30:公爵領の宿屋跡02
前世風に言うなら、クラシカルな建物。またはレトロ。この世界では、まぁ手入れを多少サボったよくある建物。それがこの宿屋跡だった。
石造りの建物の前には庭があり、枯れた草花が土に返りそうでそのままに残っている。きちんと手入れをしたら、テラス席とか作ってカフェもできそうだ。
「中に入るよ。もしかしたら、床が古びていて危ないかもしれないから、手を繋いでおこう」
「え? あ、はい」
親切心。親切心、よね?
でも嬉しいからまぁ良いか。
ギース様に手を重ね、ゆっくりと中に入る。
「わぁっ」
一歩中に入ると、大きな階段が左右から弧を描いた形で二階から降りてきていた。その階段には赤い絨毯が敷かれている。前世で見たクラシカルホテルのよう。
「あそこの真ん中くらいに立って、ウエディングドレスの裾をたらして写真撮ると映えそうよねぇ」
「しゃしん? ばえ?」
「あ、なんというか……絵姿を描いたら良さそう、と思って」
「それは良いな! レダ、ここの宿屋を復活させたら、挙式のあとのパーティを開けるようにするのはどうだろうか」
何故か少しだけそわそわした様子で、ギース様が言う。声が妙に嬉しそうだ。
「良いアイデアですね。この宿屋の使い道が見えてきました」
いわゆる結婚式ができるようなホテルに仕立てる。
それが、この宿屋跡の使い道だ。
この目の前の階段だけで、いけそうな気がしてきている。
「中をもっと見てみたいです」
「うん。じゃぁこちらに」
ギース様が右側の廊下に案内してくれた。この床も、キレイに磨き上げれば、味のある雰囲気が出そうだ。壁も今は少し汚れているが、掃除すればなんとかなるだろう。
最初に案内されたのは、大広間。5、60人は入りそうな広さなので、披露宴会場にぴったりだ。庭に面して大きな窓があり、そこから外に出られるようになっている。式がない場合は、レストランとして使っても良いかもしれない。
「このガラス窓……」
「ああ。この領地のガラス職人の手によるものだな」
「すごい……」
思っていた以上のクオリティだ。
透明度も高いが、それに加えて、数枚に一度入っている飾り模様はまるで切り子のようだ。
こんなにも高い技術があるのであれば、やはりぜひ職人の皆さんにはもどってきていただきたい。
「客室も見てみたいです」
「うん。二階に行こう」
例の階段の他にも、通路の奥などに階段があり、そちらも以前は大切に使われていたのだろうということがわかる、どっしりとした作りのものだった。
階段をゆっくりとあがりながら、階段にかかる窓を見る。
そこには美しいステンドグラスがかけられていた。
きっとこれも、ガラス職人の手によるものだろう。
二階にのぼりきると、すぐ手前の部屋から順に扉をあける。いくつかの部屋は同じレベルのもので、おそらく一般的な客室なのだろう。
「この雰囲気の部屋は、この領地では標準的なもの?」
「そうだね。たいていの宿は、こんな感じのシンプルな木のベッドが一台と小さな机、それに洗面のための小さな台で作られている」
ベッドはダブルサイズ。この世界ではお風呂が各部屋についていることは少ないので、共同浴場があるのだろう。それに汲んできた水で顔を洗うための台が備え付けられていた。
「少しだけ立派なお部屋にしましょう。調度品はこのままでも、しっかり磨き、クッションなどを置くことで雰囲気は変わるわ。ほら! 部屋からお庭が良く見えるから、そこを売りにできるの。向こうには街も見える。領地が復興したら、きっと最高の眺めよ」
「レダ!」
ギース様が私を抱きしめる。いつもよりも、なんだか少し力が強い気がするんだけれど、どうしたのかしら。
「ギース様?」
「領地を最高の眺めにする……。その通りだ。いつになるかわからない、なんて言ってられない。できるだけ早く、我が領地を元の──いや、今まで以上の領地にしようじゃないか」
その言葉は、私の胸を熱くした。
彼の背中に手をまわし、ゆっくりと数回軽くたたく。少しだけ緩くなった彼の腕。ギース様を見上げ、瞳を閉じた。
嬉しそうな表情が、閉じる直前に見える。
そうして、彼の唇が私の唇に重なった。




