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下天の夢  作者: 青木 航
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8

 翌年、平手政秀の骨折りで話が纏まっていた、斉藤道三の娘・帰蝶が輿入れしてきた。

「どうせ、親父と蝮の妥協の産物として来た女だ。わしがどうであろうと関係有るまい」

 そう思って信長は、袖を切った湯帷子ゆかたびらに腰に縄を巻いたいつもの姿で美濃から来た姫を迎えた。

 家老達はいずれも苦虫を噛み潰したような表情をしていたが、信長が独裁宣言をしてしまったので、叱責するような真似は出来なくなってしまっていた。

 既に述べた通り、それでも我慢が出来なければ、古渡城へ出向いて信秀に泣き付くしか無い。しかし、それは取りも直さず、己の無能さを認めることになってしまうので、出来なかった。

 傅役もりやくとなっている平手政秀だけは、悔しさをにじませながら信長に説教した。

「姫が呆れたり、殿を嫌うだけならまだしも、美濃に逃げ帰って、怒った道三殿がいくさを仕掛けて来たらどうなさるおつもりですか? 必死で和議にぎ着けたことをお考え下さい」

「蝮の娘は逃げ帰ったりはせぬ。考えてみよ。親父殿が負けたいくさの和議に、何故、娘を人質同然に差し出すのか? 逆であろう。理由は、その方らも申した通り、わしが噂通りのうつけかどうか見極め、攻め滅ぼせるかどうかの情報を取らせる為に寄越したのであろう。すぐに逃げ帰ったりはせぬ」

「そこまで分かっていながら、何故?」

と政秀がとい返す。

わしはな、もっと遠いところを見ておる。つべこべ言わず従っておれば良い」

「勝手になされ!」

 平手政秀は、鼻から強く息を吐いて下がって行った。


「美濃の姫様御一行が到着されました」

との報告を聞くと、信長は、そのままの格好で小部屋に移った。

 この部屋で、式三献しきさんこんと呼ばれる結婚の儀式が行われる。と言っても至って簡素な式で、父・信秀を始め、親族も参列する分けでは無い。信長が正面に席を取り胡座あぐらをかいて鼻毛を抜いていると、侍女一人を伴って、白の衣装に同じく白い被衣かつぎで頭部を覆った女が礼をして入って来た。

 女はかつぎを取り、脇に置くと、敷居手前で侍女共々信長に礼をし、

「斉藤道三の娘・帰蝶に御座います」

と挨拶した。信長は帰蝶をねめるように見据え、無作法にも、

「蝮に何を命じられて来た?」

と聞いた。帰蝶に従って来た侍女の顔が強張こわばるのが分かったが、帰蝶はにっこり笑って、

「三国一の婿故、必ず添い遂げよと命じられて参りました」

と返した。

「よう申すわ。うつけかどうか見極め、噂通りのうつけなら、攻め滅ぼす段取り致せとでも命じられて来たのではないか?」

と突っ込む。帰蝶は顔を上げ、

「その時は、父の手を借りるまでもなく、この手で刺し殺す覚悟で御座いましたが、どうやら、その必要は無いかと思います」

と落ち着いて答えた。

「面白いことを言いおる。この格好を見てうつけと思わぬとは、そなたの両の目は節穴と見える」

「そうで御座いましょうか?」

と、帰蝶は笑みを湛えたまま平然としている。信長もニヤリとした。そして、

「面白き女子おなごじゃな。此れへ参れ」

と脇の席を示して言った。礼をすると、帰蝶は部屋の奥に進み、向き直って信長の右隣に座った。

 式三献しきさんこんは、花嫁が輿こしから降りた後、花嫁道具や警護の者達は別室に進み、花嫁と侍女だけが花婿の待つ部屋に通り、花婿と花嫁、侍女だけの部屋で行われる儀式である。花嫁が酒に口をつけ、次に花婿が飲み干し、これを3回繰り返して、帰蝶と信長の縁組の儀式は、至極簡単に終わった。

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