38:順調なエステサロン
美味しい魚料理の一歩を踏み出すことができた。
そこで、今度はホテルのシェフ希望者に、公爵邸で魚料理の練習をして貰うよう、お願いをした。
公爵邸のメインシェフであるオウガスもノリノリで、もっといろいろな魚料理を考えてみると言ってくれたので、心強い。
エステの訓練についても、どうやら上手くいっているらしい。
ただ、それよりも平民の女性にとってはマナーの訓練の方が大変だという。
「確かにねぇ。私も、物心つく前に前世を思い出していたら、多分マナーの訓練は辛かったと思う」
何しろ、私が生きてきた前世と貴族のマナーのレベルは全く違うのだ。
いや、きっと前世でも出るところ出たらそういうマナーを求められたのだと思うけれど、私には無縁の世界だったからね。
「奥様、それでも皆必死でやってくれておりますわ」
「ありがとうスプリン。あなたや侍女たちが、心を砕いて指導してくれているおかげよ」
しかもマナー講師として、なんと王都から人がきてくれたのだ。
タウンハウスの侍女頭のマティの差配なんだけれど、人脈がすごい。
だって、その講師って王妃様を指導された方だというのよ。
「いや、さすがに優秀すぎない?」
「長く前公爵夫人にお仕えしておりましたので、人脈はそこそこ」
ほほほ、と笑う彼女は逞しくも美しい。
でも、私も全部自分でやるつもりはなかったので、これはとてもありがたい戦力だった。
それに、王妃様を指導されたというキナモーコチ・ミッツ様はとても有名人。
ミッツ伯爵家自体が、割と古い家柄な上に、元実家とは違って王家ともゆかりがある超名家。
王家とゆかりがあることから、伯爵家夫人のキナモーコチ様が王妃様がお若いときに、しきたり含め諸処指導をされたそうな。
「はぁ~。私でもお名前知っている方だもんね。素晴らしいが過ぎる人選だわ」
そんなキナモーコチ様に指導いただけると言うこともあり、スタッフが全員恐ろしいほどのやる気をみせているとのこと。
気持ちはわかりすぎるほどわかるわ……。
「何にせよ、皆がやる気になってくれるのは嬉しいわね」
「レダのやる気が皆を集めてるって、わかってる?」
「ギース様!」
「やぁ。俺の方の仕事が一段落したから、お茶に誘いにきたんだ。あなたは放っておくと、ずっと仕事をしてしまうからね」
いけない。
前世の癖なのか、仕事を始めると際限なく続けてしまう。
これはブラック企業の悪い罠だわ。
「嬉しいわ。私もギース様と一緒にお茶の時間にします」
「では、マダム。お手をどうぞ」
ギース様のイケメン顔にイケボで手を差し出されたら、もしもお茶にしようと思っていなくても、ふわーって手を乗せてしまうわ。
まぁ私は、しっかりと自分の意志で乗せますけれど!
「今日は、領地で新しくできたフルーツティを用意させてる。たぶんレダが気に入ると思ってね」
パチン、と音が出そうな勢いでウィンクをされた。
私の顔が赤くなっている自覚がある。
そういう不意打ちに弱いのだ。
「あの……、ギース様。そういうのは、あの……」
「うん。レダは不意打ちに弱いよね」
「!!!」
しっかり、バレていた。
そんな私を、ギース様は幸せそうな表情で見つめてくる。
私も、なんだかそんな彼を見ているだけで、ほんわりとした気持ちになってしまうから。
愛情って、人を幸せにさせるんだなって、改めて感じてしまった。




