43:社食の美味、レストランの味
ガラス工房の責任者をしているニィスンデ伯爵家三男トーオク様から、ギース様に連絡が入った。
「トーオクの所に……レダも……行く、か?」
「ギース様。何故疑問形なのでしょうか。そしてどういった要件で伺う予定ですか?」
ギース様が少し拗ねたような顔をしている。
うっ、かわいい……。
「ガラス工房に戻ってきた職人の件と、食堂の料理についてだそうだ」
不承不承といった様子でそう口にするが、いやそれ、私行かないとダメなヤツじゃない?
まぁ、職人についてはギース様案件にしちゃって良いかなって思うけど、料理に関しては、魚料理をメインにしてもらうから、私が行った方が絶対に良い。
「ふふっ。ギース様、一緒に行きましょう」
笑えば、ギース様に抱きしめられる。
「ギース様?」
「レダの笑顔がかわいいから」
「私の笑顔がかわいく見えたなら、それは私がギース様を好きだからですわね」
そう言って腕の中から見上げたら、キスされた。
何故。
「すまん、かわいくて」
顔を赤くするギース様の方がかわいいんですけど?
*
ガラス工房に到着した私たちは、トーオク様の挨拶を終えた早々、フロア奥のレストランに通された。
「今、シェフが試食品を持って来るから待っていてくれ。その間にこれ」
トーオク様は満面の笑みで、分厚い書類を渡す。受け取ったギース様が驚いた顔をしているから覗き込むと、それは履歴書のようなものだった。
……この世界にも、履歴書ってあるのよね。
「これ、もしかして」
「ああそうだよ、ギース。採用した職人の履歴書だ」
なんと、もともとここにいた職人さんだけでなく、他の領地の職人さんも、情報を聞いて転籍したがっているそう。
「レダ夫人の話してくれた、福利厚生とかいうのが、ここまで効果を出すとは思わなかった」
住み込み、食事付き、週休ありの労働時間は八時間。
これは正直、この世界では破格の条件だ。給与が多少下がっても、生活費がほぼかからないような状況ならば、ペイできるうえに、給与水準もほぼ同じ。
「人を大切にしてこそ、事業は成り立つと、私は思うのです」
経営者と株主だけが得をするような会社経営では、人の成長を謳っていても人は居着かない。仕事を通じて成長したいと思う人は、若いうちならば多いだろうけれど、年を経る毎に減っていく。
それよりも、自己実現を仕事以外に求める事も多くなるので、生活を脅かさない労働環境こそが、労働者が求めるものに変わっていくのだ。
だから、福利厚生。
それこそが、人を大切にすることに結びつく。
「お待たせいたしました。お料理です」
「まぁ! あなたは先日公爵邸に学びに来ていた、シェフのサマルね」
「奥さま……! 覚えていてくださったのですね」
「もちろんよ」
「あ、あー、サマル? ちょっとレダに近すぎないか?」
「はっ! こ、これは領主様! 大変失礼いたしました!」
「ギース様ったら……」
「ギースのその狭い心はどうにかしたほうがいいと思うよ」
「トーオク、煩い」
トーオク様とギース様のやりとりに、思わず笑ってしまう。
「あ! それよりも! お食事にしましょう。サマル、説明をお願い」
気を取り直して、私たちは改めてテーブルの前に並んだお料理を見ていく。
「こちらはシミーロ魚のスープ仕立て、こちらはジーアフィッシュのフライです。こっちのは、アミカ魚とヨットイ村のオジャガオとロスネギの煮付けです」
「ほう。どれも美味そうだな」
「領主様、味には自信を持っております」
シェフのプライドが垣間見えて、とても良いわ。
サマルはガタイの良いシェフで、なんでも若い頃は傭兵をしていたとか。シェフ服の下にちらりと見える腕には、傷がいくつか見受けられた。
「んっ! おいっ……しぃ!」
「この煮付け、野菜と良く合うな。レダ、あーん」
「へぇ、魚のフライってこんなに美味しいのか。おい、目の前でいちゃつくな」
「あ、あらごめんなさい。もごもご」
美味しさに目が眩んで、ついついあーんに反応しちゃったわ……。
「味付けも濃い目、スープには滋養たっぷりの野菜入り、量も多め。うん、完璧!」
これで安心ね。
「領地の野菜もうまく使ってくれてるし、サマル、素晴らしいわ! これなら社食だけじゃなくて、レストランでも提供できるわ」
ホテルのレストランは、いうなればちょっと小洒落たフレンチ。こちらは街の大衆食堂。
領地にいる様々な人の胃袋を掴むには、どちらも美味しい必要があるのよね。
目指せ、安くても高くても美味しい日本の食事! なのよ!




