37:魚料理でウッハウハ
こうしてホテルの整備は順調に進められることになった。
一足先に、後ろ側の宿舎と学校にする場所をキレイにして貰ったけれど、こちらはそこまで手を入れなくても、使えると言うことだったので、一安心だ。
タウンハウスの侍女頭のマティと公爵領の侍女頭スプリンの、見事な連携もあって、なんと領内の女性で、マッサージの技術を覚えたいという女性の募集もすんなり終っていた。
というよりも、ものすごい数の応募があったらしい。
向き不向きもあるので、そこはスプリンに面接をして貰った。
多くの侍女を面接している彼女であれば、人を見る目は信用できる。
だって、公爵領の侍女さんたち、皆さん良い人だもの。あ、もちろんタウンハウスの侍女さんたちもだけどね。
ただ、そもそもこの公爵領の人たちは、穏やかな気質の人が多いらしく、選抜が難しかったらしい。
その中で、マッサージじゃなくてシェフの手伝いをしたい、レストランのフロアをやりたい、ホテルのスタッフをやりたいという女性も多くいたそうなのだ。
そこで、どうせなら適材適所になるように、採用を進めて貰うことにした。
やりたいこと、やってみたいことと、向いていることが合致しないこともあるので、あわないとおもったら、異動申請もできるようにしたいと思う。
「俺の奥さんは、忙しそうだね」
「ギース様! どうしたの?」
「自分の屋敷で、奥さんに会いに来たらだめかな?」
ううっ、なんでそんな犬の耳が垂れているような顔をするのよ~。
愛らしいじゃない……。格好良くて愛らしいの、ズルい。
「ダメじゃない、です」
私の言葉に、パッと顔を明るくするのも、たまらなく良い。
誰か心を通じられる人がいたら、私はきっと親指をあげて合図を送っていたわ。
「それにそろそろお昼時だよ。書類仕事は一息吐いて、ランチにしよう」
「まぁ! もうそんな時間だったのね」
「レダが書いてくれたレシピを元に、シェフが魚を調理してくれたんだ。一人で食べるのは勇気がいるし、レダも一緒に」
「それは是非」
魚を食べる習慣のないこの国で、いきなり刺身はハードルが高いだろうと思い、簡単なムニエルやフライなどをレシピとしてシェフに渡した。
もちろん下処理の方法を一番手厚くしてね。
魚の下処理は、そのあとの印象を大きく変えるもの。
「奥様、こちらでイメージは合っておりますでしょうか」
シェフが緊張の面持ちで持ってきたお皿には、とても美しい白身の魚のムニエルと、濃厚なクリームソースがかかっていた。
「オウガス! とても素晴らしい見た目だわ」
上には、ハーブの花を乗せてあり、飾りもバッチリ。
シェフのオウガスは私の言葉に、ほっとしたようだった。
「レダ、これが魚なのかい?」
「ええそうなんです。見た感じはわからないでしょう?」
「ああ。これなら抵抗なく食べられそうだ」
ギース様が緊張の面持ちでナイフを入れる。
私も同じようにナイフを入れ、口に近付けた。うん、生臭さは一切感じない。
ちらりとギース様を見れば、口に入れた後目を見開いている。
そうでしょうそうでしょう。
私も口の中に入れると、クリームソースの塩気と白身魚の仄かな甘みが、とても良いバランスでほどけていった。
「オウガス!」
「レダ!」
私とギース様の声が重なる。
きっと言いたいことは一緒だ。
「とても美味しいわ」
「とても美味しい」
ほら、ね。




