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「うちの嫁、わたくしが孫を抱こうとすると、抱き癖付くから抱かないでくださいなんて言うのよ」
「あらやだ、藤田の奥様。嫁ってそういうことすぐ言いますわよねぇ。そのくせ自分は少しのことでも、すぐ抱っこしていますのに」
「まさしくそうですわ」
「それはもう嫌がらせです、皆川様。わたくしたちが嫁の悪口を吹き込んで赤ちゃんを洗脳するとでも思っているのかしら」
「あぁら逆ですわよ。石黒様。あちらのほうがあたくしたちを悪者だと孫を洗脳しているんです」
「なるほど! そういうことだったのですね――この間小学生の孫が『このくそ婆ぁ』なんてわたくしに言うものですから、それはもうびっくりしたのなんのって――しかも嫁はそれを注意もしなかったんですのよ」
「まあっ、ひどいっ」
みながそれぞれの嫁を糾弾している姿を見ながら、多永子は温くなった紅茶に口を付ける。
「そのくせ、お金の入用な時は猫なで声で近づいてくるんだから始末に負えませんわ」
「本当そうですわ~」
愚痴を言い合っていても楽しそうな御義母会の面々を多永子は羨ましく思った。
あと数か月待てば自分も孫が抱ける。だが、それまでに立ちふさがる壁がまだ崩せていない。
この間、曜子の報告で花恵の離婚に対する気持ちがだいぶ固まってきていると言っていた。
だが、そこから全く進んでいない。
ここ最近、曜子の体調も思わしくなく、心配事が増えていくばかりで、多永子はそっと溜息をついた。
今までは花恵の口から離婚というワードを口にするよう圧をかけていたが、もういっそ圭司のほうから言わせてもいいのではないか、そう考えるようになった。
でも、あの息子じゃ、はっきり三下り半を叩きつけるなんて出来そうもないわ。不倫した手前、という意味もあるけど……たまたま赤ちゃんが出来たから、美土里さんを大切にしているように見えるけれど、圭司はまだ花恵さんに未練を持っている……一見彼女に冷たく当たって蔑ろにしているようで、その実は罪悪感を持て余して逆にそうなっているだけ。赤ちゃんという存在が大きくて自分でもわかっていないのよ。
空になったカップをソーサーに戻し、御義母会の面々から顔を背けて溜息をついた。
赤ちゃんだけ手に入れられたらいいのに――
ここ最近何度も考えていることをまた考えてしまう。
多永子はどうしても美土里という女を好きになれなかった。性格は悪くない。だが、行儀がなっておらず、きゃっきゃとうるさく、頭も悪い。いや、地頭は良さそうなので、まともに教育を受けてこなかった、が正解か。
父親は生まれた時から不明で、母親とはとうに縁切りしていると言っていた。付き合っていた男がいたらしいが、圭司とこうなる少し前に別れたらしい。
今のところ周囲に懸念材料はなさそうだが、多永子は後に起こりうるかもしれないトラブル回避のため身辺調査した。
結果、父親と名乗ってくるような者は存在せず、母親は酒浸りが原因ですでに死亡していた。別れた男もすでに別の女と暮らしていて、美土里とよりを戻すということはなさそうで、ひとまず安心した。
母親の死を把握している様子は美土里になかったが、片倉家への懸念材料ではないので、調査結果を彼女に教えることはなかった。
だって、そこはうちに関係ないものねぇ――
気付けば会はお開きになっていて、多永子はバッグとジャケットを手にし、席を立つ。
最良なのは、花恵はそのままで美土里が赤ん坊を手放すこと。きっと圭司もそう思っているに違いない。
でも曜子ちゃんは、それはよくないって考えている。いくら花恵さんでも夫の不倫相手の子供なんて愛せるわけがないって。結局それが歪んだ子供を育てることになるって。
不倫相手の子と先妻の子という違いはあっても、なさぬ仲に悩まされた曜子ちゃんが言うのだから間違いないと思う……でもわたくしは花恵さんの度量の広さを信じたい……でも……ああ、頭痛がしてきたわ。
「ごきげんよう」「ごきげんよう」「ではまた」「来週も楽しみしていますわ」「ごきげんよう」
御義母会のメンバーたちが別れの挨拶を交わし、多永子も手を振る。その手が知らず知らずのうちに顳顬を押さえていた。