31:公爵領の宿屋跡03
「この部屋は、金のある商人などが泊まっていたと思う」
そう紹介された部屋は、いわゆるスイートルームだった。
続き部屋がいくつかあり、その中の一つは浴室だ。ここは新郎新婦が宿泊できる部屋としようか。
もちろん、お金を払えばそれ以外の人も泊まれるが、最優先は新郎新婦だ。
部屋の中は特別クラシカルでロマンティックな作りにしたい。
頭の中にいろいろなイメージがわいてくるから不思議ね。
再び一階に戻り、宿の中をくまなく見学していると、ふと後ろ側にある建物が目に入った。
「あっちの建物はなんですか?」
「あぁ。ここの従業員が住み込みで働いていたときの寮だな」
そちらも見せて貰うと、寮として使える場所の他にも部屋がある。これはもう本当に絶好の場所だった、と改めて感じてしまった。
「ここに、マッサージと接遇の学校を作りましょう。講師は、タウンハウスやカントリーハウスの侍女たちです」
「侍女たち?」
「ええ。もちろん彼女たちの中で、やりたいという人だけですが。侍女という仕事が天職の人もいれば、もっと他に試してみたいけれど、ある程度の立場の女性が働ける場所がないから、ということもあるでしょう。だから、人に何かを教えたい、とか多くの人にサービスを提供したい、という気持ちのある人には、その場所を用意したいのです。それに、このサービスを商品にすれば、この領地に来る理由にもなるし、領民の仕事の選択肢も増えます」
前世、私にだってやってみたい仕事はあった。
でもいざ就職という時になったら、私たちよりほんの少し年上の人たちが楽々と就職していた状況なんて、まったくなくなっていた。
仕事は選ぶものではなく、しがみついて頭を下げてどうにか就くものになっていたのだ。
この世界でも、平民含めて女性は仕事の選択肢がほとんどない。
どうせならそうした現状を打開するモデルケースを、この領地から発信できれば、今後政治的立場でも強くなれそうじゃない?
まぁ、この辺は本心と打算が入り乱れるんだけどね。
「領民の仕事が増える。確かにそうだな。雇用も生まれるし、選択肢が増えるのは良いことだ。もしかしたら、それを求めて新しい領民が増える可能性もある」
ギース様に言われてハッとする。
この世界、領民が引っ越しをするのは特に問われない。なので、魅力的な領地であれば、流入者が増えるのだ。
領民が増えれば、税収も増える。
つまり、復興も早くなる。
もう少し落ち着いてから、この事業に手を付けようかとおもっていたけれど、これはむしろさっさと始めた方が良いのかもしれない。
農業などはどうしても季節を巡らないと、結果がでないのだしね。
「ギース様、早速動き出しましょう」
私の言葉に、ギース様は私を横抱きに抱き上げた。
「ちょっ! どうしたんですか?!」
「急ぐのだろう? 俺が馬車までレダを連れて行く」
「急ぐの意味が違うって!」
笑いながらギース様は通路を通り、宿屋前に止めていた馬車まで到達する。
そうして、開けられた扉の中に私を抱いたまま乗り込む。
扉が閉まった瞬間。
「今日は、夜に初夜をしよう」
そんなことを言いながら、私にキスをした。




