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※愛人、不倫、妊娠、不妊、死産等などの描写・表現があります。不快に思われる方はご遠慮ください。

※残酷な描写があります。ご注意ください。

          

  

「若奥様、だめですよ、無理なさっちゃ」

 夕子がキッチンに立って料理を作ろうとしていた花恵の背にそっと手を添え、リビングのほうへと誘導する。

「そうよ。そんなことしなくていいのよ。夕子さんがいるんだから。もうあなた一人の身体じゃないんですからね、無茶しないで」

 ソファに座らされると同時にリビングに入って来た多永子にまでお小言を言われる。だが、それは以前の針の筵状態だった嫌味ではなく、優しさがこもっていた。

「もう夕子さんもお義母さんも大げさですよ。多少のことは運動のうちですから無茶ではないです」

「わたくしはね、曜子ちゃんや美土里さんみたいなことはもう経験したくないの。お願いだからじっとしてて」

 それを言われると多永子の気持ちもわからなくもなく、花恵は苦笑した。

「あ、そうそう良いお茶を買って来たのよ。御義母会の方に聞いたの。妊婦さんが安心して飲めるハーブティーなんですって。お産に良いんですってよ」

「まあ」

 多永子の言葉に花恵が破顔すると夕子が、

「あ、あのお茶っ葉がそうなんですね。早速入れさせていただきます。若奥様は絶対座っていてくださいよ」

 じっとしているよう念を入れてキッチンに戻っていく。

「彼女もすごく楽しみにしてるのね……」

 多永子が夕子の後ろ姿を見送った後、花恵の膨らんだ腹に目を細めた。

「ええ……みんなに大事にされてわたし、本当に感謝してます。お義母さん本当にありがとうございます。わたしを見捨てないでくれて」

「なにを言うのっ! 見捨てられなかったのはわたしたちのほうなのよ。あの馬鹿息子とこの酷い姑――」

 多永子の目がじわりと潤んだ。

 花恵は恐縮して首を横に振りながら目を伏せた。

 曜子が亡くなったあの日から運が好転したことを実感する――


 妊娠していた愛娘が亡くなってから、多永子の美土里への干渉は度を越した。無事出産に漕ぎつけるためか、乳母日傘(おんばひがさ)の毎日で、何不自由ない暮らしをさせた。

 さすがに花恵がいる本家に連れてくることはなかったが、それも時間の問題だった。

 あの事故後、離婚問題は後回しになっていたが、美土里への対応とは逆に花恵に対する多永子の圧はより強くなり、一縷(いちる)の望みをかけていた花恵だったが、とりあえず自身の部屋を整理し、今後の住居を探そうとしていた。

 どうやって知ったのか、物件選びに出掛けた際には飯田泰斗がお節介を焼いてきた。

 赤いスポーツカーに乗せられ、にこにこと高級不動産専門の店に連れて行かれた時は焦った。

 片倉家を出たら花恵は何も持たないただの寡婦だ。いくら慰謝料を貰ったとしても泰斗に紹介された不動産屋の物件など後先考えずに借りることなどできない。これも多永子の嫌がらせなのだろうかと疑ったほどだ。

 わざわざ時間を割いてくれた泰斗には悪いと思ったが、その日は物件探しを断った。

 後日自分だけで行こうと内心決めたが、気を緩めると次の約束をさせられそうになり辟易した。

 そんなこんなで落ち着かない日々を送っていたが、ようやく転機が巡って来た。

 美土里が部屋で転び、腹を強打。早産からの死産となってしまったのだ。

 それが男児だったことで多永子の失望と憤りは凄まじく、病室で傷心しているはずの美土里に不注意すぎると、看護師が止めに入るほどひどく罵った。

 だが、美土里も負けじと多永子に食って掛かった。

 自分の不注意ではないと。

 言いつけ通り転ばないよう細心の注意を払っていたのに、急に柔らかい何かを足元に感じ、それに(つまづ)いたのだと。

 それを不注意というのだと、多永子も言い返すが、何をどう言い争っても、今更亡くなった子供は戻ってこない。

 元から良くなかった嫁姑(仮)関係は最悪になり、多永子は美土里の退院を待たず、すべての関係を解消してしまった。

 光を見ずに亡くなった子は多永子がすべて処理し、遺骨を菩提寺に預けた。片倉家への墓に納骨することは決してしなかった。

 それらは美土里が入院中にも拘らず花恵のもとに戻って来た圭司から聞かされた話だ。

 彼は平身低頭花恵に謝り、美土里との愛人関係を完全に()った。

 帰って来た当初、冷たくあしらっていた花恵も、内心は自分のもとに戻るなら最初から許すつもりだったので、徐々に夫婦関係を修復していった。

 もちろん今後のことを考えて夫の手綱をしっかり握り締めたのは言うまでもない。


 その後の美土里のこともすべて多永子が処理した。

 二人が住んでいたマンションを売却し、その金を慰謝料として渡した。

 多永子は慰謝料代わりにそのままマンションに住まわせてもいいと考えていたものの、再び圭司か美土里が邪心を起こすことを危惧し、マンションを売り払い、片倉家から遠く離れた場所で暮らすよう美土里に申し渡したという。


 元のさやに納まってからの花恵は愛人を作る以前よりも圭司に大切にされた。

 夜の営みも再開しただけでなく、回数も増え、行為も濃密で花恵は圭司に慈しまれた。

 変化は美土里のせいかと軽く嫉妬したが、「君以上に素晴らしい女性はいないと気付いた」という圭司の言葉を信じて目をつぶることにする。

 夫の愛情を取り戻した数か月後、待望の妊娠。

 圭司の喜びに満ちた顔。多永子の頬に溢れる感涙。夕子と吾郎の応援。

 花恵は幸せをすべて手に入れられたのだ。


「ふうぅ、とてもおいしいお茶ですね。夕子さんの入れ方も上手なんでしょうけど。すごくリラックスできます」

 爽やかな黄色をしたお茶を再びこくりと飲む。

「花恵さんには元気なベビーちゃんを産んでもらわなくちゃ。あ、プレッシャー掛けてるのではないのよ。大らかにしていてね」

「わかっていますわ。お義母さん」

 多永子が移動して隣に座ると、大きくなった花恵の腹をそっと撫でた。

「男の子でも女の子でもどっちでもいいから、元気で生まれてくるのよ」

「きっと大丈夫ですよ。だってこの子とっても良い子なんですもの」

「まあ花恵さんったら、産まれる前から親バカね。そういうわたくしも祖母(ばば)バカだけど」

 多永子はそう言っておほほと笑った後、寂しげに目を伏せた。

「ねえ花恵さん……ベビーちゃんが産まれたら、わたくしにも抱かせてもらえるかしら……」

「当たり前じゃないですかっ、なぜそんなことを……」

「だってわたくしったら……あなたに散々ひどいことを……今更だけど……あの……申し訳なかったわ。本当にごめんなさい。もっと早く謝りたかったのだけど……」

「もういやですわ、お義母さんらしくない――ふふ、産まれたら一番に抱っこしてもらいますから、お産の時は必ずそばにいてくださいね」

「ええ、ええ、必ずいますとも」

 多永子は涙を流し、「ありがとう。やっぱり花恵さんだわ――ベビーちゃん、大事に大事に育てましょうね」と破顔した。

 花恵もにこやかに「はい」とうなずく。

「そうだわ! おいしいお菓子も買って来たのよ。今用意してもらうわね。

 ちょっと夕子さん! 夕子さん!」

 ソファから立ち上がり、キッチンに向かう多永子の背中を見つめながら、花恵は両手で腹を優しく(さす)って囁いた。

「本当にこの子は良い子。わたしの望みをかなえてくれたんですもの。

 だからわたしもあなたと約束した通り、望みをかなえてあげるわ――もう一度この世に生まれたいというあなたの望みを――ね、由姫ちゃん」



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