10
※愛人、不倫、妊娠、不妊、死産等などの描写・表現があります。不快に思われる方はご遠慮ください。
※残酷な描写があります。ご注意ください。
恐る恐る玄関を開けても赤いボールは家の中に転がっていなかった。廊下にもリビングにもキッチンにも、バスルームやトイレまで覗いてみたが、どこにもない。
曜子はほっと安堵すると、花恵の言ったことが真実のような気がしてきた。
マタニティーブルーの妄想。
浩一たちの後を付けたことも、家の外で笑い声を聞いたことも、公園までついて行って、一人になった由姫を池に蹴り込んだことも、みんな自分の脳内で作られた映像のような気がしてきた。
だって、あの遊歩道に誰もいないなんてことはありえないもの。以前、由姫ちゃんを連れて遊びに行った時に結構人気のある場所だったから。
あれは事故。
赤いボールも妄想が見せた幻覚。
「その証拠にきょうは家中どこにもないもの。きっとお義姉さんの言葉で、わたし正気に戻ったんだ」
曜子は安心すると、ここ最近ずっと睡眠不足だったせいで、急に眠気を催してきた。
浩一さんに夕食の準備しないと……でもすごく眠い……きょうは外食に出ようかしら……浩一さん疲れてるかもだけど……
そんなことを考えながら二階の寝室に上がり、ベッドに横になった途端、曜子は睡魔に抗えず眠ってしまった。
ことり。
階下から音が聞こえたような気がして目が覚めた。
カーテンの隙間からは夕暮れの青が見えている。
浩一が帰宅するにはまだ早いので、音は家鳴りか気のせいだと思った。
一息眠ったので、少しだけ頭がすっきりしている。
「やっぱりなんか作ろうかな……」
外食でいいなんて思っていた曜子だったが、疲れて帰ってくる浩一のために夕食の準備をすることに決め、ベッドから身体を起こした。
寝室から出て、足元に注意しながら階段を下りる。
途中まで下りたところで、とん、とん、とん、とんと二階の廊下で音がした。
振り返ると赤いボールが跳ねていた。
「ひっ」
急いで階段を下りようと前を向いた曜子の足元に赤いボールがあった。あっと言う間もなく、ぐにょっとそれを踏みつけ、曜子の身体が傾ぐ。半分ほど残っていた階段から足が離れ、俯いた姿勢で身体が落下していく。
大事な腹がどーんと衝撃を受け、激しい圧がかかった。
俯いて床に倒れたまま動けない曜子の下半身がどろりと濡れる。
はやく仰向けにならなければ、赤ちゃんが……
「……助けて……浩一さん……お義姉さん……ママ……」
焦っても指先すら動かせない。
背中をぽんぽんと何かが跳ねている。背中から腰、太腿から足先に向かって移動した後、床で跳ね始めた。
とん、とん、とんと楽しそうに、遊んでいるように、曜子の周囲を跳ね回るボールに、「やめて……」とつぶやくことしかできない。
股間から生温い液体が流れ、誰かに引っ張り出されるように中のものが出ていく。
軽快に床を跳ねるボールの音が、どちゃどちゃと湿った音に変わり、鉄のような濃い血の臭いが漂ってきた。
曜子の手足が氷のように冷たくなり、感覚がなくなっていく。意識も朦朧としているのに、床を跳ねるボールの音だけは鮮明に聞こえていた。
霞んでいく目の前に、血と肉片に塗れたボールが転がってきた。
いやあああああ。
声にならない声で叫び、そこで曜子の意識は途切れた。




