21:婚約破棄と婚姻届
「レダ。本当にありがとう」
大蔵省の二人が去った後の部屋で、ギース様は改めて私にお礼を告げ、頭を下げた。
「良いのよ。だって、私とあなたはもう、共同体でしょう?」
私の言葉に、彼は弾かれたように顔を上げ、見つめてくる。
そうして、強く抱きしめてきた。
彼の筋肉がしっかりとついた胸板に抱きしめられるのは、嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
でも、本当に、私は人前で愛を囁かれたり、愛情表現をされるのに慣れていないのだ。
ようやく公爵邸の人々や、領民の前でのそれに慣れてきたというのに、今度はほぼほぼ初対面の王城使用人の皆さんの前で……。
うぅ、これも早く慣れないといけないのだろうか。
「義娘から離れてもらおうか」
「義父さん」
「まだ籍はいれてないから、お前に義父と呼ばれる筋合いはない」
後ろの扉から入ってきたらしい、法務卿のセルディオス・スジューラク公爵。私の今の父親だ。イケオジで格好良いのよねぇ。
「いつの間に入ってきたんですか」
「たった今だ。それよりも、武の家門のお前が私の気配に気付かないとは情けない」
「それは反論できませんが──。悪趣味ですね」
「さて、そんなことを言って良いのか? 朗報があるというのに」
ニヤリ、と笑うお義父様はなかなかに悪役っぽくて良い。悪役っぽいイケオジはご馳走です。
ギース様はその言葉で、何かに気付いたらしく「もしかして」と目を見開いた。
「ああ。ギース殿の予想通りさ。ちょうど本日、レダの婚約破棄が成立した。おめでとう」
その言葉に、私とギース様は思わず顔を見合わせた。
「それってつまり! 私は自由っていうこと?!」
「それってつまり! レダと結婚できるということですね?!」
同時に口にした内容の違いに、ギース様が少々寂しそうな表情を見せたけれど、そこは許して欲しい。
ずっと『レダ』を縛っていたものの一つが、あの男との婚約だったのだから。
「これから、二人の婚姻届を受理しようと思う。すでに預かっていた書類はあるが、せっかく二人が揃っているんだ。今改めて、私に提出しなさい」
お義父様はそう言ってギース様に書類を手渡す。
そこにはすでに、全員のサインが入っている。
「ギース様」
「うん?」
「その紙、私も一緒に持ちたいです」
たったそれだけの言葉なのに、ギース様はとてもとても嬉しそうな表情を見せる。かわいいな……。
二人、改めてお義父様──いいえ、法務卿の前に立つ。
そうして、うやうやしく一枚の婚姻届を提出した。
法務卿はそれを受け取り、確認する。そうして笑った。
「確かに受理をした。二人とも、高位貴族に恥じない、そしてお互いを思いやる温かい家庭を築きなさい」
きっと前半は法務卿の言葉。そして最後の言葉はお義父様としての言葉なのだろう。
私たちは、その言葉を噛みしめながら、はい、と返事を返した。
 




