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2:貧乏閣下との出会い


「失礼。ルイジアーナ伯爵家のご令嬢とお見受けいたします」


元婚約者──まだ正式な手続きはしていないけど、気分はもう元婚約者だから、元をつけよう──たちから離れ、家への近道のために小道に入ったところで、後ろから声をかけられた。

伯爵家の令嬢と言いながら、侍女の一人も連れていないのは、家族や使用人の嫌がらせで侍女を付けて貰えないせいだ。そんな普通ならあり得ない状況で、よくもまぁ私が伯爵令嬢だと気付いたものだ。


歩みを止め、ゆっくりと振り向く。誘拐であれば、一人で歩いている女性にわざわざ声などかけないで攫うだろうし、暴行を加えようとするにしても同様だ。無理矢理草むらに引き込めば良いので、声をかけて警戒をさせる必要はない。


「……あなたは」

「突然お声がけをしてしまい申し訳ありません」


そこには、堅物公爵として有名なフォルティア公爵閣下が立っていた。少し後ろにいるのは護衛だろうか。公爵だもんね、そりゃ護衛くらいつく。そもそもうちの家族がおかしいだけで、貴族であれば男女関わらず一人で出歩くことなど、お忍び以外ではそうそうないのだ。


「私はギース・フォルティア公爵と申します」

「ええ、存じ上げておりますわ。社交界でも有名ですもの」


ちなみに、夜会やお茶会にはよく呼ばれる。貴族というものは噂話が大好きなので、伯爵家の忌み子と言われる私を見たくて、招待状を送ってくるのだ。意地が悪くて、反吐がでる。

呼ばれたからには、参加しないといけない、と以前の私は思い込んでいたし、家族も女性同士の社交を取りやめさせることはできなかったので、種々の会に出席してきた。

そこで耳にしていたのが、彼のことだ。


ギース・フォルティア公爵閣下。確か二十半ばくらいだったはず。武で鳴らした公爵家の嫡男だった彼は、若い頃に婚約をしていた女性が浮気をしたと判明するや、すぐに解消。そしてその後婚約者を作っていないという。その経験からか、どうにも女性に対してお堅いところがあり、数多の女性が公爵家の妻の座を狙うも、どんなときにも表情を崩さず無表情で、一顧だにしないとか。


うん、確かに私の目の前に立つ閣下も、無表情だ。顔の作りが非常に良いだけに、とても冷たく、そして知性があるせいなのか堅物とも受け取れる無表情さだ。


そうこうしているうちに、一昨年の異常気象とそれに伴う災害で、彼の領地は酷い負債を負い、さらにご両親もその時に事故で亡くされたとか。

すぐに彼が公爵家を継いだが、まだ負債は残っているらしく、彼を狙っていた女性も波が引くように消えていった。


「それは、きっと悪い方面で有名なのでしょうね」

「いえ──それが悪いことかどうかは、受け止める人によるかと」

「なるほど。あなたにとっては、どうでしょう」

「私にとって? そうですね。──大変だなぁ、と」


私の言葉に、閣下は一瞬ぽかんとしたお顔をされる。どうしたのだろうか。

どうしよう。思ったことをそのまま言ってしまったけれど、不敬罪とかになってしまうだろうか。今は負債がある公爵家だとしても、その血筋は王家の傍系だ。

と、とりあえず謝った方が良いだろうか。


「思った通りのご令嬢だ」


私が謝ろうと、姿勢を正したタイミングで、閣下が微笑んだ。


「……ぐ」

「ぐ?」

「あ、い、いえ、なんでもありません」


やばい。ついさっきまで、無表情だった閣下が少し微笑むだけで、ものすごい破壊力がある。

元婚約者の軽薄な残念イケメンとは雲泥の差だ。やはり品のあるイケメンは、無表情でも微笑んでも美しいのだな。私は顔は閣下の方が断然好み。まあ、とは言っても、私には無関係の殿上人なんだけどね。例え貧しくなっても、公爵家は公爵家だもんね。


「ところで閣下、私にどういったご用件が?」

「先ほど、あなたがあちらの四阿でオルグナイト子爵家のご子息と話をしているのを見聞きしてしまって」

「……まぁ」


不貞現場を見せつけられ、相手とやり合っているところを見られるとは。とは言っても、今の私に恥じるところなど一切ない。悪いのは不貞をする人間なのだから。

しかし、見ていたことをわざわざ本人に言うとは、公爵閣下は悪趣味なのでは? 私に言う必要性を感じない。


そんなことを思って首を傾げていると、突然閣下の背が縮んだ。

いや、縮むわけがない。


「閣下?!」


私の前に片膝をついたのだ。片膝をつくとは、臣従儀礼かプロポーズの時にしか行わない。

いやいやいやいや! 私は伯爵家の娘。かたやあなたは公爵家の当主。

どうして私に膝をつくのでしょうか。


流石に平然としてなどいられない。慌てて閣下の後ろにいる護衛に目をやれば、彼を止めるどころか、なにやら温かい目線を送るまでしているではないか。

どういうことなの?!


「レダ・ルイジアーナ伯爵令嬢」

「あ、はい」


名を呼ばれ、思わず素で返事をしてしまう。

うっかり彼の瞳を見てしまうと、その深い緑色に吸い込まれそうになってしまった。ヤバイ。イケメンが過ぎる。黒い短髪に、けしてムキムキには見えないけれど、しっかりとしていそうな体。

切れ長の一重はとてもクールだ。


思わず閣下に見とれていると、するりと手を取られた。

彼の手は、剣を握るのかごつごつと硬い。男性はみなそうなのだろうか。そこに乗る私の手は、けして令嬢の美しい手ではなく、使用人の仕事をして荒れきったボロボロのものだ。


手を引き抜こうとするも、彼の口元が私の指先に触れる。

あっと思った瞬間、彼の瞳に映る私の顔が見えた。見つめられている。そう思ったら、なんだか心臓がバクバクとしてきた。


「あなたに、求婚します」


その言葉に、バクバクしていた心臓は一気に冷静さを取り戻し、私の顔から表情が消えたのを感じた。

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