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下天の夢  作者: 青木 航
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 真人まひとの知っている歴史より、信長の父・信秀の死は一年以上早かった。

 真人の知る史書では、信秀、信広、信行らのほか、重臣達の見守る中行われた、那古野城下での信長軍の行軍の模様を伝えていた。

 史書に曰く、三間半さんげんはんの朱槍500本、弓・鉄砲500挺を持たせた足軽隊を従えて、信長は、信秀らの見守る前を堂々と行進し、信秀が、信長の兄弟達や重臣達に、世間に秘して行っていた信長の準備の様子を説明し、うつけの真似をすることに寄って、美濃、三河、駿河、更には尾張の中の敵にも漏れぬようにしていたことを語った。

 それが為、一同信長の家督相続に納得し、弾正忠家だんじょうのちゅうけが一つになったとされていた。

 それが行われる前に、信秀が急死してしまったということである。真人の知る歴史と全く違うことが、目の前で起こっている。周り中が信長を見下している中で、どう弾正忠家を纏め如何にして尾張を掌握した上で天下統一に向かって行けば良いのか。真人まひとは暗澹たる気持ちになった。

 そこへ葬儀の案内が来たのだ。しかも、信長抜きで準備が行われ、今日が葬儀の当日だと言うことで、身支度をする暇さえ無い。信長が末森城に着く頃には葬儀は始まっている筈なのだ。

 頭に血が登った状態で駆け付け、居並ぶ母や信行、そして、父の重臣達を見た時、思わず抹香を祭壇に投げ付けていた。


 事はそれだけで終わらなかった。父・信秀の葬儀から数日経った日。帰蝶をも遠ざけて一人想いにふけっていた信長の部屋に、林秀貞が入って来た。暗い顔をしている。

「お邪魔致します。宜しいでしょうか?」

 チラリと視線を送った信長だが、渋い表情を見て、”葬儀の件で何か言いに来たのであろう“ と思った。

「なんの用だ」

 こちらも不機嫌な表情で聞いた。

五郎左ごろうざみずから命を絶ちました」

 五郎左とは平手五郎左衛門政秀のことである。信長は一瞬声を出せなかった。無言で林秀貞に鋭い視線を送った。

「腹を切りまして御座います」

“貴方のせいだ” と秀貞に責められているような気がした。

『何故だ』とは聞けなかった。

「爺は何処にる?」

と聞いた。


 家老達のたまり部屋で、平手政秀は腹を切って死んでいた。突っ伏した姿そのままで、他の家老達、小姓達が周りを取り囲むように座しており、信長の見聞を待って遺体の収容を行おうとしているところだった。

「遺書は?」

と信長が聞いた。

「御座いません」

と小姓の一郎太が答える。安祥城をめぐる戦いの敗戦の責任を取ったと言うことなのか、それとも、信長の傅役もりやくとして、奇矯な振る舞いをいさめようとしてのことなのか。遺書が無い以上分からない。

 ただ、いくさの勝敗は時の運。戦国時代の侍がそんな事でいちいち死ぬ訳は無い。そこに死ぬ理由を見付けるとすれば、”あるじであるわしを無視して出陣し、このザマか?“ と咎めた自分のひと言だろう。しかし、あれから日も経っている。今、突然にと考えるには無理が有る。とすれば、やはり父の葬儀での振る舞いを末森城の者達から責められて、わしいさめる為に命を経ったと言うことなのか。家中かちゅうの者達もそう取るに違いない。

 信長、いや真人まひとはそんな風に考えていた。

「どうか、五郎左ごろうざの遺志お汲み取り下さい」

 秀貞ひでさだが、重々しい調子でそう言った。

 元の世界であったなら、父の死で感じるのは悲しみだけだろうし、平手政秀の死にはひどいショックを受けたことだろう。しかし、人の死と争い事が日常的な世界に放おり込まれたせいなのか、真人が感じたのは、不条理に対する怒りのみであった。

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