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下天の夢  作者: 青木 航
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 正徳寺での会見の席、信長は正装に身を正して道三どうさんと面会した。

 道三は、信長が長槍、弓、鉄砲を持った八百ほどの足軽隊を含む軍勢を率いて来ていることを、納谷に隠れて見ていたのだが、何も知らない振りをして、悠然と上座に着いた。

 直垂ひたたれ姿で背筋せすじを伸ばし正面を見据えて座していた信長は、道三が入って来ると折り目正しく頭を下げて礼をする。

「始めてお目に掛かります。弾正忠だんじょうのちゅう・織田三郎信長に御座います」

と挨拶する信長に、

斎藤山城さいとうやましろじゃ。婿殿、良う参られた」

と道三が返す。

義父上ちちうえにはご挨拶が遅くなり申し訳無いと思うておりましたところ、図らずも書状を頂き早速参上致しました。帰蝶も恙無つつがなく過ごしております」

「そうか。それは何より。信秀殿、急な事であったな。立派な男であった。長く争った相手ではあるが、何故か友を亡くしたかのような気分になっておる」

「恐れ入ります。かつては相争った間柄とは言え、帰蝶を妻に迎えた今は身内に御座います。父亡き今、道三様を父と思い、孝行させて頂きたいと思うております」

 納屋から軍勢を目にしていた道三は、無言の圧力を掛けながら、下手に出て同盟を持ち掛けている信長の策士としての器量を見せ付けられた想いがした。我が子達が到底太刀打ち出来る相手では無いと思った。

 信長に取って、尾張国内を平定する為に道三と組むことは必須の事なのであろうが、信長にこれほどの器量が有るなら、美濃みのに取っても自分に取っても、損な同盟では無いと認識した。


 道三との会見を終え戻る時信長は、もはや奇矯な風体ふうていには戻らず、直垂ひたたれのまま、威儀を正した姿で軍を率いて那古野城下に入った。

 うつけの殿が、いきなり軍勢を催して出陣した時、突然何処を攻めるつもりかと民達は驚き、もし負けて逃げ帰って来るようなことが有ったら大変なことになると案じていた。

 信長が凛々しく変身したことに何よりも驚いたのだが、同時に、無傷の軍を従えて入城して行く隊列を見てほっと胸を撫で下ろしたのだ。


 驚きが収まると、何が有ったのか当て推量、憶測のたぐいが飛び交う。

 たまたま、美濃方面に出掛けていた者が軍勢を見たと言いふらす。そして、美濃の斎藤道三と会ったのではないかと言う噂が飛び交う。しかし、何故、武装した数百の兵を引き連れて行ったのかと言う詳しい事情に付いては、暫く判明しなかった。やがて、信長がうつけではなく、敵をたばかる為にやっていた策であったと言う噂は、あっという間に城下に広まった。


 旅の商人だと言う口の達者な男が居た。若いくせにひたいしわの多い男で、猿のような顔をしていた。

「袖なし湯帷子ゆかたびら半袴はんばかまに荒縄の帯を巻いた姿。みんなそれが誰か知ってるやろう。ところが、衝立の陰で直垂ひたたれ姿に着替えた殿様は、柱に寄りかかって道三を待っていた。そこへ道三が入って来た分けやな。殿様は、慌てる事なく下座に座って丁寧に礼をした。そんな殿様を見て、道三は驚いた。なんでやと思う。うつけの格好のまま馬に乗っている殿様を、道三は陰に隠れて見ていた。それで、策を考えてた分けや。その格好が無礼だと言い掛かりを付けて、殿様を討ってしまおうと思うたんやな。だから、直垂ひたたれ姿で座っている殿様を見た時、びっくりしたんやがな。これでゃあ、無礼ととがめる訳にはいかんやろがな。な、そうやろう」

 そんな風に滑舌良く語る物売りの男の周りに集まった民達は、道三を手玉に取る信長の姿に胸すく想いとなり、大笑いし拍手を送った。


 これは、うつけ信長の評判を払拭し、新しい信長の姿を臣下たちや民達に知らしめる為に取られた策だった。

 信長の筆頭家老・林秀貞の与力に前田利昌と言う男が居た。その子・孫四郎・犬千代は派手な格好をして歩くのが好きな暴れ者だと聞いた信長は、その若者が気に入って直臣じきしんとし、小姓とした。


 これを機会にうつけの噂を払拭し、新たな信長像を作り上げようとしていた信長が、小姓達に妙案は無いかと尋ねたところ、この犬千代が、

「それなら、使える男を知っております。口先三寸で生まれて来たような男で、人誑ひとたらしに掛けては天下一ではないかと思われる男です。この男に噂を流させましょう」

「そうか。では、やらせてみよ。働きに寄っては小者として使ってやると餌を投げておけ」

「ははっ。お任せ下さい」


 そんな経緯いきさつが有って、見て来たような噂を振りまいているのが、この物売りに扮した男・藤吉郎だった。

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