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下天の夢  作者: 青木 航
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 子を見る母の眼差しではなかった。部屋の奥正面から信長を見る土田御前の眼差しからは、不快さが溢れている。

「お入りなされ」

 母は硬い響きを持つ声で、そう言った。信長は軽く頭を下げてから部屋に入り、胡座あぐらをかくと両のこぶしを床に着け改めて頭を下げる。

「母上、お久しゅう御座います」

 土田御前は返事をせず、しばらく無言で信長を見ている。

「父上は何処ですか?」

と信長が聞く。それには答えず、土田御前は、

「前触れも無く来て、何を騒がせているのですか? ご自分が皆にどう思われているか、分かっておいでなのか?」

 そう聞いて来た。

安祥城あんじょうじょうへの援軍の派遣に付いて、父上と急ぎお話しなければならないのです」

「兄上、まだ、援軍を出していないと言うことでしょうか?」

 勘十郎が横からそう口を出した。

「平手に兵を着けて、既に出した」

「ならば良いではありませんか。父上になんの御用がお有りですか?」

 土田御前がそう突いて来た。

「父上は何処においでですか?」

 信長も母の問いには答えず、信秀の居所を重ねて尋ねる。

 「奥のにおいでです」

 土田御前が答えると、信長はそのまま立ち上がり、軽く礼をして、部屋を出た。

 部屋を出て行く信長の背を、母と弟は無表情で見送っている。


 母の部屋を後にして奥のに向かったている信長。意識は真人まひとはずなのだが、何故か信長としての感情が湧き上がって来ているのを感じた。うつけの真似をしていることが原因なのだが、産みの母にうとまれている悲しみを感じた。勘十郎とて異母弟ではなく同母弟である。幼い頃、遊びながら面倒を見た記憶も蘇って来る。母の言い付けを良く守る大人しい弟であった。

 再び真人まひとの意識が信長の意識を上回って来ると、感傷よりも安祥城の救援に行かなければと言う想いの方が強くなって来た。


 一時は日の出の勢いで勢力を拡大していた信秀も、美濃攻めに失敗した上で道三どつさんと和睦し、東の三河に進出した勢いも衰え、今川の攻勢にこのところ防戦一方である。そして、尾張の内にも多くの問題を抱えていた。その上、隠しているが、体調もすぐれない。安祥城の防衛に自ら飛んで行きたい気持ちは有ったが、何処から攻め込まれるか分からない状況で、城を留守にする訳にも行かなかった。

 柴田勝家、佐久間大学、佐久間次右衛門らの重臣を集めて、今後の対策を話し合っているところだった。

 人には見せないが、信秀は近頃体調の不安を感じると共に、今後の体制に付いても色々考えを巡らすようになって来た。

 安祥城あんじょうじょうに信広、那古野城なごやじょうに信長を置き、末森城すえもりじょうは勘十郎信行に任せるつもりであった。そのかなえの一角である安祥城が危機に晒されている。自分が動けない以上、那古野城の手勢を動かすしか無いのだが、万一、信広、信長の二人が揃って討ち死にするようなことになっては、弾正忠家だんじょうのちゅうけが滅ぶ可能性すら出て来る。そう思って、平手政秀に兵を率いて救援に向かうようし指示たのだ。

 だが、柴田、佐久間らはそうは取っていなかった。やはり、信秀は信長を信用していないのだと、この命令の意味を取っていた。

 

「父上、信長参上致しました」

 信長は、ふすまの外から、そう声を掛けた。

「では、そのように致せ」

 談じていた案件に丁度結論が出たところだったので、信秀は家老達にそう指示してから、

「入れ!」

と信長に返事した。信長がふすまを開けたのを期に、家老達は信長に軽く頭をさげてから、下がって行った。

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