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下天の夢  作者: 青木 航
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 村木砦を攻めるに際して、留守となる那古野城を守る為に、美濃の斎藤道三の兵を城に入れようと考えていると信長が言い出した時、重臣達は一樣にとんでもないと思った。

 斎藤道三と言えば、長年の宿敵であり、同時に最も油断のならない相手であるというのが、彼らの共通の認識であったのだから無理も無い。

 しかし、信長の道三に対する見方は正徳寺の会見以来変わっていたのだ。

『父亡き今、道三様を父と思い、孝行させて頂きたいと思うております』

と言ったのは、お世辞でも油断させる為の甘言でもなかった。相対した時、道三が信長を見込んだと同時に、信長の方にも道三を信じようと言う気持ちが湧いていたのだ。

 理屈で言えば、道三も美濃国内に不安定要素を抱えていたし、信長に至っては内外共に敵ばかりであったから、お互いが結び付く利点は確かに有ったのだが、そうした不安定な利害以外に対面して見詰め合った時、強く感ずるモノが有ったと言うのが、正確なところだろう。

 道三と言う男、単に相手が自分の力にすがって来ていると感じたら、騙して踏み潰してやろうと考える男だ。信長のモノを見る目、先を見る目を感じ取り認めた上の事であり、それを信長自身も感じたからこそ、道三を信じ、頼りにしようと思ったのだ。

 これは、信長と道三の間に生まれた感覚であるから、当然、重臣達に理解出来るものでは無かった。


 信長の要請に応えて、道三はすぐに西美濃三人衆の一人安藤守就に1000人の兵を付けて送って来た。

 安藤は那古野城には入らず、那古野城の近く、志賀・田幡に布陣し、攻め寄せて来る敵がいれば、ここで防ぐと信長に伝えて来た。那古野城に入れば、信長はともかく家臣達の不安を招くだろうと考えた道三の配慮からであった。信長はすぐに陣に出向き、安藤に礼を述べた。


 信長軍は翌日に出陣するはずだったが、林秀貞・通具の兄弟が不服を言い、帰ってしまった。道三を簡単に信じている信長に不安を持ったのだ。

 一般に知られている信長の性格であればこんな態度を取られれば激昂し、下手をすれば成敗と言う事態に至ってもおかしくない。だが、この時代の信長の力はそんなに強くなかった。ここで内輪もめを起こしては、家中が割れる恐れがあった。

 信長である真人まひとは、林兄弟の造反を無視した。気にする様子も見せず、そのまま出陣したのだ。


 1月21日、織田軍は熱田に至り宿泊した。翌日川を渡る予定であったが、非常な強風だったため船頭・水夫たちが船を出すことに反対した。

「船出すれば、必ず沈没するのか?」

 信長は船頭にそう尋ねた。

「いえ、必ずひっくり返るっちゅう分けではありゃあしませんが、よほど腕の有る船頭でなければ危のう御座いますし、まあ、舟を出す者は居りませんでしょう」

「お前は腕が無いのか?」

と聞いた。

「いえ、そんなことはありませんが、女房、子供も居りますし……」

「三倍払おう。舟を出してくれ」

 船頭は他の者達とコソコソと相談を始めた。

「大丈夫で御座いましょうか?」

と家臣の中に不安がる者も居たが、

「船頭がああ言うなら、敵は、我等が足止めを食っていると思うに違いない。沈まぬ運があれば、いくさにも勝てる。我等に運が無ければそれまでじゃ」

 そう言って信長は、無理に船を出させた。村木砦は南に当たり、冬の強い北風に乗って舟は進む。岸や浅瀬に舟が当たらぬよう、また、転覆しないように、船頭達は必死で竿を刺して舟を操る。その結果、上流から下流への移動ということもあり、舟は20里《約80キロ》の道程を僅か一時いっとき(30分)で走り抜けた。



 その晩は緒川城に泊まり、24日払暁、辰の刻(8時)から村木砦に攻撃を開始した。

 砦には3つの狭間が有り、信長は鉄砲隊の者達にそれぞれ持ち場を割り振って担当させ、鉄砲を取り替えては撃たせて牽制しながら、手勢に堀の堤を登らせた。

 織田軍が攻め続けたことで村木砦側は負傷者・死者が増え、ついに降伏したいと伝えて来た。

 味方にも多数の死者が出ており、薄暗くなって来ていたので、信長は降伏を受け入れ、後の始末は水野忠分に任せて引き上げた。

 勝ち戦とは言え、信長が常にそばに置いて近習きんじゅうとして使っていた小姓達の中にも、何人もの死者を出してしまったことが悔やまれた。

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