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オタクOL、推しでひな壇を飾る

作者: 平瀬ほづみ

「美月、今年もひな人形出したよ。きれいに飾れたわ」


 帰りの電車の中でスマホを開く。

 スマホの画面に表示された母からのメッセージに、美月は思わず微笑んだ。

 美月の実家には立派な七段飾りのひな人形がある。美月が生まれた時、美月の母方の祖父母が奮発して買ってくれたものだ。


 遠方に住む母方の祖父母にはめったに会いに行けなかったから、母は美月と二つ年下の妹を並べて毎年このひな人形の前で写真を撮り、祖父母に送っていた。

 やがて美月は大学進学を機に家を出た。二年後、妹も続く。


 娘たちがいなくなっても母は毎年ひな人形を出しては、祖父母と美月、妹に写真つきで報告していた。

 美月が大学一年生の時に相次いで祖父母が亡くなってからも、美月も妹も都心で就職が決まってからも、ずっと。


 気が付けば、家を出てから十年の年月が過ぎていた。

 仕事はおもしろいが、時間が不規則で大変疲れる。若さで乗り切っている自覚はある。癒しはスマホの中で笑いかけてくれる推したちだけ、という状況も、なかなかではないだろうか、と思っている。

 彼氏ほしい。


 美月はスマホから目を上げて、車窓に映る自分を見つめた。

 ちょっと疲れた顔のコート姿の女性が、美月を見返す。

 そういえば、家を出てから一度も母がひな人形を出すのを手伝っていない。それどころか、七段飾りを見に帰省したこともない。


 七段飾りのひな人形を飾るのは大変だ。

 子どものころ、母の号令で妹と一緒にひな人形を飾ったことを思い出す。

 妹とお雛様を飾るのは自分だと争い合った覚えもある。

 三人官女は誰が一番好きとか、五人囃子の代わりにぬいぐるみを並べたりとか。


 ――忘れてたなあ。


「そうだ」


***


 都内のワンルームに帰宅後、美月はバッグを放り出しコートを脱ぐと、スーツ姿のまま棚のフィギュアを整理し始めた。

 一番上に置くのはやっぱり推しでしょ。


 ――野郎二人を置いたらさすがにアカンか……?


 さすがにアカン気がするので、その案は却下して。

 見栄え重視で、「魔法少女☆ステラ」のヒロインとその相手役の男の子を最上段に、三人官女には「プリンセス・ルナ」の戦士たち。五人囃子には某少年漫画の暗殺チームだ。うわ、絵面があんまりだな……。

 ぼんぼりとか菱餅といった小道具がないのでひな人形感がいまいちだが、まあいいや。 完成した光景をスマホで撮影し、母に送った。


「私も今年はひな人形を出したよ! これが私のひなまつり!」


 送信ボタンを押した後、少し照れくささも感じたが、どこか誇らしい気持ちもあった。


 数分後、母からの返信が来た。


「ずいぶん賑やかね。五人囃子がボディーガードに見えるけど、ひな壇飾りに見えなくもないね」


 美月は笑いながら返信を打った。


「そうそう! 最上段が夫婦で、下の段は家臣たちっていう位置づけにしたの。伝統的なひな人形とコンセプトは同じでしょ?」


 送信後、美月は棚の前に座り込み、フィギュアたちを眺めた。子どもの頃、母と一緒にひな人形を飾った記憶が蘇る。あの頃は雛人形の名前と役割を教えてもらいながら、ひとつひとつを大切に並べていた。


 一月から三月は繁忙期に当たる。今の仕事をしている限り、帰省することは不可能。それでも帰りたいな、と思ってしまった。

 ひな人形を出す母を手伝いに、実家に帰りたいな。

 不意にスマホが鳴る。びくっとしてスマホを見ると、母からだった。


「写真見たわよ。本当にあなたらしいわね」


 母の声には優しさと少しの寂しさが混ざっていた。


「いいでしょ!」


 それからしばらく、母と話をした。

 久しぶりにしっかり母の声を聞いた。


「元気そうで安心したわ。体に気を付けるのよ」


 お決まりの文句で通話が終わる。

 美月はスマホを手に、しばらくぼんやりしていた。胸がじんわりと温かくなる。まるで実家に帰った時みたいだ。


 美月は再びフィギュアのひな壇を見つめた。

 繁忙期には休めないけれど、繁忙期が終わったら一度帰省しよう。それまで、ひな人形を出していてもらおう。母と一緒に片付けをしよう。

 母のことだから、婚期が遅れると嫌がるだろうか。


「こっちを早くに片付ければチャラになるんじゃない?」


 よくわからない屁理屈をこね、美月は立ちあがった。スーツを脱いで片付けて、急いで晩御飯を食べてお風呂に入って、日課にしているスマホゲームを進めて、明日に備えて寝なければ。

 明日もきっと、忙しいから。


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