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燃える本能寺から信長の姿が掻き消えた。そして、遺体が何処へ行ったのか、現代に至るまで謎となっている。
その34年前のこと、21歳の学生・織田真人が、15歳の先祖・信長の意識の中に転生していた。真人と彼を送り込んだ組織の目的は一体なんなのか?
燃え盛る炎の中、信長は刀の刃を首の左側に当て左掌で峰を押さえる。
蘭丸は、信長の首を敵に渡さない為に持ち去る覚悟を決め、介錯しようとしたのだが、悔しさに一瞬きつく目を閉じた。そして目を開けた。天下統一を目の前にして命を絶つ信長の無念を思うと、溢れ出る涙と炎により揺らぐ空気の為に視界がぼやけている。涙を手の甲で拭ってしっかと見詰め直した時、蘭丸は己の目を疑い二度見した。
信長の姿が掻き消えていたのだ。慌てて辺りを見回したが、信長の姿は何処にも無かった。
とある研究室。十数人の関係者が見守る中、中央に据えられた半円形の透明なドーム。その中央には、1台のベッドが有り、若い男が一人、眠っているかのように横たわっている。
突然、警報音が鳴り出し、ベッドの横に付けられた3つのランプが忙しく点滅し始める。始めに左端のランプが点灯し、少し置いて真ん中のランプが黄色く点灯し始めた。スタッフ達は慌ただしく壁の機器を操作する。瞬間、右端の赤いランプが瞬時点灯し消えた。
結果、警報音は止まり、ランプもすべて消えた。安堵の吐息を漏らす者がそこここに居り、ホッとした空気が流れる。
「無事、転送完了。危ないところでした」
三十代後半に見える髪の長い女が、そう発言した。
「間に合って良かった。ダメージはないかね」
五十年配の男が尋ねる。
「大丈夫です。異常は無いようです。アウフエルステーハングします」
「うん。慎重に」
女が機器の一部を操作すると、ドーム内は一旦、気流の渦が巻くような状態になり、次第に透明度を失って行く。
立ち会っている人達は、ただじっとドームの中を注視しながら待っている。
ドーム内の視界が再びクリアーになった時、髪の長い女が人差し指で、マイクのイラストの描かれたボタンを押し、
「織田君、聞こえる? 目を覚まして」
と話すと、その声はドーム内のスピーカーで流された。
織田はパチッと目を開いた。ゆっくりと体を越し、周りを見渡す。
「俺、戻ったんですね」
と彼が言うと、その声がスピーカーを通じて研究室に流れる。
「危なかった。1秒遅れていたら、君を自害させるところだったわ」
「そうですね。私の意識のほぼすべてが信長になっていましたので、確かに ”最早これまで“と思い、首に当てた刃を大きく引こうとしていました。まだ、その意識が僅かに残っていて、背筋が薄ら寒く感じます」
「メンテナンスとリハビリの為、72時間はドームの中で生活してもらいます」
「あの時代では食えなかった、焼き肉とか寿司、思いっきり食いたいですね」
「OK.出たら思いっきり食べて。ところで、21才の君が49才までの人生を生きた感想は、どう?」
「まあ、なんて言うか、夢を見ていたような、VRで別の人生を生きていたような、映画の中に没入していたような。戻った今となっては、実感がどんどん失われて行っている感じですね」
「君の脳波はすべて記録してある。AIと4Gを組み合わせたVRで、何時でも追体験は出来るよ」
「いえ、当分はしたくないです。むしろ、忘れたいですね」
「分かった。聴取はしなければならないが、ひとまずゆっくり寝て、心の回復に努めてくれ」
「分かりました。教授」
「織田君、お休みなさい」
「有難う御座います。美幸先生」
織田は目を閉じ、ドーム内の照明が消える。