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8:さらばドアマットヒロインの亡霊よ 04

さて、それでは総仕上げだ。


まずはオルグナイト子爵家との婚約破棄と、その条件。つまりは慰謝料についての書類、それからコールレッド男爵家への慰謝料についての書類作成だ。


これについては、私個人ではなく家同士の契約なので、家名があるうちに書類を作成したい。

だが、慰謝料の支払先については、個人名を記載させていただく。それにお父様とお兄様が気付くかどうか……まぁ多分気付かないでしょうけれどね。


家名と関わりがあるときの契約は、家名と無縁になっても継続する。それも貴族法に定められている。借金を負ったときに、逃げられないように定められたらしいけれど──今の私にとっては、ありがたい法だ。


「まて、どうしてそこでレダ・ルイジアーナに支払うとなっているんだ?」

「あらお兄様。私との婚約でしたでしょう? だからですよ。この書類を提出した後に、私はルイジアーナ家とは縁を切りますが」


さて、この言葉をどう受け取るか。


「なるほど! で、あれば良いか。父上どうでしょう」

「そうだな。レダがこの家からいなくなるのであれば、受け取るのはルイジアーナ家だから……よし、これで構わない」


見事なまでに引っかかってくれた。

ちょっと! ギース様がついに無表情が崩れかかってるじゃないの。そりゃ、公爵家の周りの貴族はこんなに間抜けじゃないものね。


我が家がどうして古い家柄なのに、鳴かず飛ばずなのかが良くわかったでしょうねぇ。むしろ今まで良くも没落しないで済んでいた、と思うわ。


前世で言えば、それまでの社長の頑張りで続いてきた中小企業が、無能な跡継ぎでもそれまでの人脈貯金などでどうにか生き残っている、みたいなものだろうか。

ま、前世では三代目が会社を滅ぼすなんてのはよく言われていたし、私も実際にそういう会社を目の当たりにしたことはあるけども。


「そして、この書類を先方と確認し貴族院に提出したらそのまま、ルイジアーナ家と縁を切ることにしますから、こちらの書類にも」


そこには、親子の縁を切り、今後いかなる事があっても、無関係である旨を明記した。


「レダ嬢は、随分と文書を作るのが上手だな」

「ええ。学園では法律文書の書き方なども学びました。領政専攻科でしたの」

「それは知らなかった。とても助かるな」

「ええ。今もとても助かってますし」


やはり芸は身を助く、ではないけれど、知識は身を助く、だわ。

手に職をつけることは大切ね。レダは家では酷い扱いを受けていたし、他の貴族にも家での状況がそんなものだから、下に見られていた。

けれど──だからこそ、勉強を頑張って知識を身につけていたのよ。よくやった。自分で自分を褒めてあげたい。

いえ、この場合の私は自分だけれど他人でもあるわね。


「ではお父様、お兄様。このあとオルグナイト子爵家とコールレッド男爵家へは、貴族院を通じて契約書を提出いたします。立会人はギース・フォルティア公爵閣下。そちらを貴族院が受領しましたら、その後私はお二人とは他人となります。この三通の書類に、お父様のサインを」


お父様は頷き、特に反論することもなくサインする。惜しむこともないだなんて、本当に他人以上に他人なんだなと感じた。

会社の同僚が退職するときだって、もう少し惜しむものでしょうに。


各書類の立会人の箇所には、ギース様のサインが入れられた。


「レダ嬢、何か持ち出すものは?」

「そうですねぇ。学園で使うものくらいかしら」

「それはあとで、家のものに持ち帰らせよう。女性騎士を派遣するから安心して欲しい。──それだけ?」

「ええ。お母様の形見は全てお父様とお兄様がお持ちですし、私のドレスはどれも薄汚れたものばかり。制服さえあれば、当面はしのげましょう」

「……っく、ははは!」


ギース様はついに笑い出した。お父様もお兄様も、ギース様が表情を崩したところなんて、もちろん見たことがなかったからでしょうけれど……。ぽかんと、それはもう間抜けな顔を晒している。


この部屋にいるメイドたちは、この美しい公爵閣下の顔が、笑うとさらに美しくなることに、見惚れていた。ふふふ。わかるわよ、その気持ち。


「そんなに楽しかったですか?」

「いやぁ、この家は本当に噂通りなんだと思ってね」


つまり、今までの話を見聞きして、ついにここで笑いの我慢が決壊したということなのね。


「いや、笑い事でないことは重々承知している。それに関しては、しっかりと貴族院で私が証言してみせよう」

「そのことは黙っていると……!」

「あらお父様。私は今は言わない、とは言いましたけれど、ね」

「ああ。レダ嬢の言う通り、私が見聞きしたことを立会人として証言するのは、貴族の頂点とも言える公爵家の責務でもあろう」


口元をわずかに上げてそう言うと、彼は立ち上がる。


「さて、レダ嬢。貴族院に急ごうか。提出したあと、この家では用意しなかったドレスを贈らせて欲しい」

「まぁ、ありがとうございます。お言葉に甘えて……」


ま、実際は貧乏公爵家なので、口だけだろうけれど。そんなことをここで言うのは野暮というものだ。


ギース様の先程の言葉に、我が家の面々はもう立ち上がる気力すらないようだ。そりゃそうよね。

まぁ、でも私としてはすぐにこの家を潰すのも面白くないと思っているので、ギース様には貴族院でうまいこと言ってもらおうと思っている。


「お父様、お兄様──こう呼ぶのも、これが最後ですわね……。どうぞお元気で。末永くこの家を守ってくださいませね」


そう。レダを生まれた瞬間から不幸に突き落としたこの男どもは、私がきっちりとお返しをしてやらないと気がすまないのだから。


簡単に済ませるつもりはない。

幸せになることが復讐? そんなはずがあるか。

こちらが幸せになるだけじゃ、片手落ちだ。

天国と地獄は、両方あるからこそ意味がある。


ギース様にエスコートされ、私はこの家を出る。

あと数時間後には他人の家となる、嫌な記憶しかないこの家を。


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