番外編1-2
「あら、お久しぶりです。お義母さんに用かしら? それとも圭司さん?」
泰斗をリビングに通したと夕子に告げられ、大きな腹を抱えて花恵が行くと、夫の従兄は勝手知ったるとばかりにソファでくつろいでいた。
「花恵さんのお茶が飲みたくて――なんてね。妊婦さんに給仕なんてさせたら伯母さんに激怒されそうだ」
泰斗はにっこり笑って、「とりあえず懐妊祝いに来たんだよ、おめでとう。これはお土産」と菓子折りを差し出した。
「まあ、ありがとうございます。その節はいろいろご心配かけて申し訳ありませんでした。結局ここに居座ったままですわ」
そう言って花恵は「本当、お騒がせしました」とくすくす笑った。
夕子がお茶の準備をしたトレイをテーブルに置くとリビングを出ていく。
花恵は慣れた手つきで紅茶を入れ、泰斗の前にカップを置いた。
上品な仕草でおいしそうに飲む義従兄の端整な顔をにこやかに見守りながら、花恵はこの男はいったい何をしに来たんだろうかと考えた。
圭司と美土里の関係が泰斗のせいだと多永子の怒りは未だ収まっておらず、わざわざ義母に会いに来たとは思えない。
じゃ、圭司に会いに? でも、平日は出社しているとわかっているはず。
「伯母さんは――きょうは御義母会?」
上目づかいで泰斗が訊ねる。
花恵はそれに作り笑いを浮かべた。
「お義母さん御義母会を退会したんですよ。そんなことしてる場合じゃないとかおっしゃって。子育てを手伝ってくれるのですって。初めてで心細かったからとても有難いですわ。
きょうは赤ちゃん用品のショッピングにウキウキして出掛けられましたよ」
「ふうん……
花恵さんそれでいいの?」
持参の菓子折りを乱暴に開け、個包装のマドレーヌを取り出しながら顔も見ずに訊いてくるので、花恵は小首を傾げた。
「え?」
「圭君や伯母さんにあれだけのことされて」
「もう過去のことですし、圭司さんも反省してますから」
「ふうん」
口に入れた菓子が甘過ぎたのか、泰斗は顔を顰め、すぐにお茶で流し込んだ。それなのに二個目を手に取っている。
それを眺めながら、花恵はそっと腹を擦った。
この男、要注意だわ。
花恵は知っている。泰斗がまた圭司を飲みに誘っていることを。
もう花恵を不安にさせたくないと、圭司は泰斗から電話やメールがあると逐一報告してくるのだ。
それに対して「行くの?」と確認したら「二度とついていかない」と宣言した。従兄より妻と産まれてくる子供が大事だからと。
花恵にとっては『正解』で大満足な答えだが、泰斗のしつこい誘惑は迷惑でしかない。また魔が差して圭司が過ちを犯さないとは限らないのだ。従兄だから付き合うなとは言えないが、正直もう構って欲しくない。
「花恵さんさあ、以前曜ちゃんが言ってたこと覚えてる? あ、お茶のお代わりもらえる?」
「曜子ちゃんが言ってたこと?」
泰斗のティーカップにお代わりを注ぎながら首を傾げる。
「生さぬ仲がどうのこうのっていう……」
「ああ、はいはい。うまくいきそうでいかないのが、生さぬ仲だって言ってたわね。実の子じゃないのは無理とも言っていたわ」
「あれは親になる人によると思うんだ。
僕なら、もし愛する女性が妻になってくれるのなら、連れ子でも実子と同じように愛することができるよ」
目線が花恵の腹に向けられていたが、それに気づかないふりをして花恵はふふふと笑った。
「泰斗さんは立派な人なのね。もしかしてそういう女性がいるの? 頑張ってね。応援しているわ」
胸の前で小さくガッツポーズをする。
「あー、いや、曜ちゃんがそんなこと言ってたなぁって、思い出しただけ」
泰斗は苦笑を浮かべ、「圭君が家にいる時、また来るよ――あいつ、電話にも出ないし、メールも返してこない」
後半は呟きで、お茶を飲み干すとソファから立ち上がった。
「帰ったらそう伝えておきますわ」
花恵も腹を抱え、よっこらしょと立ちかけると、「見送りはいいよ」泰斗が手で制す。
「では、ここで失礼しますね。ふふ、きょうはありがとうございました。お気をつけて」
花恵は優美な笑みで見送った。
瞬間目を瞠った泰斗だったが、すぐ視線を逸らした。
夕子に見送りをお願いして、義従兄がリビングを出て行った後、花恵は両手で愛しそうに腹を擦って語りかける。
「パパを唆しに来るなんて、ほんと悪いおじちゃんですね――」




