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第7話「チートなしでザマァする冴えたやり方」

『「ルサンティマン」パンター戦車、「ホンマカイナ団長と愉快な仲間たち」チャーチル戦車をを撃破しました!』


「アキト、やったね!」

「……」


 最後に炎を吐いて停止したのはチームリーダーの重戦車だった。

 しかし、快哉を叫んだナツメグとは対照的に少年は勝った嬉しさより悔しさが込み上げた。「団長」と呼ばれていた男はチームメイトによほど慕われていたらしい。彼等は動きの鈍いリーダーを庇うチームプレイを展開して戦ったので、この戦車は最後に撃破されたのだった。

 それが少年には羨ましく、妬ましく思えてならなかった。


(コイツはどうやってこんなにたくさんの友達を作れたんだろう)

(僕は、ずっとこんな輪の中に入れてもらえないまま……)


「どうして……」

「アキト?」

「どうしてお前らばかり! お前らばかり……ちくしょう! ちくしょう!」


 やにわに少年のパンター戦車が擱座炎上しているチャーチル戦車を砲撃した。何度も何度も。車体がひしゃげ、砲塔が弾け飛ぶ。ルール違反ではないものの、無意味なオーバーキルである。


「やめなよ! もう撃破されてるよ!」


 時間経過でスクラップ化した戦車が消えると少年はようやく「ざまぁみろ」と吐き捨てた。


「ナツメグは知らなかった? 僕が『強い者イジメのルサンティマン』って呼ばれてるのかこういうプレイもするからだよ」

「アキト……」

「初心者やレベルの低いプレイヤーばかり狙ってポイント稼ぎする外道プレイヤーならいっぱいいる。僕はそういう奴を見かけると、無性に同じ目に遭わせたくて仕方がないんだ」


 本当は友達がいる相手が羨ましくて悔しかったとはさすがに言いづらい。


「な、なんか流行の異世界ラノベみたいなイジメ返しになってない?」


 ナツメグのツッコミに少年は笑ったが、どこか寂しそうだった。


「イジメ返しか。じゃあイジメ返し返しで、僕を目の仇にしている奴もきっと大勢いるだろうな」

「……」


 ナツメグはしばらく黙り込んだが、静かに言った。


「そんなことなんかしなくてもアキトは強いし、カッコいいよ」

「恰好いい?」


 意表を衝かれ、狼狽する少年を「当たり前じゃん。私、危なかったところを二度もアキトに助けられたんだよ」と、ナツメグは笑った。


「死体撃ちしてザマァなんか言うより、この間みたいに勝って黙ってるだけでも颯爽としてるよ。その方がカッコいい。アキトらしいよ」

「そ、そうか……」


 少年は照れくさそうに「今度からそうしようかな」とつぶやいた。

 学校で誰にも話しかけられず拒絶された悔しさを思い出す。どうしてもそんな悔しさを思い知らせたかった。この「バトル・オブ・タンクス」で、そんな憂さを晴らしていた。

 だけど。


 ――もしかしたら、誰かに思いやられ、誰かにこう言われるのを、自分はずっと待っていたのかもしれない……


 少年が感慨に耽っていたとも知らず、ナツメグは大仰にため息をついた。


「アキトはいいよ、しっかりしてるし。私なんかいつも誰かに助けられてばっかでカッコ悪いなぁ」

「そんなことないよ。僕だって色々助けられたし」

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ。夏休みの宿題を完全に忘れて今日から新学期だったから大変だったのよ! 先生には『頭が痛い』って言い訳して保健室に行って。そこで友達の宿題を大急ぎで丸写しさせてもらって、何とか誤魔化したんだよ」

「あはは。いい友達だね」

「どこがぁ? みんなから嫌味は言われるわ、一人当たり学食三日分の食券を謝礼に要求されるわ、今度お小遣い入ったらアイスの奢りを約束させらるわ、もう散々だったわよ!」


 自分の大失態を棚に上げた愚痴に、さすがの少年も「そりゃナツメグが悪いもの、仕方ないよ」とツッコまずにいられなかった。


「えー、アキトまでそういうことを言う? んもーみんな冷たい!」

「あははは、ゴメンゴメン」


 ナツメグの友達なら自分でも友達になれるだろうか……笑いながら少年がそう思ったとき、彼の戦車を掠めるようにして突然、砲弾が飛んできた。


「チッ、新手か!」

「アキト、時計で二時の方向を見て。あそこにいる!」


 視点を向けると離れた場所に二台の戦車がいた。一台は赤い丸模様で迷彩された、妙に目立つ戦車だった。


「何、アイツ?」

「ナツメグ、あの派手な模様が判るか? アイツはゲーム実況者でも有名な『レッドサイダー』だ」

「レッドサイダー?」

「トラップで相手をハメ倒す、嫌なVtuberだ。取り敢えず後を追ってみよう」


 二人の戦車が動き出したのを見た相手は素早く引き返していった。おそらく自分達に有利な戦場で待ち受けるつもりなのだろう。

 戦車を走らせると、その先にはなだらかに広がる草原と小高い丘があった。果たして、丘の上には強固な砦が築かれており、二台の戦車がそこへ入ると扉が閉まった。

 つまり、自分達を倒したいならこの城を落としてみろという訳である。


「ナニアレ……戦車で城攻め?」

「そんな単純なものじゃなさそうだ。ナツメグ、あれを見なよ」


 見ると砦の衝立の上から巨大な筒がはみ出している。


「あれは多分、M一二自走加農砲『キングコング』だ。相手の射程外から城を撃とうと思った奴はあのでっかい十五センチ砲で狙い撃ちされ、吹き飛ばされるんだろう」

「十五センチ?」

「砲弾の直径がペットボトルの高さくらいってところかな。喰らったら間違いなくお陀仏だ」

「ひええ!」

「かといって迂闊に近づいても絶対罠がある。あの見晴らしのいい草原、絶対怪しいな。たぶん、あそこには地雷をいっぱい埋めてある。そこでエンコしたところを城から狙い撃ちって寸法だろう」


 近づけば罠、遠方から撃とうとすれば巨砲の餌食、そんな城に籠る相手をどう攻略すればいいのか。

 しかも相手は有名なゲーム実況のVtuberである。攻略に難儀している相手を血祭りにあげ、その様子を面白おかしく動画視聴者に晒して嘲笑するつもりでいるのだろう。


(どうしたものか……)


 少年は唇を噛んで考え込んだが、その横でナツメグは「なんだ、そんな奴ならどうってことないじゃん」と事も無げに言い放ったので驚いた。


「ナツメグ、あれに勝つ方法を何か思いついたのかい!?」

「思いつくも何も、向こうはこっちを罠に掛けて笑い者にするつもりでしょ? なんでそんな相手の土俵にこっちが乗ってやんなきゃいけないのさ!」

「……じゃあ、一体どうするの?」


 ポカンとなった少年の前でナツメグはニヤリと笑った。


「ふっふっふっ、それはね……」



**  **  **  **  **  **



『はい、皆さんこんにちは。レッドサイダーです。先日、「バトル・オブ・タンクス」四天王のひとつ、「ゾルヒン大戦車軍団」が解散しました。その原因ともいうべきルーキー「フォックスGON」に今回は天誅を加えようと思います』


 城の中に陣取った戦車からガラの悪そうな巨漢のアバターがふんぞり返って動画実況を始めた。

 このダークヒーロー的Vtuberは罠に掛けた相手を「虫けら」呼ばわりするのでアンチも多いのだが、それも厭わない屠殺じみたプレイを信条としており、それに爽快に感じるファンを大勢擁していた。


『まぁ、ゾルヒンなんて四天王の中ではしょせん最弱、失せてくれてせいせいするので仇を討つ義理などありませんが、いい気になった成り上がりにはバトル・オブ・タンクスのヒエラルキーを教育してやらなきゃいけません。てな訳でさっき、連中をちょっと煽ってきました。間もなくこのトラップキャッスルへ現れるでしょう』

『レッドさん、キングコング砲スタンバイ出来たよ』

『……だ、そうです。それではレッドサイダーのキツネ狩り、いよいよ始まります!』


 レッドサイダーと彼の相棒、そして視聴者達は待った。


『ザコが、さっさと来い。無駄な枠(時間)がもったいねぇ』


 待った。

 一分が過ぎ、十分が経ち、そして三十分が経過した。


『チッ、来ねえな……』

『でもアイツら、確かにこっちを追いかけて来てたよ』

『……』


 城を出てフォックスGONを捜索しようかと思ったが、痺れを切らしてこちらが討って出るのを待つ相手の罠かも知れない。そう思うと下手に動けなかった。

 しかし、一時間が経過しても相手は一向に姿を現さない。


『おい、いつまで待たせんだよ、アイツらはぁぁぁ!』

『ザコの分際でチンタラしてんじゃねぇよ!』


 苛立ったレッドサイダーは相棒と共に叫ぶ。

 この頃には動画視聴者達も「来ねえじゃん」「ツマンネ」と三々五々離脱してしまった。

 ここに至ってようやくレッドサイダーは相棒に「この城を守っといて」と頼み、自身で偵察に出ることにした。


『くそ、アイツら城を見て萎え落ち(※やる気をなくしてログアウトすること)でもしたのか?』


 だが、そうではなかった。

 何故なら、城の先にある緩い丘陵を越えたところに彼等の痕跡があったのだ。

 それは……


『何だこりゃ……って、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』


 「バトル・オブ・タンクス」にはオプションアイテムに「石灰」というものがある。

 バトルには何も寄与しないので無料で自由に使え、戦車の車体にスローガンやエンブレムの書き込みによく使われていた。

 そして、その石灰で地面に大きく稚拙な字で書かれていたのは……


『一生そこに引きこもってろ バーーカ!』


 一瞬の間があり、視聴者達は爆笑した。


『こりゃレッドさん一本取られたな!』

『そうか、レッドサイダーは引きこもりだったのか』


 戦うどころか相手にされず、ただ笑い者にされただけのレッドサイダーがこれで納得ゆくはずがない。

 激昂した彼は「手前らこそ尻尾巻いて逃げた癖にザけんな! クソザコがあぁぁ!」と地団太を踏んだが、怒れば怒るほど負け犬の遠吠えじみた敗北感がいや増すばかり。

 遥か遠方からそれを眺めていた少年とナツメグも、視聴者達と同じように笑い転げていた。


「見ろよ、ナツメグ! アイツのあの悔しそうな顔。こりゃ確かに僕達の勝ちだな!」

「でしょ? ふふふ……戦わずして勝つ! これがナツメグ流『ザマァ』って奴よ!」

「参ったナツメグ、お前がナンバーワンだ!」

「ふふふふふ!」

「あはははは!」


 少年は、ナツメグと共に笑って笑って笑った。

 死体撃ちで留飲を下げるより、なんて痛快なのだろう。

 この少女がこのままずっと自分のパートナーでいてくれたら……いつか友達以上の存在になってくれたら。


 そう思った少年は胸に痛みを感じ、その笑いは陰った。

 彼女には恋人がいる。一緒に戦う今は所詮、仮初めのひとときにしか過ぎないのだ。

 そして、彼女に隠している自分の正体……


(そうだった。僕は本当は、友達になっちゃいけないんだった……)

(この娘は所詮使い捨ての駒にしなきゃいけない)


 少年は俯いた。

 いつか、別れの時が来る。

 自分を信頼し、互いに背中を預けて戦う少女のこの瞳はその時、憎しみに変わるだろう。


 何故なら……

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