第十三話
勉強は嫌い、手仕事は×、おまけに飲み屋で堂々とバイトしているような私のどこが気に入って先生は付き合ってくれているのか、その辺は私には分からない。
これが『恋は盲目』というなら早坂先生はお墨付きの『全盲』だった。
「じゃあ受験はないんだ、よかったね」
先生は半ば嬉しそうに言って、私の顔を見た。
「そう、だからこうして先生の所にも遊びに来れるよ」
その時先生の顔に一抹の不安がよぎったのを私は見逃さなかった。
「それはいいんだけどさ、って言うかオレは嬉しい。そう言ってもらえると。でもお家の人が心配するんじゃない?」
「どうして?先生のお家に来ちゃいけないの?」
私はまだ子供だった。先生のいない時によからぬ想像をしても、こうして清潔感溢れる先生の顔を見ていると二人が『してはいけないこと』に関わるとはどうしても思えない。先生がアドバンテージを取らない限り、私からは何もできやしない。
若い独身の先生とこうして二人きりでいても何の危惧も持たないどころか、そんな男女の絡み合いは私の頭から不思議と綺麗サッパリ消えてしまう。
「やっぱりオレも男だし」
先生が視線を落としてポツリと漏らした。
「やあだ、そんなこと分かってますよ、先生が男だってことくらい」
いいえ、私は何も知っちゃいなかった。
男の人の性欲が時に、それ自体が獰猛な獣になってコントロールが利かなくなっちゃうという哀しさも、それを押さえる為には全神経と精神をもって闘わなきゃいけないことも。
そういう意味で私の無知は残酷で非情だった。
私にとっての早坂先生は『聖なる恋人』であり、『清き偶像』だった。
まちがっても息を荒げ、肌に汗を浮かべて私に挑んでくる理性のない獣ではなかった。
この男の色香、漂うような先生を前にし、豪奢な家具に囲まれた居間で、お茶、いやコーラを飲み、小さなプチフールを思わせるお菓子を食べながら、とりとめのないお喋りをする時が私にとって最大、最高の『ロマンチシズム』の体現であり、先生はその舞台にあって微塵の穢れもない完璧な恋人だった。
なんと私は『浪漫ちっく上等』な少女だったのか、それを今、思うと笑っちゃうし、これを読んでる読者の方々も呆れ返るばかりか、お退屈になってしまうということはわかるんだけど。
これがR18じゃなくてたったのR15なる小説だという事をくれぐれもお忘れなく。読者の幅を広げるにはこうするより致し方ありませぬ。(って急に時代劇言葉使ってどーするんだ)
先生はジャケットを着ると私をマンションの裏庭に誘った。
「こんな寒いのにやだなぁ」
と言う私の手を引いて外へ出た。
「きっとだいぶ(雪が)積もってるよ」
先生は自分のマフラーで私の頭と顔の一部までぐるぐる捲いた。
「ミイラみたいだなぁ、でもこれなら見られても大丈夫」
先生が絶対の安全を保証するみたいに言ったけど、私は心のどこかで先生は見られることを自分の為には心配してないように思えた。
誰もいないマンションの裏庭は木も池の縁も、ガーデンにあるベンチやテーブルにもこんもりと雪が乗っかっていて、いつも5階の先生の部屋のバルコニーから見る風景と違い、小さな銀世界が広がってた。
サクサクと音を立てて歩く庭にはまだだれも足跡をつけていない。
まるで私たちだけのためにそっと残された白い空間。
「先生、綺麗ね。ここのお庭」
いい終わらないうちに冷たい雪の飛礫が私の顔面に当たった。
「痛って、」
私の怒った顔を見て先生がゲラゲラ笑ってる。
私は思いっきり大きい雪球を作って先生に向かって投げた。
雪球は惜しくも的を外れ木の枝に当たり、枝から落ちた雪がバサバサと先生の上に落ちた。
キラキラ光る雪片にまみれて笑ってる先生は子供みたいに無邪気で、私のほうがちょっとお姉さんのような気さえした。
「下手だなあ、津田さん こうやって投げるんだよ」
むかってくる雪球を避けようとして積もった雪に足を取られる。
その私に容赦なく白い雪がかかる。
『あんたはSかい?』
先生は雪国育ちだから、このくらいの雪はなんともないのか何度か顔面ヒットを喰らっても可笑しそうに転がったり、私に雪の塊を何度も浴びせた。
私達は雪まみれになり溶けた雪が袖口や襟から沁みて冷たくなるまで遊んだ。
雪はその日、遅くなるまで降り続いた。
つづく