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 赤いボールが廊下に転がっていた。

 もう何度目だろう。気づくたび、外に放り出しているのに。

 曜子は汚いものに触れるようゴムボールを両手の指先だけを使って持ち上げた。

 玄関まで行き、三和土に置くとドアを開け、外へと蹴り出す。アプローチを転がるボールを追いかけ、門に辿り着くと門扉を開け、道路に向かってもう一度蹴り出した。

 ボールはころころ転がり、向かいの家の石塀に辿り着いて止まった。

 もっと家から遠くまで離してしまいたかったが、身重を考えて()めた。

 曜子は門扉を閉めて、アプローチを戻りながら考える。

 なぜいつも家の中にあるの? 答えは一つ。浩一が持ち込んでくるのだ。外に転がる赤いボールを由姫の形見だと思い込んで。

 由姫のおもちゃや衣類は浩一に無断ですべて処分した。

 黙って処分するのは悪いと思ったが、自分の落ち度で起こった事故に、喪主も務まらないほど憔悴しきっていた浩一を想い、曜子は由姫のものすべてを処分することに決めた。

 浩一の行く末のため、()いては産まれてくる子供のため、悲傷となる思い出を残したくなかったのだ。

 浩一からは事後承諾を得たが、ほんの一瞬だが非難するような目で曜子を見つめたので納得したわけではないのだろう。

 それでも、曜子のお腹が日に日に膨らんでくると吹っ切れたように彼女とお腹の赤ん坊を(いと)しむ視線を向けるようになった。

 もうこれで大丈夫だと安心していたのに――

「近所の子が忘れていったボールをうちの中に持ち込むなんて」

 曜子は独り言ち、溜息を吐いた。




「ねえ、あなた。どこの誰のかわからないボールを家に持ち込んでこないでね」

「?」

 曜子が夕食の後片付けをしながら、さりげなく浩一に切り出した。由姫のおもちゃを勝手に処分した罪悪感があったので黙認していたが、さすがにもう我慢が出来ない。

 だが、浩一はきょとんとした顔で曜子を見る。

「赤いボールのことよ」

 そう言っても、首を傾げ、

「僕は知らないけど……」

「でも、あなたしかいないじゃない」

「お義母さんじゃないのか? いつもみたいにおもちゃを持って来てくれたんだろう」

「ママはあんなお古持ってこないわ」

「お古?」

「新品じゃないのよ」

 なぜこんなに(とぼ)けるの? わたしでもなく、ママでもなければ、この人でしかありえないのに。

 もしかして形見のおもちゃを全部捨てたことへの当てつけ? 今頃? まさかね……それに妊娠中の妻にそんなことするような人じゃないわ。

「僕は本当に知らないよ」

「そう。じゃ、うち(由姫ちゃん)のだと思ってママが家に持ち込んでくるのかもしれないわね」

「今度訊いてみれば?」

「ええ」

 手が止まったままの曜子の横で、浩一は下洗い済みの皿を食洗器に入れていく。

「ふふ、手伝ってくれてありがとう」

「どういたしまして。後は僕が片すから君はソファに座ってて」

 浩一の優しい眼差しに曜子の胸は今でもときめく。

 こんな良い人が当てつけなんかするわけない。やっぱりボールはママが勘違いして持ち込んでくるのに違いないわ。もし明日来たらちゃんと伝えなきゃ。

 そもそも、どこの家の子か知らないけれど、忘れ物(ボール)を早く取りにくればいいだけのことなのに――

 曜子はゆっくりソファに座りながら、心の中で愚痴を零した。



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