、その剣は避けきれない。鋭さはそのままに軌道を変え、ゼリアの喉元へと突きつけられていた。


全身に戦慄が走る。反応できない。体は固まり、ただ剣先を見つめるしかなかった。


「とりあえず戦闘はここまでにしましょうか。素晴らしい成長速度ですよ。」


剣を下ろし、ゼリアにポーションを手渡した。


「いえ、私なんか全然ですよ.....」


「一式を見よう見まねであそこまで完成させたのには、言葉が出ないくらいすごいことです。」


「ありがとうございます。」


ホーションの栓を開け、口に含むと苦味が喉をかすめて抜ける。体にじんわりと温もりが広がり、傷口がみるみるうちに塞がっていく。


「次は、一式の立風の練習をしましょうか。」


「お願いします。」


エリーゼは無言のまま、ゆっくりと壁の前へ歩みを進めた。足音が石床に吸い込まれるたび、空気の温度がひやりと沈んでいく。


剣をゆるりと構え、わずかに肩が上下する。足先が地を踏みしめると、床から伝わる振動がゼリアの足元にも届いた。


「見ていてくださいね」


その声が耳朶を打った直後、視界が白く切り裂かれた。風が舞い、銀の軌跡が壁を斜めに裂く。


鈍い衝撃音が洞窟のホールを満たし、余韻のように石の粉がはらはらと落ちる。


「立風は元々、相手に牽制や目くらましのために使うことを目的として、生み出されたと言われています」


静かな声が壁の爪痕の前に漂う。ゼリアは喉を鳴らし、細く息を吐くしかなかった。壁面には、鋭い一閃の証が深々と刻まれている。


先ほどまでの穏やかな空気が嘘のように、剣先の気配が空間を震わせていた。


「なので、スピードがとても大事です。ゼリアさんには力がありますが、少し大振りなのでスピードが遅いんですよね」


「分かりました。私もやってみます」


ゼリアは小さく足をずらした。呼吸をひとつにまとめ、胸いっぱいに吸い込んだ冷たい空気を刃に乗せる。


重心を低く、剣を構え、手の力をほんの僅かに抜く。一瞬の溜めが、刃先の光を強くした。


一気に踏み込み、腰をひねり、全身をひとつの線に縫い合わせて振り抜いた。


金属が石をかすめる甲高い音が、耳を裂く。壁に跳ねた火花のような光が散り、一筋の薄い線が浮かび上がった。


まだ深くはない。だが確かに、そこに軌跡が刻まれた。


エリーゼの口元がふっと緩む。


「ゼリアさんは人の動きを真似するのが得意なんですね」


「…..自分でも気づけていませんでした」


胸の奥で小さく火が灯るような感覚があった。剣を支える手の甲に、汗がにじむ。


「私を超すのも時間の問題ですよ」


その柔らかい笑みに、ゼリアは思わず視線を落とした。指先が微かに震え、喉が言葉を拒む。


この人は自分の強さがわかっていないのか?



眉がわずかに引きつり、目線が壁の傷跡をなぞるように揺れた。口を開きかけて、ただ喉奥で息が詰まる。


……どう考えても、あなたの方が恐ろしいですよ。





「今日は色々と勉強になりました」


「これから、毎日鍛えていきましょう!」


「お願いします」


ふたり並んで歩き出し、さきほどまでカイルとラシアがいた岩陰に戻る。だが、そこには誰の姿もなかった。


「どこにいったんですか?」


エリーゼが周囲を見渡すと、遠くからざわめきが押し寄せてきた。


フロアの奥で、色とりどりのスライムに追われながら、カイルとラシアが逃げているのが分かった。


「早く、あのスライムを討伐するぞ!!」


「なんだと!あのスライムは俺のもんだ!」


「いいえ、私たちのものよ!誰にも邪魔はさせないわ!!」


その後ろから、スライムを追いかける冒険者の大行列。


「エリーゼさん!ゼリアさん!早く助けてください!」


「なんで二階層でこんな目に遭わなきゃいけないんだーー!!」


カイルの叫びが、盛大なパニックの波の中に響いた。


地響きのようなスライムの跳ねる音と、冒険者の強い意志。


ふたりの冷静な視線が静かにそこへ向いて、ゼリアの深いため息が落ちる。


「本気で殴りたい......」


読んでいただきありがとうございます!!いいねと感想待ってます。  

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