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5:さらばドアマットヒロインの亡霊よ 01

我がルイジアーナ伯爵家は、建国以来とまではいかなくても、そこそこ古いお家柄だ。それこそ長さで言えばフォルティア公爵家よりも長い。

ただ、長いだけで特別お金持ちでも貧乏でもなければ、何か偉業を為したわけでもないのだけれど。だからこそ、歴史は古いがいつまでも陞爵しないでいるのだろう。


そんなルイジアーナ伯爵家のタウンハウスは、王都の割と良い場所に建っている。古い建物ではあるが、早いもの順で得た場所なのだろう。別に王城に急いで上がる必要もない役職にしかついていないのに、こんな登城に便利な場所に住んでいるのもおかしな話だと思う。


門番が公爵家の家紋のついた馬車を認めると、大急ぎで近寄ってきた。

窓をあけ、私が顔を出すと驚いた顔をする。そうして、どう反応して良いのかわからないようで、一瞬固まっていた。馬鹿ねぇ。相手が、散々馬鹿にしてきた私だったとしても、公爵家の馬車に乗っている時点で、令嬢として扱うべきだと判断しないと。こんな単純な判断ができない門番は、門番の役割を果たせないでしょうねぇ。


「早く門をあけなさい。お父様と執事に連絡をいれて、公爵閣下を出迎えるよう伝えなさい」


指示を出して、ようやく動き出す。危険手当もあわせてそこそこのお給料を渡しているのだけれど、どうも金額に働きが見合っていないようだ。


馬車が門を通る。ゆっくりとアプローチを通り、小さな噴水を横切って玄関に到着した。ギース様が先に降り、私をエスコートして降ろしてくれる。玄関に目を遣れば、お父様とお兄様、そして執事に侍女頭が揃って目を丸くしていた。


ふふふ。気分が、良いわね!


「こ、これはフォルティア公爵閣下。娘がなにか……」

「あぁいや。今日は一つ挨拶とあと──見学をね」

「見学……ですか?」

「ええ。レダ嬢と、あなた方のお話し合いをね」


貴族らしい含みを持たせながらも、ギース様は私に向ける表情とは真反対の、堅物公爵らしい冷ややかな顔を家人たちに向ける。

それにひやりとしたのか、お父様は足早に中にギース様を案内した。その後を私が続く。

応接室にギース様をお連れし、そのまま私も彼の隣に座ると、お父様とお兄様がぎょっとした顔を浮かべた。

まぁそうでしょうね。


「ふふふ。二人とも、こちらに座って下さいな。大切なお話があるのです」

「レダ。お前はいつもと随分話し方が違うな? 随分と父に向かって偉そうではないか」

「そうだレダ。閣下の前だからこそ、俺も父上も優しい顔をしているが、後でわかっているだろうな」


あらあら、その閣下の前で、良くもそんなことが言えるわねぇ。

思わずくすくすと笑ってしまう。


「大切な話があると言ったでしょう? 閣下にも関わることなので、早くしてくださいな」


閣下の前にお茶が出されたところで、私が切り出す。


「まず一つ目。ハティス・オルグナイト子爵子息との婚約は、先方の有責により破棄いたします。理由は不貞。破棄のための慰謝料を、オルグナイト子爵家及び現在の不貞相手のコールレッド男爵家に請求いたします。よろしいですね」

「何を勝手なことを言っているんだレダ!」

「いや、まてターレット。慰謝料を請求するとレダは言っている。つまり、本来であればもう入ってくることのない金が入ってくる。許可しようじゃないか」

「ありがとうございます、お父様。お兄様もよろしいですね?」

「……父上がそう言うのであれば」


予想通りだわ。やはり慰謝料というニンジンは大きいのねぇ。


「だが、レダ。今後お前はどうする気だ。お前のような疫病神の忌み子など、これ以上我が家に置くつもりはないぞ。慰謝料は我が家がお前を育てた養育費として預かるから、無一文で出て行って貰おうか」

「そうそう、そのことできっちりと、お父様とお兄様、そして我が家の使用人たちに確認をしないといけないのですけれどね」


今まで見せたことのないような、強気な私に、二人は眉をひそめている。けれど、閣下の前だからか力で押さえ込むこともできないようで、ただただ睨んできていた。以前の私ならば、その一にらみですくんでいただろう。ブラック企業でずっと働いていると、思考が止まり、体が恐怖で反応しなくなるようなものだ。

まぁ、今の私は違うけどね。


「そもそも、私を忌み子と呼んでいる理由は、お母様が私を出産した時に亡くなったから、でしたわよね」

「そうだ。お前が生まれてこなければ、愛する妻は死ぬことはなかったんだ。お前のその髪の毛の色! 妻の亜麻色とそっくりだ。腹立たしい!」

「母上を奪ったのはレダ、お前なんだ」


この言い分に、ギース様は目を丸くしている。わかる。わかるわよ。ありえないものねぇ。でも、事前に驚くようなことがあっても、お願いするまでは口を挟まないで欲しいと伝えていたからか、黙って様子を見てくれている。


「はぁ。信じられないほど、頭が悪い発想ですよね、それ。もしも私が生まれたことが悪だと言うのであれば、その仕込みをしたお父様、あなたが諸悪の根源ですよね。出産が、いかに女性にとって命をかける大仕事であるのか、わかって仕込んでいるんですものね」


出産は、医学が発達しているあの時代の日本であっても、危険を伴う命がけのものだ。もちろん、だからと言って、万一のことがあったときに仕込んだ夫が悪いだなんて、普通だったら考えない。だが、私が生まれたことが悪だと言うのであれば、同じロジックで言い返してやるべきだと思うのだ。


「う……いや! 子を産むのは、女の仕事だろう」

「はぁ?! 自分の命をかけて、出産することをそんな風に言うだなんて、ナンセンスだわ。だったらあなた方男性は、命をかけて何をしてくれるのです」

「仕事だ!」

「お父様の仕事は命の危機にさらされているのですか?」

「い、いや! だが命をかけて仕事に熱を傾けている」

「命をかけて頑張ることと、実際に命の危険があることは一緒ではありませんけれど?」


思わず熱くなってしまう。この時代であれば、この主張もわからなくもない。男尊女卑のような世界だし、子孫を残すことが重要な位置づけだ。確かに子をなすことは仕事と言われれば、そういう『時代』ではある。

でも、だからと言って、命の話をしているときに、言って良い言葉ではない。


「とにかく! 話がずれてきたけれど、お母様が亡くなったことと、そのことで私が虐待されることに、因果関係を持たせるのはおかしな話なのです。それを理由にするのであれば、お父様も同じ立場になるべきでしょう?」


ここで、隣のギース様がちょいちょい、と私のスカートを引っ張る。何か聞きたいことがあるらしい。


「どうなさいました?」

「一つ質問良いかな」

「ええ、どうぞ」


この状況に公爵が口を挟んできたので、父も兄もぎょっとしている。


「レダ嬢。あなたはどんな虐待を受けてきたのだ」


直球……!

公爵ともあろう方が、そんな直球で良いの?! と思ったけれど、この方私にはずっと直球だったわね。


「そうですね……。罵詈雑言は当たり前、食事は使用人が食べるものを、半量。部屋は物置で、窓は高い位置に一つあるだけ。朝は早く起きて冷たい水を自分で取りに行き、湯浴みのためのお湯はほんの少ししか貰えないので、ほぼ水のようなもの。休日は使用人に混ざって下働きをさせられ、その使用人も、お父様やお兄様が私を気に入らないと体をステッキで殴るのを見ているからか、馬鹿にして碌に口もきかないし世話もしないのです。それに執事や侍女頭が、私には侍女を宛てがわないので全て自分でやらざるを得ないのですよね。あ、体の痣はさすがにここでお見せできませんが」


「それは見せなくて構わない! だが──どう考えても、伯爵令嬢の扱いではないな」

「ええ。それも、元婚約者がそのことを知って、外でも私を軽んじていることで、社交界では我がルイジアーナ伯爵家の忌み子のことは有名になってしまったのですよね」


どうやら、社交界で有名になっていることに、お父様もお兄様も気付いていなかったようで、目を丸くしている。情報収集は貴族の基本だと言うのに、大丈夫?!


「私も、物心ついた頃にはもう虐げられていたので、耐えることが美徳だと思い、逆らえば殴られると思い、ただただ耐え忍んで参りました」


だからこそ、薄幸の少女のような空気を纏っては、周囲の一挙手一投足に怯えて生きてきたのよね。そう考えると、本当にこれまでのレダはかわいそうだわ。


「でもね」


そこで言葉を切り、二人を見る。


「我慢するのなんて、馬鹿らしいって気付いたの。どう考えても元凶なのに責任転嫁するお父様も、お母様がいなくて寂しいだなんて言いながら、自分には父親や周りに使用人がいて愛されているのに、孤立している年下の私を虐げて悦に入っているお兄様も、ただの虫けらのような価値のない存在なのに、どうして私一人が耐えないといけないのかしら、って」


前世の記憶が戻った私は知っているのだ。

知は財産だと。

この世界、ありがたいことに貴族の子どもは義務として学校で勉強ができる。そこで得た知識のうちの一つが、私を生かしてくれるのだ。


「お父様、お兄様。貴族法第七条を覚えています?」

「な、ななじょう?」


情けない声でお兄様が答える。


「ええ。私、学校で習いましたの。自称優秀なお兄様なら、覚えているでしょう?」


自称、と言ってやったのは、実は彼の成績は下から数えた方が早かったからだ。学校で私が良い成績を取ったときに、一度カンニングを疑われたのだ。その理由が、兄の頭が悪かったから。私と兄は別の個体だというのに、失礼な話だ。もちろん、目の前で口頭の質問に全て答えたら、教師に深く謝られたが。


「貴族法第七条。親は子に十分な教育と衣食住を与え、国を守る立場と矜持を育たせねばならない。その上で、必要以上の体罰を与え、それによる損害が子に生じた場合、十分な金品を与えた上で、親子の縁を切り、その旨を国に報告する義務が生じる。これは子からの訴え、同門、或いは使用人からの訴えに於いても調査対象となる」


隣のギース様がすらすらとそれを諳んじる。さすがは公爵閣下だわ。きっと貴族法は全て覚えているのだろう。


「お父様、お兄様。あなた方が行った行為は、貴族法に反することです」


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