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下天の夢  作者: 青木 航
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 母の嫌悪感をむき出しにした眼差しとは対照的に、父・信秀は面白いモノでも見るような目で信長を見た。

「入れ。文句を言いに参ったのか?」

 信秀はそう言った。

「安祥城に行く。止められても行くつもりだが、ひと言断っておこうと思って参りました」

 信長は、そう言葉を返した。

「突っ立ってモノを言うな。ま、座れ」

 そう言われて、信長は父の前に座り、一応、頭を下げた。

「平手を信用しておらんのか? 平手は経験も実績も有る男だ。お前が行った方が勝てると思う理由は何か? 家臣達も、うつけのお前のめいよりは平手の方を信頼して従うのではないかな」

 そう言われて、信長には返す言葉が無かった。

「うつけの真似はなんの為だ。敵にはあなどられ、家中かちゅうではあざけられ、なんの得が有る?」

 そう詰められた。

「袖は邪魔なだけだから取りました。半袴は動きやすい。腰にぶら下げた物は、山中に一人取り残されても生きるのに役立つモノばかりです。こんなモノをぶら下げるには、帯などより荒縄の方が似合っておりましょう」

 殆ど屁理屈でしかない。

「城主が浮浪人のまねをして、何が得られる? 失うものが多いとは思わぬのか?」

 信秀は信長の本音を引き出そうとしている。

 道三どうさんは、今は攻めては来ぬでしょう。美濃の中も決して平穏ではありません。蝮に取っても、父上との和議は助けになっていると思います。そして、東には兄上がいらっしゃるから、那古野がいきなり攻められることは無い。そう踏んでおりました。

 今の世、各大名とも誰が敵であるかいつ攻められるか分からない状況です。ですから、四方八方に素破すっぱを放ち、常にその動向を探っております。しかし、その人数にも限りが有りますから、当然、重点的に探らせる相手とさほど気にせずとも良い相手を分けるでしょう。うつけの動向を必死に探ろうとは致しませんでしょう」

 信秀はニヤリとした。

「そうやって四方を油断させておいて何をやっておった」

と聞く。

「弓、鉄砲を数多く揃えようと考え、密かに調達の段取りを整えております」

「鉄砲など、金が掛かるばかりでろくに当たらん。いくさの役には立つまい」

 信秀は鼻で笑った。

「数を揃えれば、騎馬の突進を防げると思います。要は使い方です。それに、槍を長くしようと思っており、どれほどの長さが良いか試しております」

「長槍? そんな長槍を振り回せる者が何人居るのだ?」

「武者の使う槍ではありません。先鋒の足軽共に持たせる槍です」

「農夫共に長槍など扱えると思っているのか?」

「ご承知の通り、足軽は槍を振り回して戦う訳ではありません。先鋒は槍衾やりぶすまです。穂先を揃えて敵の先鋒と対峙した時、長い方が絶対有利です」

 信秀は頷いた。

「ぼんくら、うつけと敵を油断させておいて、その間に強力な軍を作り上げる準備をしていたと言う訳か、なるほどな。だが、家臣共にうつけと思われていて家中を纏められるのか?」

「誰がぼんくらの役立たずか、誰が役に立つ者なのかを見極めるには、うつけの真似をしている方が良いのです」

 信秀は苦笑した。

「そう思い通りに行くかな?」

と問う。

いずれ本心を明かす時は来るでしょうが、今(しばら)く、敵の警戒を避けて事を進めたいのです。ですから、安祥城が落ちては困るのです」

「兄を心配してのことでは無いのか?」

 信秀にそう聞かれて、信長は何もこたえなかった。

「母にうとまれるのは辛いか?」

 信秀はそう聞いた。

「いえ。母に話せばもはや秘すことは出来なくなるでしょう。母には勘十郎がおりますので、不肖の息子のことを嘆き悲しんで暮らすことはありますまい。どうか、今のまま」

「分かった。分かったが、安祥城には行くな。良いな!」

 全てを理解した上での父の判断である。従わざるを得ないと、信長は思った。

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