6:さらばドアマットヒロインの亡霊よ 02
「お父様、お兄様。あなた方が行った行為は、貴族法に反することです」
私の言葉に、二人は顔を青くする。あぁ、なんてつまらないのだ。
まさかこの程度で、陥落するとは。今までの私は、レダは何だったのだろうか。こんな奴らにずっと虐げられていたのか。
いや、そもそも自分より弱い存在を虐げて溜飲を下げていたような奴らだ。強い相手には尻尾をふるのに違和感はないか。
この、吹けば飛ぶような矜持しか持ち合わせていない男どもに、レダはずっと苦しめられていたのかと思うと、苦しくて悔しくて、そして笑えてさえきてしまう。
「貴族法に反している貴兄らを、このまま貴族院に連行しても良いが……」
ギース様の言葉に、二人の顔が更にこわばる。
「ひっ! そ、それはご勘弁を……。閣下、これはあくまで我が家の問題でもありますし」
お父さまはこの期に及んでまだ、助かる方法があると思っているらしい。まぁ、貴族院に連れて行って、正式な法の下で裁くのも良いけれど、いつまでもこの人たちと関わり合っているのは嫌なのよね。
さくっと縁を切りたい。
ついでに言えば、縁を切ったあとに困らせてやりたい。
「では、私との縁を切りましょう。この家と私は今後一切関係ない、と正式に貴族院に申請することに合意いただけるのであれば、今はその件は不問にしますわ」
私の言葉にお父さまもお兄様も表情が明るくなる。私というサンドバッグがなくなっても、彼らは何も困らないものね。
ふふ。
相手の言葉をきちんと吟味するのが、貴族というものなのに。その点彼らは完全に落第点ね。
ギース様なんて、無表情を装っているけれど、あれは笑うのをこらえているわね。
私もおかしくて顔が緩みそうなのを、必死でこらえている。それが表情筋を固くして見せているのかもしれないけれど。
「契約書の為の紙とペン、それから私の婚約に関する書類、それに使用人の契約書を持ってきて」
壁際に立つ執事に指示を出すと、彼は眉をひそめる。まだ立場がわかっていないようね。
「この家の女主人であるお母様がいない今、家政の権限は娘である私になります。それは貴族法十二条の七に記載されている項目よ。執事であるあなたなら、もちろんそれがどういうことか理解できるわよね?」
私がこの家の使用人を辞めさせる権限がある、それだけではなく、次の仕事のための紹介状を書かないで追い出すことも可能であるという事実に気付いたのは、執事だけではなかった。
その隣に立つ侍女頭は顔を青くしている。
当然よね。私に今までしてきたこと、まぁ彼女は大方は忘れているかもしれないけれど、マズいことをした、とは理解しているでしょう。
された方は、一つ残さず覚えているのにね。
どの使用人になにをされたのか、今いる使用人も辞めた使用人も。そしてその筆頭が侍女頭だということも。
私の言葉に、執事は急ぎお父様の執務室へ向かう。私はお茶に目線を落とした後、侍女頭を見る。ギース様のカップのお茶が半分になっていたのに動かないなんて、この侍女頭は仕事ができないのねぇ。
「閣下にいつまで冷めたお茶を飲ませるつもり?」
性格が悪いなぁと自分でも思う。でも、やり返すなら今なのよ。自分が辞めさせられるかもしれない。今後の生殺与奪は目の前の相手が握っている。
その恐怖を実感すれば良いわ。
今までのレダはそうやって生きてきたんだもの。
自分より弱いものを嬲って楽しんできた。それがどういうことか、このあとこの屋敷の皆さんには、しっかりと体感していただかないとね。
侍女頭は慌ててお茶を淹れる。
ギース様は私と皆とのやり取りを無表情で見ているけれど、目の奥が笑っているのよね。この短時間の間に、彼の表情を読むことが得意になってきた。それもこれも、前世での人生経験のおかげな気がするけど。
これまで耐えて耐えて生き抜いてきたレダは偉いと思う。
よくも頑張ってきた、そう抱きしめてあげたい。
でもね。
耐えても、我慢しても、誰も助けてはくれないの。
声を出して、狡猾になって、自分で自分を助けてあげないと。
そういうことを知ることすら、レダはなかった。
自分で自分を愛することも、自分で自分を助けることも、それが当然の権利だと言うことも、彼女は知らなかった。
前世を思い出した私はそれが当然の権利であることを知っている。
自分で自分を助ける術も知っている。
狡猾になることが悪いことではないことも理解している。
「さて」
書類を持って戻ってきた執事から、それらを預かり机に広げる。
「皆さんが待ち望んでいた、私との決別の時がきましたわ」
さぁ、裁きの時間よ。