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7:さらばドアマットヒロインの亡霊よ 03


さっさとこの家とお別れしたいけれど、その前にこれまでのレダを虐げてきた人たちに、きっちりとお礼をしないといけない。

弱い者いじめ? そんなのブーメランでしかないわ。


私は以前のレダと違って、執念深いしやられたらやり返す主義なのよ。

家中の使用人を呼び寄せ、お父様達の後ろに並ばせる。


「さて、まずはこの家の使用人ね。料理長のクウネ、副料理長のオヤツメ、それから料理見習いのチュクラン。私の食べる料理にわざわざ古い食材を入れてくれたり、味付けを酷くしてくれたり、量を少なくしてくれたり、ありがとう。あなた達の料理の腕や、料理人としての倫理観を鑑みるに、料理人を続けない方が良いのではないかしら?」


「な、なんてことを言うんですかっ! お口に合わなかっただけでしょう!」


私の言葉に、料理長のクウネが反応する。そもそも許可もなく女主人に口答えをするなんて、この世界では許されないことだ。


「まぁ! ろくに料理も作れない上に、使用人としての常識もないのかしら。では聞くわ、クウネ。あなたは芽が出た上に生煮えのジャガイモの入ったシチューを、お父様に出したの? サラダにしわしわになってカビが生えたトマトを入れていたけれど、お兄様にも出した? 何ならあなた達はそれを食べたの? 私が見たあなた達の食事は、私が食べた分よりも量は多かったけれど……私には皿の半分しかシチューを入れていなかったわよね?」


にっこりと笑って言えば、彼は顔を真っ青にしている。思い当たることしかないのだろう。


「ついでに言えば、それを横で見ていたオヤツメも、運んだチュクランも、同罪よ。それをおかしいと思えない感覚は料理人には向いていないわ」


食に関しては、死に直結する問題だ。いじめが許されていると勘違いしたとしても、してはいけない線を越えている。食の安心は命の安心。こんなヤツがもしも他の屋敷で、同じようなことをしでかしたら、ヘタをしたら人死にがでるかもしれない。


……まぁ同じ事をできるような屋敷があるかはわからないけれど。


「そんなわけで退職いただくけれど、紹介状はこれね。この紹介状以外は書かないから、不要なら使わなくても結構よ」


さらさらと書いたそこには、味覚と食材の目利きが不十分なため解雇、と記載した。解雇の時点で、貴族の屋敷には再就職は難しいだろう。

とはいえ、手に職のある彼らだ。平民の食堂では雇ってもらえると思うので、真面目にやり直してもらいたい。──まぁ、給料はかなり下がるでしょうけれどね。知ったことか。


「さて、次はランドリーメイドのニッソーとアライン。あなたたち、随分と洗濯が苦手のようね。私に押しつけた洗濯物の量、覚えているかしら? おかげで私の手は、貴族令嬢とは思えないものになったけれど……。そんなに苦手な仕事をさせてしまって、申し訳なかったわ」


名前を呼ばれた二人は、年かさのいった女性だ。娘のような年齢のレダに、週末になるとシーツだのタオルだの、かさばって大きなものを洗わせていた。必死で洗っている横で、二人は笑いながらおしゃべりをして休憩をしていたのよね。


「断ったときには、足を引っかけて転ばせたり、私の下着をわざと入り口から見える場所に干したりして嫌がらせをしてきたこと、忘れていないわ」


そう。レダも断ったりしたの。でも、嫌がらせをされたら心折れるわよね。家の中に味方がいない状態で、たった一人。本当にかわいそうだわ。


「でも安心して。あなたたちは洗濯が大好きだものね。好きなだけ洗濯ができるように、ボンフォツォネ男爵家に紹介状を書くわ」


ボンフォツォネ男爵家とは、大家族で有名な貴族だ。前々男爵ご夫婦、前男爵ご夫婦、現男爵ご夫婦に、お子様が十六人もいるのに、領の収入が少なく、所謂貧乏貴族。


なので使用人も最低限で、専属のランドリーメイドもいない。常に募集はかけているが、仕事量に対して給料が安すぎて誰もこないらしい。


「洗濯が大好きで、洗濯がしたいからそちらで働きたがっていると書いて、先方に送っておくわ。もちろん我が家からは解雇だから残ることはできないわよ」


再就職先を紹介するだなんて、私はなんて親切なのかしら。二人はがっくりとしているけれど、十数年し続けた行為を一度も省みることなく続けていたのだから、自業自得でしょう。


「ハウスメイド兼侍女のクリンとフキニーは、どうして私の部屋の掃除をしない上に、わざわざゴミを持ち込んでいたのかしらね。仕方がないから私が自分で掃除したり、ゴミを捨てていたら、あなたたちったら『そんなに掃除が好きなら、これをあげる』って、バケツの汚れた水をかけてきたわよね。そうそう、箒で体をぶってきたことも何度もあったわ」


笑いながら、書類に文字を滑らせていく。お父様もお兄様も、そして執事も侍女頭も、私のことを止めない。いえ、止められないのでしょうね。


今までか細い声で、はい、ごめんなさい、申し訳ありません、しか言わないような娘が、急にこんな強気で話を進めているのだもの。

彼ら彼女らにとっては、別人のように見える──実際別人のようなものだけれど──でしょうね。でも、どう見てもレダだし、今私がやっていることは、貴族法に則った行為だから、咎めることもできない。


「そういえば、ヘキチー修道院で人を募集していたわね。あなた達は優秀だから、掃除も、部屋の管理もできるでしょうし、きっと修道院でも役に立てると思うわ」


「ま、待て! 彼女たちまで退職させたら」

「解雇」

「え?」


お兄様の言葉に、私は丁寧に断りを入れる。


「退職ではないです。解雇です。間違えないでくださいね、お兄様。それとも、退職と解雇の違いもわからない?」


今私は、彼ら彼女らの過去の行為に対して、女主人として判断を下している。本来、もっと早くに行われるべきだったことを、十数年熟成された最悪の状況で行っているのだ。

退職なんて穏やかなもので終わらせられるなら、よほど良かったのだが。


貴族法に、使用人への権限も決められている。不当な扱いを雇い主が一方的にできないために作られた法だ。そこには、退職や解雇に関する決まりもある。それに則って判断しているのだから、使用人である彼ら彼女らは、従うしかない。


「それで、彼女たちがいなくなったら? 安心してください。執事ヤッタルと侍女頭リィダは残しますから。二人は今まで、他の使用人をきちんと指導できませんでしたからね。責任をとって最後まで、この家に尽くしていただきます」


解雇されないとほっとした二人は、だが私が続けた言葉に、愕然とした表情になる。


「他の人の穴を埋めるために、人員募集をしても良いでしょう。まぁ女主人は不在となりますので、お父様がその権利を有します。ただ、この家を解雇された人たちのことは、もちろん社交界を通じて各家に知っていただきますので、他の貴族の家に勤めている方が来るかはわかりませんけれどね」


つまり、人が補充できない限り、二人が体を動かすしかないのだ。

もちろん、新しい使用人が来てくれることは、別に構わない。この二人が、この家から逃れられないことの方が重要なのだ。


「二人には、思う存分働いていただくために、雇用契約書の年数を──あら、二人ともこの先15年は年数が残っているわね。よかったわ」


目の前には絶望に塗られた表情をしている使用人たち。

私の中のレダが、快哉を叫ぶのを感じた。

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