27:イイ人っていうのはさぁ
「今……なんと……?」
ギース様の表情が固まる。
あら? なにか困ったことでもあるのかしら。
「え、あなたのイイ人を……ああ!」
ここで私は己の失態を悟った。
「ギース様のイイ人というのは、その、愛人とかそういう意味ではなくてですね」
「では、どういう」
「ギース様が信頼できる方というか……」
「?」
ますます表情が固まっていく。
ああ、失態すぎた。
「ごめんなさい。私の表現が悪かったんです」
先ずは謝る。そうして、改めて一度深呼吸をしてから、話し始めた。
「先ほど話していた、ガラス工房の代表を任せても良いという方を紹介していただきたいのです。その方に代表をしていただき、最初は還付金で少しずつ動かしていきます」
「なるほど、そういう意味か。わかった。ただ、還付金では、職人が戻ってくるほどの給金が払えるか……」
「そこで、福利厚生を手厚くするのです」
「ふく……? なんだそれは。洋服か何かか?」
そう。この世界では、まだ福利厚生という考え方がない。
なので、働く場所を選ぶには給料しか判断基準がないのだ。そこで、住居や休み、それに食事補助などを提案することで、よりよい職場であることをアピールしていく。
そんなことを伝えていくと、ギース様の瞳がびっくりするくらい大きく見開いた。
「レダ! それは良いアイデアだ。素晴らしい。新しい視点だから、他にすぐに真似されることもないだろう」
「ええ。それに、こう言っては何ですが、多くの職人が移住したルイジアーナ伯爵領の工房は、どうやら人使いが荒いみたいなので」
「ほう?」
「我が領の職人の行き先が、ルイジアーナ伯爵領だと執事のソワに聞いてから、詳細を調べて貰うようお願いしてたの」
元実家のルイジアーナ伯爵家は、良くも悪くも領主が手をそこまでかけない領地だ。なので、領民たちはそれぞれ自由にやっている。だからこそ、ブラックな職場が多く発生していたりすると、予想していた。そしてそれは当たりだったのだ。まぁ、この世界では、それがブラックであるかどうかなんて、きっと理解していないんだろうけれど。
でも、ブラック、ダメ、絶対。
就職氷河期からのブラック企業生存者としては、ブラック企業の存在を絶対に許したくないのよね。
と、言うわけで、元実家への復讐も兼ねて、あちらの職人さんには皆快くこちらに再度移住していただこうと思っている。
「そして、その工房での食事補助として、領内で採れる野菜や魚の調理のテストキッチンを作りたいと思っています」
「……テストキッチン?」
「ええ。特に魚介類については、皆食べ方がわからないと思うので、どうしたら美味しく食べられるのか、違和感なく食べられるのかを考えながら作り、そこで作った料理を職人さんに召し上がっていただきます」
「でもそれじゃ、人身御供では」
「もちろん、きちんと監修しますし、味の保証はしますからね!」
「……じゃぁまぁ……良いのか?」
「ええ、良いのです」
自信満々で答えれば、ギース様は私に手を差し出す。
「ギース様?」
「レダを信用する。この件に関しては君に任せても良いかな? ──いや、この件に関しても、だな」
そうして、私たちは笑いながら握手を交わした。




