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下天の夢  作者: 青木 航
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『信長は拾六、七の頃までは特にこれといった遊びにふけることもなく馬術を朝夕に稽古し、また三月から九月までは川で水練をした』

(*太田牛一著『信長公記』より)


 信長はそれ以前(元服前)に父・信秀から那古野城なごやじょうを譲られていて城主となっていたのだが、信秀が期待するような聡明さを見せていたのではないかと思われる。ところが、信秀が苦境を乗り切る策として、斉藤道三と和議を結び、その娘・帰蝶との婚姻を前に道三に挨拶に出向いた天文17年(1548年)頃の信長の描写はこうなる。


『その頃の信長の身なり・振る舞いと言えば、湯帷子ゆかたびらを袖脱ぎにして着、半袴はんばかま。火打ち袋やら何やらたくさん身につけて、髪は茶千髷ちゃせんまげ。それを紅色べにいろとか萌黄色もえぎいろとかの糸で巻き立てて結い、朱鞘しゅざやの大刀を指していた。お付きの者には皆、朱色の武具を付着けるように命じ、市川大介を召寄せて弓の稽古。橋本一把はしもといっぱを師匠として鉄砲の稽古。平田三位ひらたんみを絶えず召寄せて兵法の稽古、それに鷹狩りなど。

 とくに見苦しいこともあった。町中を歩きながら、人目もはばからず、栗や柿はいうまでもなく、瓜までかじり食い、町中で立ったまま餅を食い、人に寄りかかり、いつも人の肩にぶら下がって歩いていた。その頃は世間一般に折り目正しいことが良いとされていた時代だったから、人々は信長を「大馬鹿者」としか呼ばなかった。

(*太田牛一著『信長公記』より)


 帰蝶との婚姻は十六歳頃と言われている。つまり、この頃信長の奇行が始まっていると言われているのだが、同時に、弓鉄砲、兵法を貪欲に学び始めているのだ。

 一体、この頃の信長に何があったのか? 普段の振る舞いは虚気うつけと言われるものでありながら、同時に武将として必要なモノを真剣に学び始めている。



 織田真人まひとは知能、体力ともに人並み優れた学生である。

「織田君、いい? これから君は一旦意識を失うことになります。次に意識が回復する時、君の意識は先祖に当たる織田信長の中に有る筈。信長の意識と君の意識がどんな風に入れ替わるか、正直、それは未知です。思わぬ混乱が生じ、カオスとなる可能性は有ります。或いはこれは許されない人体実験と言うことになるのかも知れませんが、私たちはその必要性を痛感し、君も合意してくれたので、この壮大な実験を挙行します。後悔は無いですか?」

 幸田美幸助教にそう念を押され、

「もちろんです。やって下さい」

と織田真人は答えた。

「転送時点で、君の体は底に残るが、意識は500年タイム・トリップする」

 橿原かしはら教授がそう確認を始めた。

「幽体離脱みたいですね」

と真人が返す。

「ま、そんな風に考えてもいいが…… 大事なのは、移った瞬間は信長の意識が大半を占めているということだ。徐々に君自身の意識が覚醒して行くと共に、信長の意識は薄れて行く。その時点では、混乱と言うか、かなりのカオスとなるだろうが、そこで君がどう意識をコントロール出来るかと言う事なんだな。信長の意識を出来る限り記憶しながら自分の意識に移って欲しいんだ、難しいだろうがな」

「どうなるか想像も付きませんが、精一杯やります」

「頼む。じゃ、Good Luck」

 織田真人は目を閉じ、暗くなったドーム内に雷雲でも発生したかのようなスパークがあちこち移動しながら飛び始めた。

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